◆考えごと
「───ねえソリオ、部屋、交換してあげよっか?」
2人きりになった時、アストリスは、突然そう言ってニコニコと笑った。青白くて長いまつ毛は、それはもう不気味な程に美しくて蠱惑的だった。
「その代わり、条件があるんだけど……あ、これ、ステラには内緒ね?」
「……なんですか?」
「転生者を見つけたら、俺に報告してよ。ステラに内緒で、お姉さんを探してあげたいんだよね」
魔法を使わずとも、その言葉が嘘だとわかった。その提案を、丁重に断った。悪い提案じゃなかったけれど、借りを作るのは嫌だった。
実技試験が終わり───、アストリスと合流する前に、ステラが言っていた言葉がある。
『転生者を見つけたら、俺だけに教えてくれ。それと……ゲームについて、アストリスに話すのは控えてほしい』
(思った以上に、彼らに信頼関係はないらしい)
じゃあなぜ共にいるのか、と問われると、そりゃあもう利害の一致だろう。
アストリスは、この世界の住人だ。
この世界で自分に起きることをなんとなく知っていて、その障害を乗り越えて、それを利用して成り上がるためにアストリスなりに画策している。
アストリスはあのカミングアウト以来、明らかに僕に取り入ろうと行動してきた。
彼ら視点で、『転生者』の僕に。
***
(『俺の世界征服のために───もうちょっと、一緒に遊ぼうよ、ソリオ』、ねえ)
試験の時に流れてきた声───あれは、”接続”の効果で流れ込んできたアストリスの心の声である。
流石に心の声を偽装するなんて芸当、シリウスならともかく、彼には不可能だろう。
アストリスには、明確な目的がある。
だったら、転生者と関わりを持とうとする理由は───。
(アストリスは『転生者』を傍に置いて……、自分の手駒にしようとしてる、とか)
アストリスの情報源はステラとの会話。だから、姉さまの記憶を直接覗き込んだ僕と違って、持っている情報は断片的なものになる。
そして、恐らくステラは、アストリスに流す情報をあえて制限している。
まあ、全ての情報を手に入れた時点で、アストリスに転生者が不要になるからだろう。
いや、もっと正確に言うなら……むしろ、邪魔でしかない。転生者なんて。
思えばアストリスが僕らに接触してきたのは、必ず一人で、ステラの目が届かない場所でのことだった。
そのくせやたらと2人行動が多いのは、お互いのことを監視しあってるから、だとか?
(まあ、全部ただの予想だけど……)
ゆっくりと伸びをして考える。
アストリスは僕と会う時、冬服の長袖に手袋をしていた。春なのに。
まるで、僕の読心術を警戒しているかのように。……はっきり言って不気味だ。
当然、もう既に僕に警戒されてる自覚はあるだろう。じゃあ読み取られたくないのは……計画内容?
ただの予測だとしても、警戒するに越したことはない。
何せ、魔石を用いた勝負でなければ、僕はアストリスに勝つことなんてできなかった。
あの試験は、あくまでルールに則り開催されたものだ。魔力回復薬さえあれば、アストリスはしばらく無力化はされるだろうが、少なくとも気絶することはない。
あの高火力な魔力を防護魔法なしに食らったら、それこそ命が危ないだろう。あいつと戦うなら、ひとりじゃ無理だ。……逆に大人数で叩けばどうにかなる。
正直、アストリスに流す情報を規制するというのは、僕も賛成だ。
嘘をついて正解だった。
彼は、姉さまに関わるべきじゃない。
アストリスのバッドエンドは『食事』───。
連日魔力切れを起こし、飢えで頭がおかしくなったアストリスはルナフィアを拉致し、───その手で食した。表現の過激さから、あの世界の年齢指定が上がった理由そのもの。
彼は、魔力欠乏の飢えから、ルナフィアの膨大な魔力を文字通り『食べようと』したのだ。
サジやフィンと同じで、バッドエンドの欲求を彼女に抱くのであれば──あいつは誰よりも危険だ。
少なくとも、今のアストリスやレオはルナフィアに一切興味を抱いていない。
おそらくこの傾向は、彼女への好感度が高くなればなるほど強くなる。
そんな仮説は、僕が身をもって実証した。今も酷い嫉妬心と猜疑心が渦巻いて、おかしくなりそうだ。
僕は彼女を誰にも奪われたくない。守りたい。
その筈なのに、誰にも壊されないように、先に殺してしまおうなんて発想がまっさきに浮かぶほどに。
本当に、僕らは歪んでる。
(姉さまが転生者ってことは、やっぱり誰にもばらさない方がいいだろうな……)
姉さまには、改めて口止めをした。
破滅を回避するにせよ、次からはステラを利用した方が良さそうだ。
(さて───これからどうしようかな)
そんな考えが頭に浮かんでは消える。だんだん眠くなってきて、僕はゆっくりと目を閉じた。
(姉さま、大丈夫かな)
うまくいくと、いいけど。




