ステラの話を聞きましょう。
「……俺さ、どうしても早くゲームをクリアしなきゃいけないんだ」
ステラは、布団の中でぼそりと呟いた。
「そのためなら、なんだってする。なんだって利用する。……フィンのことも。悪いけど、譲る気ないよ」
その口調は冷静だった。その静けさの奥には、固い決意と少しの諦めが見え隠れしていた。
「……それは、別に構わないの。……けど、」
私は言いかけて、少しだけ息を吸う。
「……ステラって、フィンのことを“好き”なわけじゃ、ないのよね?」
「うん」
「ソリオから聞いたけど……ゲームをクリアしたら、元の世界に帰っちゃうって、本当?」
「……うん」
その返事は、あまりにも小さくて──でも、どこか重かった。
「……ごめんなさい。責めたいわけじゃなかったの。ステラも、好きでそんなふうにしてるわけじゃないって、わかってるのに」
私の中に、どうしようもない後悔と自己嫌悪がにじんでくる。言葉を選び損ねてしまったことへの罪悪感だ。
「……仕方ないことだって、ちゃんとわかってる。でもね、フィンは……とても優しい人なの。賢くて、面白い人だわ」
「……そうなんだろうな。ゲームの中でも、そうだったよ」
ステラの声は、少しだけ遠くを見つめるような響きだった。
「だから……できれば、ね。できればだけど──ステラには、“好きになった人”を、攻略してほしいなって、思ったの」
その瞬間、彼女の返事は、少しも迷いなく返ってきた。
「……ならないよ。誰も、"好きに"なんて」
それは、はっきりとした言葉だった。
一瞬、息が止まったみたいに何も言えなくなった。
「……俺──好きな人、いるから。元の世界に」
心臓が、一瞬だけ、動くのを忘れたような気がした。
(……元の世界に、好きな人を置いてきた)
この子は──どんな気持ちで、この世界に立っているんだろう。
「……ごめんなさい」
ようやく声が絞りだせた。ほんのかすかな囁きだった。
「……ううん。別にいいよ。言いたいことは、ちゃんと伝わったから」
ステラの声は静かだった。彼女の声は、まるで、どこか遠くを見ているような響きがあった。
「……片思いなんだよな、ずっと」
私は、そっと問いかける。
「……その人との関係?」
「ん。……多分、元の世界に戻っても、結ばれることなんて、一生ないと思う。それでも好きなんだ」
その言葉に嘆きはなかった。ただ、事実を淡々と語るような、優しい声。
私は思わず、反射的に言っていた。
「──あ、諦めることないわよ。だって、ステラは、優しいし……いい子だし」
私はステラに笑ってほしかった。ほんの少しでも、冗談みたいに返してほしかった。
……だけど、彼女は諦めたように笑って、それから答えた。
「無理だよ。その人──俺の、家族なんだ」
その言葉が落ちた瞬間、私は、目を見開いた。
私は、なんで──こう、いつも余計なことばかり言ってしまうんだろう。
何も知らないくせに。踏み込む覚悟もないくせに。
口にしなければ、ステラのこの表情を見なくて済んだのに。
「……そんな顔しないでよ」
ステラが、静かに言う。彼女は手を伸ばし、私の頭をゆっくりと撫でた。
彼女はその動作を続けながら、ぽつりと続けた。
「結ばれることはないって、ちゃんとわかってる。でも……リリィの言ってた通りでさ。気持ちって、誰にも止められないんだよ。……本人にも、ね」
「……そっか」
「『家族じゃなかったらよかった』とか、『赤の他人だったら、普通に好きって言えたのに』って、何回も思ったよ。しかも、その人には婚約者もいてさ」
「え、え……それは……それは、しんどい、わね……」
「しんどかったよ。……“好き”なんて、一度も言えなかった」
ステラは苦笑しながら、少しだけ肩をすくめた。
「関係を壊したくなかったのもあるけどさ……たぶん、一番怖かったのは、気持ちを否定されることだったと思う」
「否定……」
「うん。『勘違いさせてごめんね』って、言われるのがさ。……なんていうか、“大人の対応”で全部なかったことにされる感じ? それが一番、しんどいだろうなって」
私は、何も言えなかった。
……それは、まさに、今の私が、ソリオにやっていることと同じだったから。
私は彼の思いを、未だに真剣に取り合えていない。
私は、彼につらい過去があることをいいことに、ソリオの思いときちんと向き合うことから逃げたのだ。
ソリオには、言わなくても、私の気持ちなんて全部伝わってる。
──伝わってる。全部。
私が心の底から彼の行動や言動にドキドキしたのも。
それでも、「彼の勘違いだったんだ」と、自分の中で勝手に終わらせたのも。
そう結論づけたのは、そのほうが楽だったから。
私が、傷つかないで済むから。
それでも──彼は、伝えてくれたのだ。
どれほどの勇気が必要だったか、私には分からない。
「あーあ。クソ……誰にも話す気なかったのに。こんなこと。……なんでだろう。饒舌になっちゃうな」
「ふふ。……ちょっと嬉しい」
「ああ。うん。ずっとそういう顔をしててくれ。あんたの悲しそうな顔見るの、なんだかすごく嫌なんだ」
「ありがとう。……ねえ、ステラ。……恋愛って、難しいね」
ぽつりと漏らすと、ステラは苦笑した。
「難しいなぁ。……俺、全然わかんない。好感度の上げ方とか」
「アストリスとは……ダメだったの?」
「ダメ。アイツ、俺への好感度、1.7%」
「ええ、仲良さそうなのに」
思わず笑ってしまった。
ステラも肩を震わせて笑う。
……さっきまでの重い空気が、ほんの少し軽くなる。
「仲はいいよ。そこそこ。でもお互いに信頼してるかって言われると微妙だな。お互いに別の目的があって、それで協力してる感じ」
「そうなんだね。……ステラって前世の名前はあるの?」
「ん? ああ、あるけど──。他人に言っちゃダメなんだって。女神様がそう言ってたらしい」
「え、そうなの?」
私、自分の本名、ソリオに知られてるんだけど……。
まあ、でも、ソリオが何も言わないってことは大丈夫なのかしら。主人公限定の縛り……みたいな?
「うん。入学試験の後……ポーション渡す代わりに、ソリオに"神託"使ってもらってさ。教えてもらったんだ」
「へえ……供物は何を捧げたの?」
「捧げ……ては、ないかな……。あ、購買のパン?」
意外と安上がりだな、女神様……。
入学前はあんなに苦労したのに、と少し切なくなった。
その後も二人でぽつぽつと話を続けた。
案外、話は弾んだ。私の知らないステラの一面に触れられて、少し楽しかった。
アストリスは、というと──
相変わらず、私にしがみついたまま離れてくれなかった。
でも、彼が寝返りを打ったおかげで、重苦しさは少しマシになっていた。
私は、アストリスの寝息を聞きながら、そっと目を閉じる。彼の体温が暖かい。
──この世界はゲームだ。
でも、ここにいるのは“キャラクター”なんかじゃない。
傷ついて、揺れて、必死に生きてる、“人”だ。
だから──
私は、きちんとこの世界の住人と向き合う。
そして、誰よりも――ソリオと向き合う。
彼の感情を、茶化さず受け止める。
そう、胸の奥で強く決意した。




