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第9話 紅葉山中継

 今年も紅葉の季節がやってきた。といっても、この星では空の色が少しだけ柔らかくなるだけで、街の木々がいっせいに染まるわけじゃない。


 ニュースの冒頭で、気象キャスターが笑っていた。

「北方連峰の紅葉帯、今年は例年より早く、観測域二〇四七まで南下しました」


 画面には、赤く霞む山の映像。遠すぎて輪郭が揺れている。

 光は数時間かけて届くから、実際の色はもう少し変わっているかもしれない。

 それでも、僕たちはその映像を“いま”として受け取る。


 この星では、そういう時間のずれを気にする人はいない。

 ニュースの字幕の横には「実測時差+4h57m」と書かれているが、誰も気にしていない。

 天気予報も、交通情報も、だいたいそんな調子だ。


 妻が珈琲を淹れながら言った。

「紅葉、きれいね」

「うん。でもまだこっちには来てないよ」

「届くの?」

「風が向けばね。たぬきたちが塗り終えたら、こっちまで反射してくる」

「たぬきたち?」

「紅葉を塗ってるたぬきたちだよ」


 妻は笑って、カップをテーブルに置いた。

「また変なニュース見てる」

「ほんとだって。去年は歩くキノコが一緒に映ってた」

「どんな番組?」

「“季節の仕事”特集。公式チャンネルだよ」


 テレビの中では、信楽焼みたいな陶肌のたぬき達が山の斜面を二足歩行で歩いていた。

 彼らの肌は陶器のように滑らかで、体温の変化で微弱な光を放つ。秋になると橙色に光を放つ。

 背中に刷毛のような道具を背負い、葉の表面をひとつひとつなでていく。

 山の上では巨大なヤスデが脚を光らせながら地面の落ち葉を食べている。

 その奥では、クマの群れと山エビが何やら取っ組み合っていた。

 実況が言う。

「こちらでは恒例の縄張り争いが始まりました。秋の訪れを告げる風物詩ですね」


 レポーターがたぬきにマイクを向ける。

「今年の色づき、いかがですか?」

「順調ですよ。風もいい。空気が厚いぶん、塗るのに時間がかかりますけどね」

「空気が厚い?」

「ええ。この星の秋は、空が重くなるんです。そのぶん光も遅くなって、赤が深く出る」


 たぬきの顔は陶器のように艶めいて、微妙なグラデーションで光っていた。

 画面の奥では、キノコが群れて歩いている。

 胞子が風に舞い、空が少し霞む。


 さらに遠くの斜面では、サイクロプスのような巨人たちがゲートボールをしていた。

 実況が言う。

「こちらでは、近年人気の“巨人ゲートボール大会”が開かれています。参加者は主にギガンテス種で、今年は紅葉の色づきに合わせた日程とのことです」

 隣の解説員がうなずく。

「彼ら、あれで結構真剣なんですよ。打球が一周するのに二時間かかりますけどね。風の向き次第では、戻ってくることもあるんですよ」

 スタジオのアナウンサーが笑って、「のんびりした競技ですね」と言った。


「ほんとにいるんだ……」

 妻が呟いた。

 娘が牛乳を飲みながら言う。

「ねえパパ、あの山って、どのくらい遠いの?」

「そうだな。光で五時間。車で行ったら……たぶん何年もかかる」

「じゃあ、行けないね」

「うん。でも見えるだろ?」

「うん。きれい」


 テレビの画面に、「紅葉帯 南下予報図」というテロップが出た。

 地図の上で、赤い線がゆっくり動いている。キャスターが言う。

「来週には、都市圏上空に反射光が届く見込みです」

「反射光って?」と娘が聞く。

「山の光が空気の層で跳ね返って、いろんなところに届くんだよ」

「たぬきの光?」

「そう。たぬきとキノコと、ヤスデの掃除したあとでね」

「じゃあ、みんなで塗ってるんだね」

「そう。秋って、そうやってできてるんだ(また、いいかげんなことを言ってしまった)」


 昼の番組では、紅葉の山に住む生き物の生活が紹介されていた。

 木造の小屋の中で、陶肌のたぬき達が焚き火を囲んでいる。

 湯気の立つ鍋の中には、山エビの味噌煮と茸のスープ。

 レポーターが箸を持って笑う。

「いやあ、これは体が温まりますね」

「はい。冷めても熱い味です」

 たぬきの言葉に、娘が吹き出した。

「なにそれ」

「いい表現だね」と僕は言った。

「冷めても熱い味。いいな」


 午後、外の空がほんの少し赤くなった。窓ガラスの向こうで、雲の縁が薄く染まっている。

 ニュースの速報がテロップで流れた。

《紅葉帯の反射光、南都市圏上空で観測》

 つまり、あの山の光が、空気の層を通って届いたのだ。

 実際の距離はわからない。でも、この星では距離は気配みたいなものだ。

 風が少し冷たくなって、部屋の匂いが変わる。


「パパ、もう秋になった?」

「うん。たぬきたちが頑張ったからね」

「すごいね」

「そうだね。みんなで塗った色だから、時間がかかるんだよ」


 妻がカーテンを少し開けて言った。

「空、きれい」

「夕焼け?」

「ちょっと違う。なんか……遠い夕焼けって感じ」

 窓の向こうでは、空の層がいくつも重なって、赤や橙が薄く混ざっていた。

 たぶん、紅葉山の光が空気の中で反射して分かれている。この星では、季節さえも分厚い。


 夜。ニュースは再放送をしていた。同じ山、同じたぬき、同じ光。

 でも、映っているのはもう十時間前の世界だ。

 僕らが見ているのは、過去の秋。

 それでも、テレビの中の山は確かに燃えているように赤い。

 たぬきたちは筆を止めず、山エビは横で泡を吹いている。

 ヤスデの脚は光りながらゆっくりと斜面を掃除している。

 どの動きも、やけに滑らかで、時間が伸びているようだった。


「もう寝ようか」

 娘はうとうとしながらうなずいた。

「また明日も紅葉ある?」

「あるよ。たぬきたちは毎日塗るから」

「じゃあ、明日も山はきれい?」

「うん。明日も明後日も。明後日の明後日も」

「そっか。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 寝かしつけのあと、ベランダに出る。

 空は広すぎて、端が見えない。

 街の灯が遠くの方で滲んでいる。

 ふと、空の一角が赤く光った。

 紅葉山の反射光が、空気の層を何度も跳ね返って届いたのだろう。

 僕はその方向を見つめた。

 あの光が、ほんの少し前までたぬきたちの手の中にあったと思うと、不思議な気分になる。

 季節というものは、どこかで誰かが作っている。

 この星では、秋はそういうふうにやってくる。


 光はゆっくりと薄れ、また空が群青に戻っていく。

 この星の秋は、いつも遅れてやってくる。

 けれど、それを見つめる時間だけは、僕らと同じ速さで過ぎていく。

どんどん、いいかげんな話になっていくよ?(´・ω・`)

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