ご褒美をください。
「次の戦闘試験が────」
試験官の声が響き、会場が静まり返る。次は、私たちとは違う生徒たちの試験だ。観客席からの期待の声が高まり、雰囲気が一気に盛り上がる。
「楽しみですわね!」リリィがにっこり笑う。
「どんな戦いになるかしら……?」
試験場には二人の生徒が立っている。片方は炎の魔法を構え、もう一方は風の魔法を操るようだ。
すぐに戦闘が始まると、火の魔法が一気に飛び出し、風の魔法でそれを避ける。
「! いい動き……!」
私が声を上げると、リリィがさらに興奮気味に言う。
「見てくださいまし! 火の魔法をあんなに華麗にかわして……!」
戦闘は一進一退だ。相手の攻撃を素早く避けつつ、反撃の隙を見つけては精度の高い魔法を繰り出す。
「このままじゃ、ほんとにどっちが勝つのか分からないですわ!」リリィが手を叩いて興奮する。
少しの間、息を呑んで見守っていると、突然、風の魔法を使う生徒がその隙を突いて攻撃を仕掛ける。爆発的な魔法が一発決まり、戦闘が終了する。
「わ、わあ〜……! すごい……!」「勝者はあの子ね! 強かったですわ!」
リリィが拍手しながら言う。
魔法の試験を見守るのはすごく楽しい。派手で、まるでファンタジー映画を見ている気分になる。
試験場に明るい拍手が響き渡り、次の戦闘が始まる準備が整う。
私もリリィと一緒に次の試合に注目しながら、少しドキドキしている自分を感じる。
ソリオはそんな私たちを、微笑ましそうにみていた。
「──楽しそうですね」
「「「うわあ!?」」」
後ろから突然声をかけられ、仲良く三人で驚きの声を上げる。声をかけたのは、さっきまであの場に立っていたはずのシリウスだった。
「シ、シリウス、いつからいたんだ……」
「試合が終わったあとにはいましたよ」
「……なんの用だ」
「無事に勝てたので、褒めていただこうと思いまして」
シリウスは何を考えているか分からない───というか真顔でそう言った。
ソリオはぎゅぅ、と眉を顰め、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……何が目的だ?」
「ソリオ様から仕事をいただくにあたって、学園への入学は必須でしたから。……これも仕事のうちではありせんか?」
「確かにそうかもな。偉いな」
「え、これ、どういう関係ですの……? 全く読めませんけど……」
「ごめんね、リリィ、私にもよく分からないの……」
ソリオが淡々とした声でぶっきらぼうに褒めると、シリウスはこくりと頷いた後、私の方を見た。
「ルナフィア様。わたくし、シリウス・スノーホワイトと申します」
「は、はい!?」
「個人的に……ソリオ様、ひいては、セレシアに仕えているんです。わたくし」
「え、ええ……そうだったのね。弟をよろしく」
「はい。ルナフィア様もなにかご用命がありましたらいつでもご相談くださいね」
「え、ええ、ありがとう……?」
いまいち彼の距離感が分からない。
シリウスは、私と目をじっと合わせた。
「ルナフィア様、ひとつお願いしても?」
「な、何を……?」
「……代わりに褒めてください。ソリオ様のあれはあんまりです」
そう言って、シリウスはふっとソリオから目を逸らした。
「はぁ!?」
ソリオが目を丸くする。その反応を見て、シリウスはただソリオをからかいたいんじゃないか、という疑念がふつふつと湧いてきた。
「え、えらいわ……?」
「もう少し褒めていただきたいです。……頭を撫でるなどして」
そう言って、シリウスはそっと屈む。
細くて綺麗な黒髪のつむじが見えた。
「……え、ええ……いつも弟がお世話になってるわね。偉いわ、シリウス」
わけも分からず、差し出された頭をゆっくりと撫でる。シリウスはただ俯いていた。
髪の毛は細くてサラサラとしていて、猫みたいに撫で心地がいい。シリウスはいつもの無表情のまま、ただ、どこか気持ちよさそうに目を瞑った。
……ソリオは、絶句した表情で私たちのやり取りを見つめていた。
「はい。ありがとうございます。満足しました。こうしてたまに褒めていただけるとありがたいです。
ソリオ様はなかなか褒めてくださらないので……」
シリウスはマフラーで口元を隠し、すくっと立ち上がる。
そしてそのまま歩いていったかと思うと────人に紛れて見えなくなった。
不思議だ。この世界で黒はむしろ目立つ色なのに……。
「あ、あいつ……! 最初から姉さま目的で……!」
「どういうことですの!? 因果関係が全く分かりませんわよ!?」
「そもそも私とシリウス、初対面よ……?」
「初対面なんですの!?」
ソリオはギリギリと唇を噛んだ後、それからパッと私の方を見つめた。
「姉さま……っ! 僕も! 僕も勝ったら、ご褒美をください!」
「ええ……あなたはそんなものなくても勝つでしょう……?!」
「シリウスばっかりずるいです! ……だめですか?」
ソリオが子犬のような目で私を見つめる。その無邪気な瞳に、私は一瞬ドキッとした。
(あ、ダメだ……そんな顔されたら、なんでもいいよって言っちゃう……)
思わずきゅんと胸が高鳴る。ダメだ。私の弟、可愛すぎる──。
「もちろん。いっぱい褒めるわ」
その言葉を聞いたソリオは嬉しそうに笑った。ああ、本当に可愛い子だ。
「わ、わあ! もう、褒めるのは後よ?」
「ソリオくん! あたしも褒めますわよ! 頭を撫でて差し上げます!」
リリィが笑いながらそう言うと、ソリオはすぐに手を振って答えた。
「それは遠慮します」
「つめたいですわ!」