◆ゲーム
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姉さまの手を離し、僕は彼女を怖がらせないようにそっと微笑みを浮かべた。
──その笑顔に隠して、胸の奥では、静かに息を吐く。
(……よし、上出来)
この状況は、笑っちゃうくらい、計画通りだった。
彼女とアストリスの距離が開くように。
ステラが“過去”を吐き出すように。
そして、僕にだけ、気を許してくれるように。
すべては──最初から、仕組んでおいたこと。
(ステラと話した時、“種”を撒いておいて正解だった)
ステラの口を緩くするのは、簡単だった。
コツは、“秘密”を“秘密じゃなくしてしまう”こと。
一度でも話した経験があれば、人は秘密を「開示していいもの」だと錯覚する。
だから僕は、彼と二人きりになったあのとき、こう言った。
『姉を、好きになってしまったかもしれない』
──その一言で、ステラの“秘密”はぐっと軽くなった。
彼は、自分が誰かに恋をしたという想いを、否定されたくなくてずっと隠していた。
でも僕が先に“似たような想い”を明かせば、そこに安心が生まれる。
少なくとも、"僕"に"姉への恋愛感情"が否定されることはないからだ。
そして、安心は油断に変わる。
あとは、“心を読んだふり”をして導くだけ。
(彼──ステラの記憶なら、姉さまの記憶から既に覗いていたしね)
ゲーム本編で、ソリオがステラの過去を読むイベントがあった。
あれはキスしないと成立しないものだったけれど──僕には、すでに材料が揃っていた。
だから僕は、自分の弱さを見せるふりをして、ステラに“肯定”を贈った。
それだけで、彼はもう、僕の言葉を疑えなくなる。
(ついでに、姉さまの正体に気づいても──もう何も言えないだろう)
「好きだった姉」=「ルナ」であることがバレても、ステラは絶対に、それを口に出せない。
姉への恋愛感情なんて、"他人"には言えたとしても、"本人"にはそりゃ言えないだろう。
(──ほんと便利だよな、“接続”)
心を読む。
嘘をつく。
推理するふりをして、真実を差し出す。
僕にとってこの魔法は、もはやコンプレックスでもなんでもない。
(ただ──予想外も、あった)
一つは、ステラが姉さまに話すのが早すぎたこと。
もう一つは──
(……アストリスが、姉さまを気に入ってしまったこと)
彼は本気じゃない。たぶん。
魔力タンクとして便利だとか、優しいからとか、それくらいの感情だろう。
アストリスには明確な目標があり、自分が"乙女ゲームのキャラクターであること"を自覚している。
だからどこか冷めていて、恋愛には興味がない。
それどころか、"そういった感情"を冷笑しているフシすらあった。
(というか、あいつは僕を警戒していて、心を読ませてくれないのが難点なんだよな)
何をしでかすかわからないやつが姉さまの周りをうろつくなんて、──正直、面白くない。
とりあえず、僕の恋愛絡みのことはこれでいい。
次は"バッドエンド絡み"のことだ。
“100日間と聖女のキス”には、7人の攻略対象がいる。
◆ アストリス・ノクターン〈暗い過去を持つ主人公の幼なじみ〉
飢えを抱え、魔力を求め、時に人すら"喰らう"、通称"死神の目"を持つ少年。
女神を信仰する、心優しい主人公の幼馴染。ステラ以外に興味がない、どこか危うげな騎士。
──というのが本編の設定だが、最早見る影もない。
基本的にやる気がなく、食欲旺盛。その設定はそのままだが、なんだか悪化しているようにも感じる。
──姉さまを殺害するルート持ち。
◆ フィン・ルクサリア〈心優しい第一王子〉
ひねくれた人物が多い物語の中、ただただ優しく、誠実な絵に書いたような『王子様』。
ただ、姉さまに対しては随分いたずらっぽいところがある。
彼が姉さまにするのは、ただ一つ。“婚約破棄”。
