◆貪欲①
「ッソリオ!」
姉さまの声が聞こえた。僕もその場に倒れる。だけど、それはアストリスも同じだった。
それは攻撃を受けたからではない。
僕の体には、防衛魔法が掛けられている。だから、先ほどまでの強力な魔法ならともかくとして───剣のダメージなどないのだ。
ふたりが倒れた理屈は簡単。『魔力切れ』だ。
アストリスは"これで終わり"の効果で、たった1発の攻撃で魔力が底を尽きてしまう。
それはまさに『呪い』のような体質で、最悪のハズレ魔法だ。
魔石は魔力量とリンクしている。
魔石が壊れれば魔力は尽きるし、当然、魔力が尽きれば魔石も壊れる。
だから彼は僕に近づいてから、魔法を唱えた。
すぐに喰い尽くしで僕の魔力を吸い取って回復する算段だったのだろう。
だったら、簡単な話だ。相手に吸い取られる前に、先に魔力を使い切ってしまえばいい。
それなら、先にアストリスの魔石が壊れる。
折り重なって、二人で倒れる。ああ、こんなの、ゲーム内の実技試験とは全く違うじゃないか。
近くで赤い光が見えた後、パリン、何かが割れる音がした。アストリスの魔石が先に壊れたのだ。
その後、遠くでターコイズブルーの光が見えた。僕の石もまた、壊れた。
「──試合終了! 救護班! すぐに──」
こんなにも近いから、『接続』の効果が発動してしまう。
流れ込んでくるのは、彼の心の声だった。
「……」
その声を聞いて、僕はゆっくりと目を閉じた。
(───何が死神だ。こいつも同じ人間じゃないか)
***
僕はアシヤ セイヤが嫌いだ。
彼女から愛されている彼が憎くてしかたがないのもあるが、彼女の命を無駄にした彼が、どうしようもなく嫌いなのだ。
彼女の好意を、優しさを、死を、無碍にして死んでしまった彼がどうしても許せない。
おかしいな。
彼女が死んでいなかったなら、僕はこの世界でずっと不幸のままだったのに。
あの世界の僕はきっと、主人公に選んでもらえないと幸せになんて、なれなかったのに。
僕の幸せは、彼女の不幸で成り立っている。
彼女が死んだから、彼女が弟と離れてしまったから。
だから僕は彼女に優しくしてもらえて、愛してもらえた。本当に心の底から幸せだけど、これでいいのかなとも思うんだ。
僕は、もっといい人でいたかった。
彼女みたいに善人で、人を信じられて、人の幸せを願えて、人を守れる人に生まれたかった。
だからきっと、心の底でずっと穢してやりたかった。彼女が悪人だったら、僕自身が幸せになることだって許せる気がしたからだ。
──いいのかな。僕が、幸せになっても。
僕が、幸せになろうとしても。
そのために、誰かを不幸にしても。
『────ねえ、ソリオ』
彼女の声が、聞こえた。大きな声だった。きっと心の声だった。
全然逃れられなくて、耳も塞げない。
『あなたは私を守るって言ってくれたけど、本当はね、何もしなくたっていいの』
彼女の優しさが、苦しくて、暖かい。
『───私ね、あなたに幸せになってほしいの』
……ああ。そう。
それなら、いいか。
───あなたが心からそう言ってくれるなら、それでも、いいのか。
***
──────はっと目を覚ますと、視界いっぱいに姉さまの顔があった。
あの時のリリィと同じ。
僕の頭は、姉さまの膝の上にあった。
……なるほど。心の声が聞こえてきたのは、たぶんこのせいだ。接続で流れ込んできたらしい。
「ごめんね……魔力切れを起こしてたから、"贈り物"を使ったの。……顔色、まだ悪いよ。起こしちゃった?」
姉さまの掌が、そっと僕の額を撫でた。
温かな魔力が、体の奥にまで染みわたっていく。
「……いえ。ありがとうございます」
「試験はね、ソリオの勝ちだったのよ。ほんと、びっくりしちゃった。まさかアストリスが、あんな魔法を使うなんて……ゲームとは全然違うわ」
「そうですね」
僕は、静かに言った。
「フィンは姉さまに呆れてなんかいないし、婚約破棄してくれる様子もありません。サジは人間不信じゃない。レオの母親も健在で……シリウスの様子も、おかしいままです」
「ええ……。私、何もしていないのに……」
「そうですね。あなたは“当たり前”のつもりなんでしょうね。言われ見てれば、大したこともしていない。だけど、僕らには、それが眩しくて仕方ないんです」
それは、皮肉でも怒りでもない。
本当に、そう思っただけだった。
「……少なくとも、僕はステラが現れても、彼女と恋には落ちないと思います」
「えっ……それは、分からないんじゃない?」
姉さまが、クスクスと笑った。
……僕も、つられて少し笑ってしまった。
そっと、彼女の手を握る。
姉さまは、わずかに目を見開き、僕の顔をじっと見つめた。
──どうやら、レオの試合が始まったらしい。観客席から黄色い歓声が上がっている。
でも、今この瞬間、僕の世界に他の音は入ってこなかった。
それでも、誰にも聞こえないように、接続で想いを伝える。
(……僕、好きな人がいますから)
その一言に、姉さまの手が、ぴくりと震えた。
僕はその手を包むように握り直し、そっと唇を寄せる。
触れるか触れないかのキス。手の甲に、静かに落とした。
(……姉さまは、僕のことを“弟”だと思っているかもしれません。でも……)
(僕は、あなたのことを“姉”だと思っていませんから)
「え、え……?」
姉さまが目を丸くする。
(────ルナ)
心の中で、彼女の名前を呼ぶ。
彼女は顔を真っ赤にして、拒否するようにぶんぶんと首を横に振った。
でも──それでもいいと思った。
今は、これで十分だ。
ここからは、ゆっくり攻めよう。




