恋バナをしましょう
聞き覚えのあるセリフに、背筋がぴんと伸びる。
リリィは、相変わらず無邪気な笑顔で続けた。
「お二人とも、気になってる殿方なんかはいませんの?」
──これは、ゲームで聞いたことがある。
これは、選択肢によってゲーム内で好感度の上下に繋がる、いわゆる“恋バナパート”だ。
……でも、もう慌てることはない。
この世界には、もう主人公がいる。私の役目は、もう終わっているのだ。
だから、私は余裕の笑みを浮かべて答えた。
「私は婚約者がいるもの。……答えは決まってるでしょう?」
「ああ、そうでした! もちろん、第一王子様に決まってますわよね! あたしったら失礼なことを……。ステラさんは?」
「俺はフィンかな」
自然なトーンでそう答えるステラに、私は内心深く頷いた。
うんうん、その調子。ステラはフィンルートに行くんだもんね。
──だが、次の瞬間。
リリィはまるでローディングでもしてるかのように固まった。
それから、目がカッと見開かれたかと思うと、……彼女はみるみる青ざめていき、額に玉のような汗が噴き出した。
(……あれ?)
口をぱくぱくと動かしながら、リリィは震える声で言葉を絞り出す。
「……あ、あの? ステラさん? そ、それって……“略奪宣言”ですの?」
「え?」「あっ……」
つられて、私も変な声が出た。
ああ、そうだ。フィンって、”私の婚約者”じゃない。
その婚約者を、本人の目の前で「気になってる」って……旗から見たら、普通にアウトだわ!
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! ステラさん、それはダメですわ! 婚約者のいる男性を寝取ろうとするなんて……しかも、当人の前で堂々と!」
「ち、違う! そ、そんなつもりじゃ!」
「さっきのルナフィアさんの答え、聞いてました!? 彼女は第一王子を、深く愛しておられるのですわ!」
「た、確かに……」
「確かにじゃありませんわよ!」
「……ええと、あのね、リリィ? 大丈夫よ、私ほんとに。彼とは政略結婚なだけで、恋愛感情とか、特に──」
「そういう問題ではありませんわ!! 横恋慕が悪いとは申しません。感情は止められませんもの。
ですが!! わざわざ正面から殴りにいくのはどうかと思いますの!」
正論。100点。ゲームの中じゃ、フィンの婚約者の存在なんて、ルートに入るまでほとんど触れられなかったからな……。
ステラはしゅんとしながら、ぺたんとその場に座り込んだ。
「……た、確かに……俺、何してんだ……」
「反省してくださいませ!」
「ステラ、気にしないで? リリィも、あまり責めないであげてくれないかしら」
「ルナフィアさん! その反応はもっとおかしいですわ!」
今度は私に怒りの照準が向けられ、ビクッと肩が跳ねる。
「部屋の話し合いの時から思ってましたの! あなた、何でもかんでも人に譲りすぎですわ! 優しさなのかもしれませんけれど、そんなんじゃ大切なもの、全部他人に持ってかれますわよ!」
「そ、そんなつもりは……ないのよ……」
「いいえ! それは優しさじゃなくて――もはや病ですわ!」
「や、病……!?」
「ええ。婚約者を目の前で取られそうになって、それでも相手を庇うなんて……常識的に考えておかしいですわよ!!」
……ごもっともである。
リリィはまだご立腹な様子で、次の説教をしようと口を開こうとしていた。
一方、ステラはベッドに正座をして、完全に落ち込んでいた。ああ、どう見ても思い詰めてる顔だわ……!
これ以上、リリィがステラが凹ませる前にと、私は慌てて口を開く。
「あ、の、実は……! 私、ね? フィンとは別に……気になってる男性が、いるの」
「……え?」
リリィがぱちくりと瞬きをして、不思議そうに首をかしげる。
私は喉を鳴らして、慎重に言葉を選びながら続けた。
──このイベントのあと、ゲームでは名前を挙げた攻略対象の好感度がなぜか爆上がりする。
その理由は明白だ。リリィがこっそりと、本人にチク……いえ、“伝えてくれる”からに違いない。
……だから、ソリオだけはない。
今ちょうど彼との距離感で頭を悩ませている最中だし、下手に名前を出して期待させたくない。
シリウス? 接点ゼロ。あの入学試験が初対面だ。
サジ? もっとダメ。立ち位置がフィンに近すぎる。恋愛関係を拗らせるポジションにいるキャラの名前を出すなんて火種そのもの。
──なら、誰がいい? トラブルにならず、事情を話せば察してくれそうな人……。
「──あ、アストリス」
……口が先に動いた。
リリィが小首をかしげたまま、ほんの少し考える素振りを見せる。
「アストリス……って、ステラさんの幼なじみの?」
「そうそう! そうなの! 私ね、アストリスが気になってるの! で、でね、前にステラにもそのこと話してて……。その、私が……アストリスと仲良くなりたくて……!」
変な汗がじっとりと背中を流れていく。自分で言ってて顔から火が出そうだった。
「フィンへの感情は……尊敬っていうか、そういうのはあるけど、恋じゃなくて……。最初の質問、ごまかしてごめんなさい。婚約者がいる立場だから、なかなか言い出せなくて」
しどろもどろの言い訳を終えると、リリィは「なるほど!」と明るく手を打った。
私とステラは、ほぼ同時に肩から力を抜き、安堵の吐息を漏らす。
「お二人の間に、そんな話が……。確かに、一線を越えていると言えばそうかもしれませんけれど……乙女の恋心は誰にも止められませんものね! しかも、互いに応援しているならば、あたしが口を挟むことではありませんわ!」
「いや、全部正論だよ。ありがとな」
ステラの疲れたような相槌に、私は思わず「うんうん」と何度も頷いた。
……少し気まずい空気を破るように、「コンコン」と控えめなノック音が部屋に響いた。
「……あら、先生かしら?」
リリィが扉の方へ歩いていく。私はステラと視線を交わし、そっと親指を立てた。
ステラも深く頷いて、少し笑う。
……が、次の瞬間。
「ねえ、ステラいる?」
「……あら、アストリスさん?」
「──っ!?」
心臓が跳ねた。嘘でしょ、このタイミングで!?
扉の向こうには、眠たげな赤い目をしたアストリスが立っていた。
彼はゆっくりと室内を見渡し──ステラを見つけるなり、躊躇なくズカズカと部屋の中へ入っていく。




