宝箱の中身を確かめましょう。
「……中身が食券だったら私の分あげる」
「じゃあ、俺、なんでもいいやぁ」
アストリスは呆気なく私に陥落した。
シリウスと私は、しばし沈黙のまま目を合わせる。やがて、レオの方をそっと見やった。
レオは、口元を手で隠しながらも目尻を下げ、隠しきれない上機嫌を溢れさせている。
“満足”という言葉がもし顔を持つなら、きっと今のレオなのだろう。
──要審議ではあるが、場の空気は“シリウスの勝利”一色になりつつある。
教室全体が、さざ波のようなざわめきに満たされた。
「"魔女"が卑怯な手で勝ったぞ!」
「れ、レオ君、奴隷になるの?」
「シリウス、試験の時も……」
「なんでシリウス・スノーホワイトはあの女に付き従ってるんだ?」
「ど、奴隷だから……?」
(……“魔女”ってあだ名、こんなに浸透してたっけ。卑怯な手を使ったの、シリウスなのに)
苦笑まじりに頬を引きつらせると、シリウスが影のように寄り添い、無表情で小さく囁いた。
「お嬢様、申し訳ありません。……少々、出過ぎた真似を」
「ううん、いいの。ありがとう。気を遣わせてごめんね」
(まあ、いいか。私のためだってことは、伝わってる)
恭しく跪こうとするシリウスを、私は素早く手で制す。
この場でやると逆効果、頼むからやめて。
「俺も跪こうか?」
「絶対にやめて」
レオにピシャリと冷ややかに釘を刺す。今度はアストリスが割り込む。
「もう、さっさと宝箱開けようよ。シリウス、全部やってよ」
「却下。レクリエーションでズルは禁止です」
「えー……あと3箱でしょ? 俺、魔法1発でMP空っぽになるんだもん。魔力供給お願いしたいな~」
「アストリス、近い」
「離れてくださいませ。魔力回復薬を三本、しかもお高い上級回復薬ですよ」
アストリスが私を後ろから抱き寄せようとした瞬間、シリウスが華麗にブロックする。「それ、ちょっと飽きてきたんだけど」とぼやきつつも、アストリスは渋々私から手を離す。
きっと、ソリオから「姉さまの世話をしろ」とでも命じられているんだろう。大変そうだ、と私は他人事のように苦笑いを浮かべた。
「え、アストリスって魔法1発でガス欠するほどMP少ないの? 上級回復薬なんか飲んで平気? キャパ超えるとぶっ倒れるよ?」
「キャパ自体はあんたの倍はあるよ。ただ、体質的に貯めておけないだけ」
アストリスは大げさに両腕を伸ばし、しなやかに背筋を鳴らした。
彼が「試験の時みたいになっても知らないよ」と笑えば、ギャラリーは潮が引くように距離を取る。
いつの間にか、担任教師までもが群衆に紛れ、静かに見守っている。
「……さて。そろそろ本番、宝箱を開けましょうか」
私たちは全員で宝箱に目をやり、息をひそめた。
「──光弾」
「偽証」
「洗濯」
「弱火」
三色の魔法陣が次々と浮かび上がり、その全てを飲み込むように、巨大なルビーレッドの魔法陣が教室を満たす。
「何だあの魔法陣──でか──!」
──ッボォオッ!
轟音とともに、燃え盛る火柱が天井を焦がす。 空気が一瞬にして灼熱に包まれた。
私は本能的に身をすくめたが、アストリスは涼しい顔で魔力回復薬を飲み干している。
「ちょ、危ないって! 離れてて! ──水流!」
教師が青ざめて叫び、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように退避する。
水の奔流が火を呑み込み、パチパチと音を立てて消し去っていく。 アストリスは肩をすくめて小さく呟いた。
「あー、なんかイヤな予感してたんだ。昨日ルナフィアの魔力、たっぷり吸い取ったから……」
レオがぽつりと呟く。
「……弱火って、本来は料理用の魔法だよな」
「あの火力で溶けないなんて、宝箱って耐久性がすごいのですね」
「ごめんアストリス……やっぱり、次はシリウスに開けてもらおうか……」
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