◆貪欲②
「……姉さま。ご褒美、考えてくれました?」
「えっ!? そ、ソリオ!? 気持ちは嬉しいけど……わ、私たちは姉弟なのよ!?」
「ええ。知ってます。でも──血は繋がっていません。だから、僕は諦めませんよ」
「でも私、婚約者が……」
「そうですね。原作通りなら破棄されてしまいますけどね」
僕には、彼女の心が聞こえる。
今は拒否しているが、本気で拒まれてはいないこと。
動揺と戸惑いの奥に、微かな“ときめき”があること。ああ、彼女は僕の顔が好きなのだ。
……それが分かってしまうのが、僕の能力の面倒くさいところだ。
姉さまは顔を真っ赤にして、視線をそらした。
「そ、そ、それよりっ! り、リリィがね! お水とマジカルベリーのフルーツサンドを買いに行ってくれてるから……!」
「ああ、それは楽しみですね。……姉さまも、食べたがってましたし」
「……」
「……」
ふたりの間に、妙な沈黙が落ちた。
でも、それがまた愛おしかった。
つい、口元が緩む。
「……それにしても。アストリス……一体、どうしちゃったのかしら。彼の戦闘って、ゲームの中で描写されていたけど……あんなんじゃなかった、よね」
「……ええ。ゲームの中では、あっさり僕に伸されて終わりでしたものね」
姉さまが、少しだけ躊躇うように言った。
「……まさか、あの子も……私と同じ、“転生者”だったりして」
その言葉に、僕は胸の奥が少しだけ軋むのを感じた。
以前の僕なら、絶対に避けた話題。
でも、今は違う。
僕は、静かに、口を開いた。
「姉さま、アストリスは──」
「ソリオ君! 大丈夫ですか!?」
声が遮った。
栗色の髪に花の飾り。淡いピンクの瞳が、心から心配そうに揺れている。
少女は息を切らしながら、僕の前に駆け寄ってきた。
──ステラ・アステリカ。
この世界、いや、この“ゲーム”の主人公。
「これ……よかったら……魔力回復薬です。アストリスがよく倒れるから、いつも持ち歩いてるんです」
「ありがとう……助かるわ」
姉さまが礼を言うと、ステラはほっと胸を撫でおろした。
「……あの、怪我してないですか? 私、回復魔法が得意なんです。もし痛いところがあれば……」
「大丈夫です。もう姉さまが回復してくれたので」
そう答えた僕に、ステラは一瞬だけ言葉を詰まらせて──それでも笑顔を崩さなかった。
「……そ、そうですよね。あの魔法、すごかったですよね。防護結界まで壊れるなんて……! ほんの少しでもいいから、アストリスの代わりに罪滅ぼしがしたくて……」
罪滅ぼし。
──いい言葉だ。響きが綺麗だ。
「それと……その……できればアストリスとも、仲良くしてもらえたら、うれしいです。あの子、誤解されやすいけど、本当は優しい子で……」
「……僕は、死神の目に偏見はありませんから」
僕が静かに答えると、ステラの顔がパッと明るくなった。
「よかった……! ソリオ君って、やっぱり優しいんですね!」
そう言って──彼女は、迷わず僕の手を握った。
……ほんの数秒、姉さまが「まあ……」と目を見張る気配がした。ああ、もう、そういうのじゃないから、変な勘違いしないでほしい。
そして──その瞬間。
流れ込んできた“心の声”は、まるで別人のものだった。
『……なあ、おい、ソリオ・セレシア』
それは、少女の見た目からは想像もつかないような、冷たく鋭い"男の声"だった。
『……お前、何者だ?』
(……)
僕は、ただ静かに、彼女を見つめた。
(……違った。アストリス・ノクターンは転生者なんかじゃなかった)
ルナの弟じゃないし、このゲームに最初からいるキャラクターだ。
彼の正体は、───文字通り、本当に『僕と同じ』だった。
転生者の1番そばにいた『この世界の人間』。
本物の転生者は、アシヤセイヤは、アストリスじゃない。
本当の転生者は──。
(……ステラ・アステリカ)
そう思った瞬間、自分の胸の奥から、どす黒いものがふつふつと湧き上がってきた。
(──ああ。やっぱり、気に入らないな)
その感情は、罪悪感でも、嫉妬でもなく──“拒絶”だった。
僕は、彼女が好きで。
こいつに、彼女を渡したくない。
僕はにこりと微笑んで、それから"接続"ではっきりと伝えた。
『僕はあなたと同じですよ』
「!」
少女の可憐な表情が少し驚きで歪む。
内心、姉がいなかったことに落胆しているのだろう。
僕はあえて嘘をつく。彼に彼女がバレないように。彼女が彼からかすめ取られないように。
それはもう、最悪の爆弾だ。
僕は微笑んだまま、彼女に情報を流し込んだ。
『────僕は、日本からやってきた転生者。転生前の本名は「リオ」と言います』
───お前なんかに、絶対渡さない。
存在自体、気づかせない。
姉さまにお前が死んだことなんて、教えてたまるものか。
『彼女は、あなたにとっての「アストリス」と同じですよ』
あなたはこの世界に降りてきたんだもの。
僕にだって、恋をする権利はあるでしょう?
だって、姉さまが言ったんじゃないか。
僕に、幸せになってほしいって。
だからこいつにだけは、絶対に渡さない。




