第8話 ゲートが直った日
朝のニュースは、気温の次にゲートの話をした。
「地球ゲート、通信回復。星内転送、順次再開の見込みです」
アナウンサーの声は、天気の延長のように穏やかだった。
画面の下には「地球経由で中央環道の主要都市まで、通信時間3.2秒に短縮」とテロップが流れている。
僕はコーヒーをすすりながら、それを見ていた。
「へぇ」と言って、カップを置く。
妻が朝食の支度をしていた。
「また動くのね、ゲート」
「そうみたいだね」
「行くの?」
「どこに」
「中央環道とか。観光地になってるんでしょ?」
「行くだけで数年かかるよ。途中で日が暮れる」
「そう。じゃあ、いいわね」
食パンが焼ける音だけが、ニュースよりも現実的だった。
娘が顔を出す。
「パパ、地球って、今もあるの?」
「うん、あるよ」
「焦土になるって聞いたけど」
「それは昔の話だよ。結局、止まったんだ」
「止まった?」
「ゲートがね。あの日、突然」
娘はしばらく考えて、「じゃあ、行けるようになったら教えて」と言って外へ出ていった。
玄関のドアが閉まる音がして、家の中はまた静かになった。
ニュースは続いていた。
「地球ゲートの完全再開を待って、政府は“交通の利便性向上に資するための特別計画”を開始するとのことです。計画では、地球の地表を大規模に平坦化し、転送路として再整備する方針です。対象範囲は地球全域に及び、当局は“焦土化は一時的な措置であり、安全が確認され次第復旧を進める”としています。」
画面の右上には、青い地球の映像。海と雲が静かに流れていた。
その下に、計画の概要図らしき線画が映っている。地球を縫うように走る直線が、転送路の予定地らしい。
僕はカップを持ったまま、それを眺めていた。
「あのコンピュータ、まだやる気なのか」
妻が少し笑って、「前もあれで止まったのよね」と言った。
「うん。特別作戦の前日だった。原因は不明のまま」
「じゃあ、また止まるかもね」
「たぶん」
外では風が吹き始めていた。空気がやわらかく揺れて、塩の匂いがした。
テレビの中では、地球の海がまだ青かった。まるで、これから焦げるとは思っていない色だった。
昼休み。町は、いつも通りだった。
ゲートが直ったという話題は、どこにもなかった。
商店街の掲示板には「地球ゲート再開記念セール!」と書かれた紙が貼られていたけれど、値段は昨日と同じだった。
店主に聞くと「一応ね、雰囲気だけでも」と言われた。
職場の休憩室でテレビがついていた。
画面には地球の映像。青い海と、雲の白い筋がゆっくり動いていた。
アナウンサーの声が流れる。
「特別計画に関して、政府は『特別計画は予定通り進行中』とコメントしています。焦土化は一時的な措置であり、対象地域の安全確認後に転送路の整備が始まる見込みです」
同僚が箸を止めずに言った。
「まだやる気なんだな、あのコンピュータ」
「うん。相変わらず利便性のためらしい」
「利便のために地球を焦がすって、どういう理屈だろうな」
「座標の安定だとか、古いデータが干渉してるとか……」
「結局、誰も分かってないんだな」
「まあ、でも、たぶん止まるよ。前も止まった」
上司が湯飲みを持って通りかかり、
「焦土になる前に昼が終わるな」とだけ言って去っていった。
午後、外に出た。
空は高く、風はまっすぐだった。
風が少し強くなっていた。
どこか遠くでサイレンのような音がしていた。
夕方、風が止んだ。
空がゆっくり赤くなっていく。
家に戻ると、妻がテレビをつけていた。
ニュースが流れている。画面の端に「速報」と出ていた。
「地球ゲート、通信一時停止。特別計画は中止されました。政府は“安全確認のための一時的措置”とコメントしています」
映像には、白い輪のようなゲートが映っていた。
その光はゆっくりと弱まり、最後には完全に消えた。
妻が小さく息をついた。
「止まったのね」
「うん。前と同じだ」
「地球は無事?」
「映像は青かったよ。たぶん平らにはならなかった」
「そう」
窓の外では、鳥が一羽、風を切るように飛んでいった。
焦土も、計画も、すべての音が静かに遠ざかっていくようだった。
娘がノートを広げていた。
「地球、また行けなくなったの?」
「うん、また止まっちゃった」
「じゃあ、宿題の地球の絵、消しとくね」
「消さなくていいよ。まだ、あるから」
娘はうなずいて、青いクレヨンで海を塗り足した。
僕はテレビを消した。
部屋の中に静けさが戻る。
窓の外では風が動き始め、塩の匂いがわずかに漂っていた。
世界は相変わらず広く、ゲートの完全再開はいつの日か。
――行く理由も、急ぐ理由も、どこにもなかった。
地球の人たちは、特別作戦のことを知らないようだった。地球側も、こちらへの侵攻を考えているのだろうか。




