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攻略してみます。 サジ・リオルト①

***


「ヴェルノク王国、魔漏病の感染数ついに一桁に──転機はルクサリアの"非魔法医師団"──」

「すごい、姉さまのアドバイスのおかげですね」

「いやあ……どうかしらね……? あまり持ち上げないで頂戴……」


 あれから3日。今日の夜、ソリオは神託(オラクル・アクセス)を使用できるほどの魔力が貯まった。

 どうしてもそわそわしてしまうから、私達は朝の自由時間に勉強がてら、メイドに持ってきてもらった新聞の記事を読んでいた。


「いえ、姉さまの記憶を読んで知ったことなのですが……。姉さまは"レオ=グランヴェル"のルートをお覚えていますか?」

「……ええと、女遊びが激しい、なんだか軽薄そうな人だったわよね」

「ええ。その方のバックボーンを思い出してほしいんです」


 確か、レオ=グランヴェルは隣国からやってきた留学生だ。

 授業態度は不真面目。女遊びも激しく、魔法嫌い……。

 彼は魔法使いと、それからこの国を憎んでいた。

 彼が主人公に近づいた目的は、心を奪い、伝説の"聖女のキス"を無意味なものにすることだった。

 その原因は……。


「……確か、国交を断絶されてから、……レオの母親の勤め先で、魔法が暴走して……レオの母親が亡くなってしまって……っ。……あ……」

「名前は出ていませんでしたが、ヴェルノクの"魔漏症"でしょう。彼のルートの最後、フィン王子が国交を狭めたことを謝罪するシーンがありました。ヴェルノクとの国交断絶は、フィン王子だけでは変えることのできない未来だったのです」

「……未来が変わったってこと……?」

「……。バッドエンド『復讐』……レオがルナフィア(姉さま)を誘拐、監禁し、王国に対して復讐するルート……。あれが起こる可能性は多少なりとも減ったのではないでしょうか。……まあ、他にもバッドエンドの可能性はありますが……」


(私の、たった一言が──未来を、変えた……?)


 ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。

 蝶の羽ばたきのように未来が変わっていく。不思議な……というか、なんだか怖い感覚だ。

 ただ、少なくとも、目の前のソリオはゲーム内のソリオとは全く違う。

 人懐っこくて、純朴で、……むしろ、人を信じて裏切られてしまいそうな危うさがあった。


「姉さま、今日の約束……」


 気づけば、ソリオはぼんやりとした様子で新聞ではなく、新聞を持っていた私の手を見つめていた。


「えっ!? ああ、うん……どうぞ」


 私はおずおずと手を差し出す。ソリオはへにゃ、と子供っぽく笑い、私の手に指を絡める。


(う〜ん……可愛いなあ……!)


「か、可愛いは失礼じゃありませんか……? 僕は男ですよ……」

「こ、心を読まないでよ……! ……いや、仕方ないのか。思ってはいるけど……、口に出してはいないのだから許してよ」


 ソリオは少しむっとした顔をしていたが、手を離す様子はない。


「……魔法の出力の訓練。姉さまだけがいいな……」

「嫌なの? 使用人の皆に触られるの」

「いえ。僕は……。……皆、僕に触れられるたびに怯えますから。多少の悪心があったって言ったりしないのに」


 ソリオは寂しげに俯いた。


「……皆、どうかクビにしないでくれって、怯えているような……まるで、汚いものや怖いものに無理やり触らされてるみたいな感情。

 それが、全部、伝わってくる」


 ソリオは声を震わせ、表情が少し曇った。言葉の端々に、その過去の痛みが滲んでいるのがわかる。

 触れられるたびに恐怖や不安を抱えられるような感覚。彼は人と触れ合う度に、それをダイレクトに感じてきた。


「そう。ソリオの手は、こんなに綺麗なのにね。お父様に言ってみないの?」


 ソリオの手をぎゅっと握りしめ、手を繋いだまま、天井のライトにソリオの手を当てる。

 ソリオの手は細くて、白くて、爪先まで整えられていて、とても綺麗だ。光に透かせば、そのまま消えてしまいそうなくらい。

 ソリオは、そういう過去を持っているからこそ、主人公(ヒロイン)と結ばれる──それが分かっていても、なんだか悲しい気持ちになってしまう。

 スキンシップ好きな子供が、そんな風に触れ合いを拒否されて育ったら……。誰だって、"ゲームの中のソリオ"のようにひねくれて育ってしまうものではないか、と。


「……使用人に、王家や当家への反逆の意思があったらお義父様に報告しなければならないですから……。僕は後妻の連れ子ですし……きっと聞いてはくれませんよ」


 ソリオの声には、どこか寂しさが滲んでいた。彼が抱える孤独や、立場の違いにどうしても壁を感じているのだろう。

 私はその空気を切り裂くように、ゆっくりと答えた。


「そう。それなら私が言うわ。お父様と血が繋がってる私が言えば変わるかもしれないもの」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ。大切な弟のことだもの。もしも私の行動や言動で未来が変わるかもしれないなら、まずはあなたの未来を優先しないと!」


