第5話 裏側通信
朝のニュースは、気温の次に町のお知らせを流した。
「裏側通信、安定化。星全域での通信モニター募集、開始です」
テロップの下には、役場のロゴと、やる気まんまんのマスコットが映っている。
“届かないを、つなげよう。”と書かれたスローガンが、どこか矛盾していた。
コーヒーを飲みながら見ていると、スマホが鳴った。
『星裏通信モニター当選のお知らせ』
……まさかの当選。応募した覚えはない。
たぶん、町民全員が「自動エントリー」なのだろう。
端末を立ち上げると、通信衛星の窓が表示されていた。
「本日09:00便 送信可能」
まるで漁船の出航予定みたいだ。
説明には、“裏側の市民へ、日常の音や風景を送ってください”とある。
音を送ってどうなるのかは書かれていない。
たぶん、誰かがどこかで再生して、何かを感じる。それで完了だ。
海も近いので、僕は仕方なく、堤防へ出て波の映像を撮った。
波はいつも遅れない。
この星で、定刻通りに来るのは潮だけだ。
九十秒ほど撮って送信ボタンを押すと、画面に“09:00便に登録しました”と出た。
伝わるのは、たぶん夕方だろう。映像もこの星では、少し遅れて届く。
職場に着くと、同僚が端末を見ながら笑っていた。
「おい佐藤、お前も当たった?」
「当たったっていうか、勝手に選ばれた」
「だろ? うちの課、全員当たってるぞ」
画面には裏側の映像が流れていた。
乾いた砂、黒い大地、風が一瞬だけ吹いて止む。
「向こう、光が少ないんだってさ」
「電気代、安そうだな」
「いや、むしろ高いんじゃない?」
「暗い方が寝つきはいいだろ」
この星の職場は、論点がどこに行くか分からない。
昼食を買いに出ると、自販機の塩味スナックが欠品中だった。
札には「裏側補給待ち」と書かれている。
たぶん冗談だ。けれど、この町では冗談がだいたい現実だ。
僕はプレーン味を買って、波音のことを思い出した。
遠いものは、遠いままでいい。
でも、音くらいなら届いてもいい気もする。
夕方、保育園の連絡アプリに通知が来ていた。
《本日より、裏側の子どもたちとの交流を開始します》
《ご家庭でも“身の回りの音”を録って送ってみましょう》
送り主は担任の先生。
この星では、なぜか行政と教育が連携しすぎている。
娘はすでに端末を抱えて玄関でスタンバイしていた。
「パパ、波の音もう送った?」
「朝に送った」
「じゃあ今度は風の音がいい」
「風、吹いてないよ」
「じゃあ、風を起こす」
そのまま外へ出て、娘は全力で走り回った。
端末が風を拾うかどうかは知らない。
その様子を、動画でそっと撮っておいた。
しばらくして、園から届いた映像を再生した。
裏側の保育園の子どもたちが、何やら砂の上で旗を振っている。
字幕が出る——「風が痛い朝です」
砂がすぐに止まり、旗の金具がからんと鳴る。
娘はその動画を見ながら、小声で言った。
「パパ、風が痛いんだって」
「砂が混じってるのかもな」
「痛そう……」
「向こうは風が強いからね。砂ごと飛んでくるんだろうね」
「じゃあ、あっちの人たち、大変だね」
「でも、ちゃんと“風”って言ってるのがえらいな」
先生の声が動画の終わりに入っていた。
「次は、海の音を聞かせてあげましょうね」
娘はその言葉を聞くと、椅子から飛び降りた。
「パパ、波録ろう!」
「えっ?」
「だって風が痛いんだよ。かわいそうじゃん」
堤防までの道を歩きながら、娘は端末を抱きしめていた。
通りすがりの人が笑って言う。「あ、通信のお手伝い?」
町じゅうがこの“交流”をやっているらしい。
誰も目的を知らないけれど、誰も気にしていない。
音がどこかで誰かに届く。それで十分だ。
数日経った午後七時ごろ、端末が静かに光った。
《受信:19:01 裏側通信便》
返事は、今朝の便で送られてきたのだろうか。
この星では、音も、気持ちも、一晩二晩寝かせて届く。
娘がいちばんに走ってくる。
「来た!」
「何が?」
「風の人からだよ!」
いつのまにか“裏側の人”が“風の人”に昇格していた。
端末をタップすると、砂の音が流れ始めた。
しゃらしゃら、ざらり。
耳の奥で鳴るような、乾いた音。
途中で、小さな金属音が混じった。
旗の金具が風で揺れているらしい。
そして最後に文字が浮かぶ。
《確かに聞こえました。こんにちは、海の人。》
娘は真顔でうなずいた。
「ちゃんと聞こえたって!」
「よかったね」
「でも、こんにちはって……夜なんだけど」
「向こうは遠いから、お昼だったんだね」
「えー、じゃあ、お昼が夜に来たの?」
「……まあ、そういうことになるね」
「ふしぎだね」
「ふしぎだけど、だいたい合ってる」
そのあと、娘はノートを取り出して何か書き始めた。
“風の人へ”の見出しの下に、クレヨンで波と貝の絵。
「これ、明日送ろうね」
「音じゃなくて、絵で?」
「うん。音も絵もかわらないでしょ?」
「……まあ、だいたい似たようなものかな」
娘は絵を描き終えると、満足そうにあくびをした。
「おやすみ、風の人にも言っといてね」と言って、布団にもぐりこむ。
僕はそのあと、台所で前に録った波をもう一度開いた。
ノイズを削って、潮の音を長く伸ばす。
ほんの気まぐれで、声を添えた。
「こんにちは、砂の人。」
送信ボタンを押すと、“翌朝09:00便に登録しました”の表示が出た。
音が届くのは、また明日の夕方だろう。
この部屋にはしばらく、波の音が残っていた。
冷蔵庫のモーターが止まったあと、その余韻がよく響いた。
外では風が吹いている。
娘の端末は、もう送る音がなくなったみたいに静かだった。
翌日の夕方、また通知が届いた。
映像の冒頭、砂の大地の向こうで光がちらちら瞬いている。
「光嵐だ」と娘が言った。
お花畑生物がなんやかんや、やっているらしい。
映像の中で、誰かの手が砂を掘り、白いものを拾い上げた。
それは、小さな貝殻だった。
画面の文字が浮かぶ。
《これを見つけました。こんにちは、海の人。》
僕は休みの日の午後、浜に出て、同じ形の貝を探した。
波は静かで、風は短く吹いた。
端末を構えながら、小さくつぶやく。
「こんにちは、砂の人。」
送信ボタンを押すと、波音がひときわ高く鳴った。
音は空に吸いこまれていった。
返事は、きっと二晩くらい先だろう。
(´・ω・`) 直径1兆光年の星に暮らせてみても面白いかもしれないと思った、今日この頃。
しかし、妄想力が足りない。




