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話しました。

「……それで、ここが、姉さまの前世にあった……"100日間と聖女のキス"の世界……」

「……信じられないでしょ?」

「いえ、信じます。……ただ、あまり人には言わないほうがいいでしょうね……」


 ソリオは拍子抜けするほど、あっさりと『転生』の話を信じた。

 ……いや、この世界には魔法もある。きっと、信じざるをえなかったのだろう。


「……どうして?」

「記憶呪文の中で、神託が最も高度な呪文だって言ったでしょう? 姉さまの魔法はそれに近いものです。いえ、それよりももっと高度な魔法でしょうか」


 ソリオはふむ、と手を顎にやってから考えるように答える。


「……神託の使い手は、王族の目の届くところで生活しないといけないんです。出かける時ですらも王族の許可が必要で……。混乱を防ぐためですね」

「え"っ"!? あ、ああ、そんな設定あったかも……。じゃ、じゃあ、ソリオは……?」


 そう呟くと、ソリオは少し呆れたようにため息をつきながら私の方を指差した。


「ああ、そっか、私、王族の婚約者か……それで親族ってこと」

「ええ。それに、僕の魔法は諜報の役に立ちますから。……だから、姉さまはいやいや僕のことを監視していた部分もあるんですよ」

「そうなんだ……」

「はい。僕、今接続の修行中でして。だから手袋はしていません。毎日屋敷にいる使用人たちの心を読みながら、出力の鍛錬に励んでいて……」


 そう言いながら、ソリオは自分の手を見つめる。

 もうすっかり脱力しているからなのか、ソリオはすっかり私のことを"ルナフィアお嬢様"ではなく、"姉さま"と呼ぶようになっていた。


「……初めてです。自分の心を読んでほしがる人なんて」


 ソリオは自分の唇をそっと撫でた。

 ソリオの唇を奪ってしまった罪悪感で、さーっと血の気が引いていくのを感じる。


「……姉さま。そう言えば、意識が無くなる直前……女神の声が聞こえたんですよね?」

「あ、うん……」

「もしかしたらなんですけど、神託を使えば、僕、その女神様と交信できるかもしれません」

「……本当!? 協力してくれるの!? 元の世界に戻りたいし……私の……私の弟があの後どうなったか知りたいの……!」


 私はソリオの顔をずいっと覗き込む。ソリオはボッ、と顔を真っ赤にしてから目を逸らす。


「え、ええ。構いませんよ。……でも、その、あの、今のままだと、……少しだけ、情報が足りないかもしれません」


 ソリオはとても言いづらそうに口ごもる。


「……この世界に、神は複数柱存在します。神託は様々な神様と交信する魔法です。交信したい神様を予め決めておかないと、別の神様に繋がってしまう可能性が高いんです」

「なるほど……」

「はい。だから、姉さまに声をかけてきた女神の名前はわかりませんか?」

「あ……もしかしたら、ゲームに名前、出てきたかも……! ちょっと待ってね……思い出す……! 本当に一瞬しか出てこなくて……」

「……」

「うう……頑張って思い出すから……!」


 ソリオは困った顔で私のことをじっと見つめている。

 ……いや、見つめられているのは私の顔──いや、正確に言うなら、顔の、下、部分──。


(いやいやいや、気のせい気のせい! 転生者とは言え、私はソリオの姉なんだから……)


