クイズイベントです。
その優しげな声を聞いた瞬間、私の頭にBGMが鳴り響いた。
(ク……"クイズイベント"──!?)
クイズイベント──それは"100キス"ゲーム内で定期的に発生するイベントだ。
クイズは授業パートを聞いていれば答えられるものだ。
クイズに答えられないと好感度が下がり、逆に答えられると好感度が上がる。
王子はソリオをじっと見つめた後、口を開いた。
「この世界の魔法の属性は7つある。光・風・土・水・火……そして、記憶魔法・精神魔法の7つだ。じゃあ、“記憶魔法”が他の精神系魔法と区別される最大の特徴はわかるかい?」
「え、ええと……そうですね……」
王子はニコニコとこちらを見つめている。
私は頭の中にある"瑠奈"としての記憶の回路を必死に漁った。
(こういうのが積み重なって、"婚約破棄"になるの!?)
恐らくこの問題は"初級問題"だ。
そもそも大前提として、平民である主人公が間違えるだけなら少し好感度が減るくらいで済むだろうが、令嬢が何も知らないのはおかしいだろう。
(──というか、選択肢もないし……!)
当然だが、ゲームのように4択を選ぶウィンドウが表示されることもない。
「姉さま。紅茶のおかわりはいかがですか?」
「そ、ソリオ……ええ、頼むわ。ありがとう」
ソリオは頷き、私のそばへ寄ってきて紅茶を注ぐ。
──そして私のそばに寄ってきたソリオの手が、そっと私の背中に触れる。
その瞬間、私の頭にソリオの声が響いた。
『姉さま、──記憶魔法は、────』
私は驚き、ソリオを見上げる。ソリオは困ったような微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
私は口を開く。
「っ……き、記憶魔法は、“対象の過去”を知ることしかできません。……感情や判断に干渉は、できないから……です。それが、精神魔法と分けられている理由、です……よね?」
「正解だよ。さすがソリオの姉だね。──じゃあ、記憶魔法の中で、最も高度な呪文は?」
『……神託』
聞こえてきたソリオの声に私は一瞬躊躇うも、静かに答える。
「……神託。神と交信し、信託を得るための魔法。弟……ソリオが、“接続”の次に得意とする術です」
フィンは目を細め、ふっと微笑む。
「正解だ。じゃあ、……そうだな。“接続”で最も深い記憶を引き出す方法は?」
「フィン王子っ! そ、それは──っ、あの、セクハラ発言に該当するのでは……っ」
ソリオが慌てて私の背中から手を引く。耳まで真っ赤になっている。
王子は肩をすくめて笑う。
「……おや。やっぱり、君が教えていたんだね。魔法嫌いのルナフィアにしては、随分勉強熱心だと思ったよ」
私はそっと胸に手をあて、息を整えて──。
「……口づけ、ですよね」
その言葉に、王子が少しだけ目を見開いた。
口づけ──それは、この世界の“100キス”での、ソリオにとって特別な意味を持つものだった。
恋でも、愛でもなく。
ソリオにとってのキスは、“諜報”──心を読むための手段だった。
主人公の真意を知りたくて、彼はキスを使った。情報を、感情を、真偽すらも読み取るために。
彼にとっての口づけは、信じて、愛して、触れ合うためのコミュニケーションじゃない。『疑い、確認する』ための道具だった。
(……誰も、彼に“心を預ける”って教えてくれなかったんだ)
今のソリオを見ると、口づけの話を聞いて顔を赤くしてあたふたとしている。その姿が、なんだか星夜と重なった。
彼は元々純粋で、初心な子供なんだわ。
ゲームの中のソリオの姿と重なって、思わず、胸が痛む。
「驚いた。ルナフィアは魔法のことなんて興味ないものだと……魔法は男と従者が使えればいいっていつも言っていたから」
「だ、だったら……姉さまにそんな意地の悪いこと聞かないでくださいよ……!」
「ごめんよ。聞いたらどう切り抜けるのかなって、興味が湧いてしまって」
「も、もう、フィン様ったら。酷いですわ」
私は表面上はにこやかに笑いつつも、少しぎくりとする。
(あれ? フィンってこんなに意地悪だっけ……)
そう思ったが、フィンは主人公や他のキャラクターにはずっと優しかったことを思い出す。腹黒、という印象もない。
それだけルナフィアが呆れられているということなのだろう。
フィンはまるで玩具を見つけた子どものように意地の悪い笑顔を浮かべながら、私に話しかける。
「それにしても、ルナフィア、いつの間にソリオとそんなに仲良くなったの?」
「や、やっぱり、私が弟と仲が良いってそんなにおかしいですか?」
「そうだね。ソリオがお茶会で喋ったのを初めて見たよ。……いや、本当に、驚いたんだ。てっきり僕は、“ルナフィアがソリオに『王子との会話には口を挟むな』って言っていたのかも”と思っていたくらいでね……」
「……」
「……これも怒らないんだ? 本当に人が変わったみたいだ」
怒るも何も、以前のルナフィアはそういった人物だったのだ。