……正直、ステラとくっついてほしい候補ナンバーワン。
◆ ソリオ・セレシア〈心を読める優等生〉
僕。人間嫌いの優等生。
まあ人間嫌いではあるが、本編ほどではない。
──姉さまを殺害するルート持ち。
◆ レオ・グランヴェル〈女好きの遊び人〉
カジノ潰しの異名を持つギャンブラー。
ルート次第では姉さまを監禁する。
姉さまの過去の言動によって現在満たされており、ルクサリア王国への悪感情はないように思える。
何か問題を起こすようにも見えない。
このまま一生空気でいてくれたら平和だ。
◆ シリウス・スノーホワイト〈心を閉ざした暗殺者〉
命令次第で躊躇なく人を殺す。ならば忠実なのかと言われればそうではなく、彼の中で命の価値が軽いだけ。彼に「不要」と判断されたら最後。
暗い海の底のような男だ。笑わない。感情が読めない。何をしでかすかわからない。
──姉さまを殺害するルート持ち。
◆ イグナーツ・ディアレイン〈王家の隠し子〉
精神魔法で人を操る人物。
本編で登場する攻略対象の中で唯一の二年生。まだ出会っていない──それが逆に怖い。
ルート次第では姉さまに精神魔法や記憶魔法を重ね掛けする。
◆ サジ・リオルト〈魔法の使えない教師〉
良識のある大人……のはずだが、姉さまが関わると突然知識欲が異常になる。
姉さまをモルモット扱いしたがる変人だが、良識はある……はず。
この中で、最も警戒すべきは、殺害ルート持ちの「ソリオ」、「シリウス」、「アストリス」。
ソリオはわがまま放題の義姉であるルナフィアに嫌悪感を抱いていた。
ルナフィアがシリウスに暗殺依頼を持ちかけ、それを助け、ステラと仲良くなったところで、その行いがだんだん許せなくなっていく。
シリウスはステラを暗殺しようとしたルナフィアを逆に殺す。
アストリスはルナフィアの魔力が目当てで、彼女の体ごと魔力を食べてしまう。
僕含め、ゲーム中の関係は変わった。
シリウスも別に快楽殺人鬼ではないし、例えステラにシリウスをけしかけたとしても、今のところは姉さまを狙う理由はないと思う。というかけしかけた僕が殺されそうだ。
アストリスの飢えも──少しずつ、緩和できる可能性が見えてきた。
次にどうしようもないのは、まだ出会っていない「イグナーツ・ディアレイン」。
こいつの警戒すべき点は、「精神魔法」──人を操る魔法のスペシャリストだということ。
どんなルートでもルナフィアを殺しはしないものの、操ったり支配したり、魔法で監視したりとやりたい放題だ。
(正直、今の状態だと、こいつが一番姉さまに関わってほしくないまである)
彼は、物語中に登場する中で、唯一"上級生"の二年生である。
関わろうとしなければ、交わることはない──と思いたい。
(──ステラを、なんとか誘導できないだろうか)
次。サジ・リオルト。
姉さまをモルモットにしたい欲求を持っている駄目な大人。
でもまあ、彼だって、多分──無理強いすることはない。と思う。
というか彼は自身のルートでも他のルートでも至って良識的な大人なのだ。
逆に、あまり警戒しなくていいのは「フィン・ルクサリア」だろう。
彼のルートでも、彼以外のルートでも、彼がルナフィアにすることは「婚約破棄」。
彼のルートだと追加される描写は、直接本人に苦言を呈するくらいだろうか。
別に苦言を呈する理由がない。ステラだってそんなの望まないだろうし。
……というか彼に関しては、できるだけステラに攻略されてほしい。
あと、「レオ・グランヴェル」も。あいつは今満たされていて、姉さまに対する興味も執着も薄いはずだ。
今のままなら、蚊帳の外。
こうして並べてみれば、勝機はある。
姉さまを守るための道筋は、ちゃんと見えている。
(大丈夫だ。僕が、全部やる)
──“ゲーム通り”のルートなんて歩ませない。
ここから始まるのは、
ゲームなんかじゃない、僕の、“100日間と聖女のキス”だ。