「……姉さま。どうしても思い出せませんか?」


 ソリオがぽつりと呼ぶ。 その声には、普段の冷静さとは違う、どこか張り詰めた緊張があった。

 私は、息を飲む。

 ソリオの視線が……私の唇に触れていたのが分かったから。

 ──まさか、そんなはず……ともう一度心の中で否定しかけた瞬間。

 ソリオが、静かに言った。


「……もう一度キスを、すれば……」

「え、何、なになに……!?」


 そう言いながらも、ソリオはまるで逃さないようにと、私の手をそっと握った。


「姉さまの、姉さま自身も覚えていないような深い記憶に入り込むことで……女神の名前の情報も手に入れられると思うんです」


 その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。

 ソリオはゆっくりと、私の前髪に触れ──額に落ちる髪をそっと払った。 指先は、触れるか触れないかの距離で、やがて私の頬に添えられる。


「いいですよね? 姉さまだって……さっき、……僕に……」


 目を閉じる直前、ソリオの瞳がほんの一瞬、微かに揺れた。


「……怖いですか……?」


 ソリオの瞳が、すっと細められる。

 その奥に潜むのは、淡々とした観察者の冷静──と、もうひとつ。

 私の羞恥や戸惑いをじっくりと味わうような、愉悦の光だった。

 ソリオは表情を緩ませ、意地悪くにやりと笑った。


「……──!」


 次の瞬間──ソリオの唇が、私の唇に、そっと、触れた。

 優しく、迷いながらも、確かなキスだった。

 心臓が大きく跳ねた。 息も、声も、時間さえも止まったような一瞬。

 ソリオと繋いでいた手が、わずかに緩む。

 唇が離れる。


 ソリオと視線が絡む。

 ソリオの瞳の奥に、妙な熱があった。


「……これでおあいこです……姉さま」


 指先が、喉元をなぞる。

 笑っていないのに、目だけが意地悪そうに細められていた。

 まるで、私の揺らぎも焦りも、“全部知ってるよ”とでも言いたげに。


「……そ、ソリオ。女神の名前は、分かった?」

「はい。分かりました。恋愛の女神ルビナ様ですね」


 私はあえて普段通りを意識しながら喋る。ソリオから逃げないように……というか、ソリオが不安にならないように、あえて手は繋いだままにした。

 するとソリオは甘えるように、指をスリスリと弄び、絡める。


「これで神託は使えると思います。……神託は大量の魔力を消費するので……今の魔力なら……3日後くらい……でしょうか。すみません。訓練で魔力を消耗してしまっていて」

「そう……本当にありがとう」

「それと……姉様の考えている、『破滅エンド』を一緒に回避する方法も一緒に考えましょう」

「い、いいの……? ありがとう……っ!」


 感謝の気持が伝わるように、私の意図が伝わるように、そっとソリオの手を握り返す。

 ソリオは頬を緩ませ、嬉しそうに頷いた。


「姉さま……そろそろ姉さまは次のお稽古の時間ですよね。お茶会の片付けは僕がしておくので、移動してはいかがでしょう? ダンスレッスンの先生、かなり怖いですし……」

「あ、ああ、そうね……ありがとう! ソリオ!」


 そう言って、私はぱっとソリオと繋いだ手を離す。

 ソリオはまだ暖かさが残っているだろう、自分の掌をぼうっと見ていた。


「ねえ、ソリオ。手を繋いでほしいなら、いつだって繋ぐわ!」


 そう言うと、ソリオはバッと驚いた顔でこちらを見やる。


「……。姉さまも、使えるんですか? 魔法」

「心を読んだわけじゃないわよ。でも、姉弟だもの。折角なら仲良くしたいわ! 私は心を読まれたって構わないし!」


 ソリオにニコニコと笑いかける。

 ソリオは照れくさそうに目を背けてから、こくりと頷き、こう言った。


「それなら……あの、1週間に……一回、くらいのペースで……繋いでくれますか……? 手……」


 やけに具体的な数字は、なんとなく、彼なりに遠慮しての数字だろうということは察しが付いた。


「ああ……そうね。それなら毎日繋ぎましょうよ」

「ま、毎日……?」

「ええ。約束!」


 小指を立てた私を見て、ソリオは嬉しそうに何度も首を縦に振る。

 その姿に星夜(おとうと)が重なった。

 かわいい弟の姿を微笑ましく思いながら、私は裏庭を後にした。

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