一緒に寝るみたいです。
扉がカチャリと開く。
待ってましたとばかりに、私は身を乗り出して叫んだ。
「ステラ!」
ステラは一瞬ぎょっとした顔になり、私の状況を認識した途端、眉をしかめた。
──私にしがみついたまま、アストリスはすやすやと眠り続けている。
……ちなみに、少し暴れたら、噛むのはやめてくれた。さすがに。
「……おい、アストリス。飯、買ってきたぞ。離してやれって」
ステラが低めの声でそう告げるが、反応はない。
アストリスは私にしがみついたまま、すやすやと眠り続けていた。──しかも、座ったままという謎の体勢で。
「……離してやれって言ってんだろ、コラ……!」
ぐぐぐ、とステラがアストリスの腕をこじ開けようとする。
──びくともしない。まるで腕に鉄の輪っかでもはめられてるみたいだ。
「あらあら……寝たフリですの? これってもしかして──脈アリ!? なんていじらしい……!」
リリィが頬を赤らめて、両手を胸の前で組む。
「はぁ。先生呼んで、強制排除してもらおう」
私がそうぼやくと、すぐさまリリィが青ざめる。
「ダメですわ! 女子寮は男子禁制! バレたら即退学、前代未聞のスキャンダルですわよ!!」
「……面倒くさいなあ……」
ステラがため息をつきながら、ふと思い出したように呟いた。
「あ、そうだ。こいつ、いつもこういう音なら反応するから……」
そう言って、手に持ったパンの袋を、アストリスの耳元でカサカサと鳴らす。
……なんだか、猫を呼ぶ時みたいだ。
「……無反応ですわね」
リリィが首をかしげる。
「おっかしいな。腹減ってる時は、これで起きるんだけどな……おい、こら、アストリス」
ステラがアストリスのほっぺを軽くぺちぺち叩くと、彼は「んー……」と微かに声を漏らし、ゆっくりまぶたを開いた。
「あ、起き──」
「おい!?」
突如、アストリスが体重を傾けて、私ごとベッドに倒れ込んだ。
ぽすん、という軽い音。
私の体も一緒に引っ張られて、思いきりベッドに沈む。そして、彼の足が絡みついてきたかと思えば──
ごろん、と寝返り。
そのまま、アストリスの全体重が、私の上にのしかかる。
重い。近い。近すぎる。
私は完全に敷布団扱いだ。アストリスは、満足げにまた寝息を立て始めていた。
「きゃ、きゃあああああああ! だ、大胆すぎますわ!!」
リリィが叫ぶ。ステラは顔を引きつらせていた。
「こ、こいつわざとじゃねえの!? 先生に報告して退学にしようぜもう!」
「ちょ、ちょっと待って! アストリス、たぶん……疲れてたのよ。ほら、部屋に来た時からずっと機嫌悪かったでしょ?」
どうにかその場をごまかそうと、必死でフォローを試みる。
まあ、正直めちゃくちゃ重いけど。色んな意味で。
「私は平気よ。弟と寝てた時、こんな体勢になることもあったし……」
「まあっ、微笑ましい……! 弟って、ソリオくんのことですの?」
「……うん……まあ、そんな感じ」
(本当は実弟の方だけど……)
心の中でソリオに謝りながら、私はアストリスの背中をぽんぽんと軽く叩く。
その寝顔は穏やかで、さっきまでの不機嫌さが嘘みたいだった。
「不安なことがあって、魔力もずっと不足してて……。今はようやく落ち着けたみたい。だから、そっとしておいてあげたいの」
「……いや、でもさ。ここ、俺の部屋なんだけど」
「確かに。……あ、でもステラ、アストリスの部屋の鍵、受け取ってたよね? "隠匿"、持ってる?」
「一応持ってるけど……」
「なら、今日は部屋を交換しましょ。アストリスのことは私がちゃんと見るから。起きるまで、そばにいるわ」
アストリスは、それはもう気持ちよさそうに寝ていた。その割に、相変わらず私を抱きしめる力は強い。
……まるで、取られたくないとでも言いたげだ。
きっと、無意識に魔力を求めているのだろう。
ステラは深くため息をつき、私たちを見下ろす。
そして、静かにベッドの縁に腰を下ろした。
「……だったら、俺も一緒に寝る。さすがに、男女ふたりきりはまずいでしょ。な? リリィ」
「え、ええ。そ、それは確かに……乙女的には大変美味しい状況ではありますけれど……倫理的にはアウトですわね……」
興奮と理性のせめぎ合いに震えた様子で、リリィはうんうんと頷く。
「それと、ルナフィアさん。君、王子の婚約者なんだから、自覚は持ってね」
「それ、ステラさんが言いますの?」
リリィが鋭いツッコミを入れる。ステラは視線を逸らした。
「……ま、でも。おふたりがそれでよろしいのであれば、あたしは部屋に戻ろうかしら」
そう言いながら、リリィはウインクしてみせる。
「アリバイはお任せあれ。何があっても──ルナフィアさんは、あたしと一晩中、自室で語り明かしていたことにして差し上げますわ!」
「何も起こらないわよ!?」
ドアが閉まる。ステラは内鍵を閉めて、私達の方へと歩いてきた。
「……ルナフィアさん、警戒心なさすぎ」
ベッドに入りながら、ステラがぽつりと呟いた。
「よく言われるわ。特に……弟にね」
苦笑まじりに返すと、ステラは目を伏せながら小さくため息をつく。
「はぁ……。でも──」
彼女は一度、言葉を切ってから、私を見た。
「君が、俺を助けようとしてくれたのは、ちゃんと伝わってる。ありがとう」
「……リリィのこと?」
「うん。リリィのことも。……あと、アストリスのことな」
そう言って、ステラはアストリスのおでこを指で弾く。
ステラの声は静かで、どこか優しかった。
「……ここがゲームの世界だけど……中にいるのは、“キャラクター”じゃなくて、“人間”だってことは、忘れないようにしないとな」
その横顔は、ほんの少しだけ寂しそうで、でも、どこか決意に満ちていた。
ステラはゆっくりと布団の中に入る。彼女の足が、そっと私の足に触れた。