 ソリオの顔がぱあっと明るくなる。


「あ、姉さま、そうだ。僕、姉さまに渡したいものが──」


 ──その時、コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 私は慌ててソリオと繋いでいた手を離す。

 ソリオは「あっ」と声を漏らし、私の手の方を淋しげに見つめていた。

 許可をすると、入ってきたのは銀髪のメイドだ。


(ごめん……ソリオ。後でまた握ってあげるから……!)


「ルナフィア様。ご来客です」

「来客……? 予定は聞いていないけれど、どなた?」

「王家付き医師のサジ・リオルト様が、ルナフィア様に是非『お礼が言いたい』、と……」

「お、お礼?」


 覚えがなくて戸惑っていると、メイドの背後から「にゅっ」と何かが現れる。

 ──いや、現れるというより、完全にはみ出している。背後から覗いているその人物は、堂々とした長身の男だった。

 ハーフアップにまとめられた陽のような金髪がふわりと揺れ、ひと目で異質とわかる存在感を放っている。


 何より目を引くのは、その長い耳だった。人間のものとは思えない角度と大きさ。耳には銀や黒曜石のピアスがずらりと並んでいる。──エルフだ。

 顔立ちは端正というよりどこか甘く、油断を誘うようなタレ目にタレ眉。笑っているのか眠そうなのか判別できない緩い表情だった。

 例のごとく、100キスの『パッケージ』で見たことがある顔だ。


 その男はひょいとメイドの肩越しに手を伸ばし、軽い調子で言った。


「やあ、お嬢さん。王子への進言、キミがしたんだって?」

「サジ・リオルト様……」


 サジ・リオルトは100キスに()()()()()()()として登場する男だ。

 魔法学園という舞台にも関わらず、登場人物の中で唯一魔法が全く使えない。

 知識は豊富だが、そんな設定故かコンプレックスがあり、どこか人を寄せつけない人物だった。


(る、ルナフィアとサジに接点なんてあったっけ……?)


 サジルートでルナフィアなんかほとんど登場しなかったし(エピローグでフィンから婚約破棄はされていた)、しゃべった場面なんて見たことない。

 考えていると、背中にソリオの手が触れた。

 少しくすぐったくて声を上げてしまいそうになったけれど、何とか我慢した。


『サジのルート……バッドエンド「実験」で、サジが令嬢に対して人体実験を行って捕まったとルートがありました。

 ……はっきりと明言はされてませんでしたが、あれ、姉さまでは?』

(う! ……確かに)


 そう考えると、一気にゾッとする。サジは根っからの善良な大人だが、医療のためならばと手段を選ばないところがあった。


(確か、主人公がかかってしまった病の治療法を見つけるためよね……? 主人公に近い体型の「令嬢」を誘拐して……あの後私、死んだのかしら……)

『まあ、「破滅ルート」のひとつとして考えても差し支えないかと』


 なんだろう。ソリオの口から破滅ルートって言葉を聞くと、そこはかとない罪悪感を感じてしまうような……。

 とにかく、彼が破滅ルートの関係者なら丁重に対応しなければならない。


「あのぉ、私……何か進言なんてしましたっけ?」

「ほらぁ、あれだよ! ヴェルノク王国の医療チーム!

 オレは魔法が使えなくてね。お陰で第一人者として、魔漏病の研究を進められることになったんだよ!」

「ああ……ただ言ってみただけです。最終的な判断を下してご両親を納得させたのはフィン様ですから」

「だとしても、心から感謝するよ! 陛下にあの発想は出せなかっただろうからね!」


 サジは興奮した様子で私の手を握り、ブンブンと振る。

 部屋の隅でソリオが眉を潜めるのが見えた。


 サジは魔法過敏症(アレルギー)の患者を専門にして、魔法に頼らない治療法を探すための研究をしている人物だ。

 そんなサジが王家付きの医師になった理由は、この世界の回復魔法である「回復(リザレクト)」に起因する。あれは患部に触れなければ発動しない。

 王族はたくさんの国家機密を持っている。万が一にも「接続(コネクト)」を使われると困るから……、というわけだ。

 情報を整理すればするほど、つくづく「接続(コネクト)」はこの世界においても『相当やばい系統』の魔法なんだなと再確認する。


(そりゃ、メイドさんもあんなに謝るわけだ……)


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