観戦します。①
観客席に戻ると、すでに次の試験が始まる準備が整っているようだ。試験官たちがその場を取り仕切り、参加者たちが並んでいる。
私たちを、笑顔のソリオが迎える。
「姉さま! お疲れ様でした。攻撃魔法を使わずに試験を終えるなんて流石です」
「ええ……そもそも攻撃魔法なんてほとんど使えないからね」
「ええ!? そうでしたの? 手加減でもしたのかと思ってましたわ! 中級魔法を覚えてるのに攻撃魔法を覚えてないなんて珍しいですわね?」
「まあ……色々あってね」
「こう言うのもなんですけれど……よく勝てましたわね! 戦闘試験なんて想定外で困ったでしょう?」
リリィの明るい声がグサッと刺さる。
いや、全然戦闘試験で来るつもりでいた。……けど、相手は女の子だし、と完全に軽く見積っていたのだ。今更だけど、酷く傲慢に思えてきた。
「リリィさん。よく姉さまに挑もうと思いましたね」
「あら、あれも作戦のうちですわよ。勝てば高く評価されるのはそうですし、負けたって挑んだことそのものは評価されるでしょう? 相手は独学で中級魔法を使えるルナフィアさん。あたしの評価も過剰にされるでしょうね」
「え、そこまで考えてたの?」
「だってあたし、両方の科目で満点合格狙ってますもの。まあさすがに負けてしまったので満点はないでしょうけど……それでも、手応えはありましてよ?」
ふふーん、とリリィがドヤ顔を見せる。
なるほど、彼女は彼女で、計算高い子なんだ……。
「まあ……実際試験官の話し合いに随分花が咲いているようですしね」
ソリオはそう言いながら試験管席の方を指さす。
「それに早めに呼ばれて良かったですわー。学園名物の購買に行きたかったんですの! マジカルベリーのフルーツサンドが美味しいって話を聞いていたの」
「あ、それ、私も知ってる……! 1回食べてみたかったのよね」
「ふふ、断面がハート型でとっても可愛いのよね」
二人でクスクスと笑い合う。……流石に女の子同士の会話にはソリオも嫉妬しないらしい。微笑ましそうに笑っていた。
「次の戦闘試験が始まります!」
試験官の声が響き渡り、場が一気に静まり返る。次は、私たちのような参加者とは違う、生徒たちの試験だ。
リリィで小声で囁く。
「次は誰なんでしょうね? 女子男子交互にやるって話でしたけど」
「もしかして、ソリオの番かもね?」
「まあ! だとしたら楽しみですわ。ソリオさんは国一の記憶魔法の使い手だって聞きましたわよ。常時発動魔法の接続なんて凄いですわ。触れるだけで心も読めるなんて!」
「そんなに便利なものじゃありませんよ……」
リリィの歯に衣着せぬ言動に、ソリオもたじたじだ。私たち姉弟はこの子に弱いのかもしれない。
思わずくすくすと、笑ってしまう。
その時、次の受験生の名前が読み上げられた。
「受験番号1002番、シリウス・スノーホワイト!
受験番号654番、ルーカス・ジェンドリック! 前へ!」
「シリウス……」
黒色の暗殺者───シリウス・スノーホワイト。
攻略対象の一人だ。
確か、物語中にはルナフィアからステラの暗殺を依頼されていた。でも、今ここにいる彼からはその気配は感じられない。今、初めて顔を見た。
切れ長の目、黒いマフラー、褐色の肌──。見れば見るほど、この世界ではどこか異質な容姿をしている。
「ああ。じゃあもう購買行きません? どうせシリウスが勝ちますよ」
「あら、あのお方って強いんですの?」
「強いというか、勝つのが既定路線というか……」
「! ……」
その時、ふとシリウスの視線を感じて、思わず心臓が跳ねる。
視線がぶつかる瞬間、シリウスは私をじっと見つめた。
しかし、すぐにマフラーで口元を隠し、視線をそらした。
(き、気のせいかしら……?)
ソリオと関係があるようだし、もしかしたらソリオの方を見ていたのかもしれない。でも、ソリオはリリィと話しているし……。目が合った、ような気がした。
「試合開始!」
試験官の言葉にはっと試合場を見つめる。
シリウスとルーカスは視線を交わす。ルーカスの緑色の瞳が光った気がした。ルーカスは息を吐いてから、明るくシリウスに声をかけた。
「シリウスくん! 良ければ、僕と交渉しないかい?」
「……交渉ですか?」
「そう! お互いに約束しよう! 最初の1分だけは、試験官に魔法を魅せるために使うって。無理に戦う必要はないだろう?」
シリウスはその提案を耳にして、ぼんやりとした瞳でルーカスを見つめた。
客席でリリィが呟く。
「うわあ、あたし、ああいうの苦手ですわ。番外戦術じゃないですか」
「まあ、魔法を出す前に決着がついたら意味がないのは、そうかもしれないわね……」
「それでも全力を尽くすべきだとあたしは思いますわ!」
シリウスが、静かに呪文を唱える。
「───────隠密」
金色の魔法陣が煌めき、───シリウスの姿があっという間に消え失せてしまった。
「な、いいのか!? 俺たちは『魔法を魅せるため』の試験をしてるんだ! まずはお互いの魔法を見せ合おうじゃないか!」
「いえ、戦闘型の試験ですので。───────」
「───し、防護!」
ルーカスが素早く魔法陣を唱え、その目の前に硬い魔法の壁を築く。魔石が青く光り、まるで自然の一部のように魔法が彼を守り始めた。
その瞬間、魔石のシールドにキィン、と何かが当たるような音がした。
……恐らく、ナイフか何かだろう。
「どうだ! これで攻撃できなくなっただろう! 魔法は二つ同時には発動できないはずだ! まずは姿を見せたまえ。こんな試合、試験官にも評価して貰えないよ!」
「───────……はぁ」
シリウスは何かを小さく呟く。────その瞬間、僅かに金色の魔法陣が光るのが見えた。
ルーカスは一瞬警戒したが、彼の姿が徐々に現れ始める。その瞬間、ルーカスは驚きのあまり後退った。
───────彼の鼻先に、シリウスの顔と、暗器の切っ先があったのだ。