距離感がバグってませんか!?
「ね〜、ステラ。一人部屋、どうなった? 駄目だったんなら早く荷物まとめて。スペアキーの作成、申請制なんだってさ……俺、早く寝たいから鍵閉めたい」
アストリスはいつものように淡々と一方的に話したいことを話す。
「えっ、アストリスさん? 何の話を……?」
「いや、ステラが『女の子と二人部屋は嫌だ』って言うからさ。だから“一人部屋が無理なら、俺の部屋に住めば?”って提案したの。で? どうなった、話し合い」
──時が止まった。
言葉通り、私もリリィもステラも、目を見開いたまま凍りついた。
アストリスだけが、のんびりとした顔でステラの目の前で手をひらひらと振っている。
「……何? 時間止まった?」
君が言っちゃうのか、それ。
リリィは俯き、震える。かと思うと、さっき萎んだはずの彼女の怒りの導火線に火がついた。
「ステラ・アステリカさん!! あなた、爛れてますわ!!」
「ち、違う違う! 誤解! こいつのことは狙ってないってば! 男として見てないから! 帰ってよアストリス!! 結局一人部屋になったんだから!!」
「は……? 気使ったのに……気ぃ悪……」
アストリスは眉ひとつ動かさず、淡々と続ける。
「じゃ、今日、俺ここで寝るねー? 動くのめんどくさいし……」
「ひゃっ!?」
ずかずかと歩いてきて、私が座っているベッドに普通にドカッと腰を下ろし、そのままゴロンと横になった。
直ぐ側で、彼の長いまつ毛がふわっと揺れる。
「アストリスさん! ここ、女子寮ですわよ!? 男子の侵入は禁止ですわ!!」
「は〜……ここステラの部屋でしょ? 今日だけ交換でいいじゃん。俺の部屋行けばいいよ。ほら、鍵」
アストリスはぽいっと男子寮の鍵を投げる。ステラは慌ててそれをキャッチする。
「か、鍵とか簡単に渡さないでくださいまし!! それに女性のベッドで勝手に寝るなんて……!」
「……」
アストリスはリリィの声を完全に無視して、もそもそと布団を手繰り寄せ、頭からすっぽり被った。
「……。……あたし、先生呼ぶとか、そういうキャラじゃないのでしませんけれど……普通にアウトですわよ。規則違反ですわ」
「ありがとう……ほんと気にしないで。アストリスって、いつもこういうヤツなの。俺たちはただの幼なじみで、恋愛とかそういうのは、全く……ないから」
「……。……」
じとっとした目でリリィがステラを睨む。
その目には、“疑念”がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「あ、アストリスー……頼むから、自分の部屋戻ってよ。夜食買ってやるから!」
「……食べる」
ぼそりと返して、のそ……っと立ち上がるアストリス。
私は彼からさりげなく距離を取り、ソファのほうへ避難した。
リリィは、呆れたように盛大なため息をついた。
「……ねえ、アストリスさん。あなた、本当にステラさんとはお付き合いしてませんの?」
リリィの問いかけに、アストリスは露骨に眉をひそめた。
「気持ち悪いこと言わないでくんない?」
「だって! 明らかにおかしいですもの、距離感!」
「俺は誰に対してもこの距離感。……何、あんたのこともここで抱きしめて証明してやろうか?」
「けっこうですわっ!!」
リリィは勢いよく首をぶんぶん振る。
アストリスは疲れたようにため息をついた。
「……まあ、俺に触りたがる奴なんていないけどね。死神の目だっけ。じゃあ、突っかかってくんなよ……」
「そういう意味ではありませんわよ! 男女の、もっとこう、節度というか……ああ、もう!」
リリィは口をもごもごさせながら、何かに耐えるように目を閉じた。
かと思えば──ぱっと目を開くと、まるで名案を思いついたかのような顔になる。
「ねえ、アストリスさん」
「……何」
「だったら、ルナフィアさんに、スキンシップしてみてくださいません?」
「んー?」
「ぶはっ!!」
私は思わず吹き出した。
リリィの目はキラキラと輝き、頬はほんのり紅潮している。
それはまるで、楽しそうに恋愛小説を抱えてソファに沈む『うちのメイド・ジル』そのものだった。
「り、リリィさん? あのぉ、ルナフィアさんには婚約者がいるんですけど……」
「ステラさん。どうしてアストリスさんとルナフィアさんが近づくのを、そんなに拒みますの?」
「えっ、いや、それは……!」
「まさか両方狙っている、などということは……?」
「違う! 誤解! ルナフィアさんとアストリスが恋人になっても、俺は一向に構わないから!!」
「それなら、あたしのやることに口を出さないでくださいませ?」
にっこりと微笑むリリィ。その笑みには、かなり圧があった。
「恋人ぉ……?」
アストリスは眉を寄せて、ぼんやりとその言葉を反芻する。
まったく状況を理解していない様子で、気だるげに私の方を見た。
──それから、一言。
「なら、ルナフィア、ここ座ってよ」
ぽんぽん、と膝を叩いてアピール。
「いやお前、そんなこと俺にやったことないだろ!」
「うん。てか、そもそもステラとスキンシップなんてしたことないよ。ほら、ルナフィア。遠慮しないで」
「えっ……ええーっと……」
私はステラとリリィを交互に見る。
ステラは頭を抱えて目をそらし、リリィは──満面の笑みで親指を立てていた。
「ルナフィアさん、いいから! こいつに構わなくて!」
「ステラさん?」
「いーー……! 違うってリリィさん! ただ、ルナフィアさんが嫌がってないかなって……!」
(いやいや、ステラのフォローはありがたいけど……! むしろ、誤解が深まってませんか!?)
リリィはムッとした表情でステラを見つめた。
(ああ、もう、喧嘩しないでよ!)
私は覚悟を決めた。
ぎこちなくアストリスの前に立つ。
そのまま棒立ちになっていると、彼の両手が迷いもなく私の腰を掴んだ。
ひょい、と持ち上げられた感覚に、思わず声が漏れる。
「きゃっ!」
ぽす、と軽い音がして、私はいつの間にか彼の膝の上に座らされていた。
驚いて体を引こうとする間もなく、アストリスの腕がするりと私のお腹に回り込む。
かと思うと、彼の顎が私の肩に落ちてきた。
「……んー、こうやってさ、大きいぬいぐるみ抱くと落ち着くんだよね」
ふぅ、と耳元に息がかかる。
その温度に、肌がぞわりと粟立った。
近い。
怖い。
──いやになるくらい、自分の鼓動が速い。
そういえば、ゲームにそんなスチルあったな、と他人事のように思い出した。




