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試験開始です。

「──さて、皆さん。」


 試験会場に足を踏み入れると、そこは巨大な体育館だった。高い天井と周囲に整然と並ぶ観客席が、まるで試合を待つ闘技場のような印象を与えている。

 皆の緊張で、空気がピリリと張り詰めている。辺りには強力な結界が魔力の波紋をわずかに揺らめいていた。

 中央では試験官が静かに立ち、全体を見渡している。やがてその手のひらから小さな光の粒が浮かび上がり、ゆったりと空間に広がっていった。


「これから行われるのは実技試験です。今年の試験は『戦闘式実技試験』──皆さんの能力を試すため、ランダムな同性と戦っていただきます」


 試験管の言葉に、受験生それぞれの表情に緊張の色が浮かぶ。

 試験官は「収納(アイテム)」と呪文を呟く。

 すると、突然、会場の空中に無数の魔法の石が現れ、宙に浮かび上がった。


「この魔石が、皆さんに渡される試験の鍵となります」


 私はその魔石を見上げる。

 透明感のある光を放つその魔石は、空中に浮かびながら、ゆらりと揺れている。魔石の色、大きさは様々だ。


「ただし、敗北すると落第というわけでも、勝利すると合格というわけでもありませんので注意してください」


 試験官は魔石を指し示しながら、参加者たちにルールを告げる。


「この魔石は、魔力の大きさを計る道具です。魔力が底を尽きると、それに呼応して、魔石は壊れます。魔石が壊れると同時に使用者の魔力も一気に消費されてしまいます。

 これを守ること、そして相手の魔石を壊すことがこの試験の試験の目的です。もし、どちらかの魔石が壊れたら、その時点で試験は終了です」


 その言葉に、受験生たちがざわめき出す。……私はもちろんゲームから、試験内容は知っている。ソリオと顔を見合せ、小さく頷く。


疾風(ウインド)


 試験官が再び手を挙げると、風が吹き、空中の魔石が一つずつ参加者の前へと動く。

 魔石はどれも微かな光を放っており、空気の中に魔力の震えが伝わる。

 ……そして、ゆっくりと私の前に降りてきた魔石は、翡翠色の─────。


「え」


 私が驚きの声をあげると同時に、誰かの慌てたような質問に思考を遮られた。


「あ、あの! 試験官───魔石の大きさに、ばらつきがあるようですが」

「ああ。これは魔力量に応じて魔石の大きさが異なるからです」

「で、ですが……あの大きさはあまりにも規格外では!?」


 受験生の一人が指差したのは翡翠色の───私の魔石だ。

 皆の魔石は、大きくても10cm程度である。……なのに、私の魔石だけ、岩のごとく大きい。

 大体30cm……人間の頭くらいのサイズがある。


(……まあ、ルナフィアの魔力はすごいって話は知ってたけど)


 皆が私の魔石に注目している。

 私はというと、その場で思考停止するかのごとく固まっていた。


「あんなサイズの魔石、壊せる気しませんよ!」

「稀にこういう魔力を持つものはいます。本人の魔力量の大きさを表すものですから、不公平ではありません」


 試験官は冷静にそう言い放ち、質問は終わる。

 ……が、受験生の噂話は止まる様子を見せない。


「ねえ、彼女ってもしかして、次期王妃の─────」「フィン王子様のフィアンセ!?」

「そもそも彼女に魔法なんか当てていい訳?」「当たる人、可哀想〜……」「そもそもこの魔石自体も、本当に彼女の魔力を表したものなのですか?」「学園が忖度したってこと?」「だって、彼女は貴族、セレシアの────」


 そのざわめきに、思わずため息が出そうになった。さすがにこの扱いにも少しずつ慣れてきた。


「あの……。見掛け倒しなだけで、私、攻撃魔法はあまり……」


 なるべく柔和な笑みを浮かべる。嫉妬の魔女になってしまわないように、攻撃魔法は学園に入学するまではと習うのを制限していた。そんなに警戒されなくても、攻撃魔法については初級魔法の光弾(ライトショット)以外、何も出来ないのだ。

 そう、この石は完全に見掛け倒しなのだった。

 私の声を無視して、ざわめきは他の受験生を巻き込んでだんだん大きくなっていく。


「─────うるさい」


 受験生たちの不満の声に、ソリオがピシ、と冷たく注意する。驚いたのか、雑音は一瞬でかき消されてしまった。


「それこそ姉さまに失礼でしょう。静かにしてください」

「まあ、セレシアにその気があるのなら、今文句を言ったやつは全員不合格だろうね〜」


 それから聞こえてきたのは、牽制するような誰かの声だ。聞き覚えがあって、私は思わず振り向く。


「ねえ、お姉さん。皆が不満に思うなら、俺が貴方と()ってあげよっか?」

「れ、レオ……グランヴェル……さん」

「あり、名前教えたっけ? もしかして俺のファンだったりする?」


 そこにいたのは、攻略対象の1人────レオ=グランヴェルだった。

 ワックスで遊ばされた赤髪に、黄緑の瞳。案の定美男子である。

 なぜか、ソリオが彼に対して冷たい声をあげる。


「レオ・グランヴェル。そうやって近づいて、姉さまを監禁するつもりか?」

「ごめん、マジで何の話?」

「そ、ソリオー……変な絡み方しなくていいの。グランヴェルさん。ごめんなさい。優しい申し出ありがとう。でも、駄目だと思うの……」


 私はちらりと試験官の方を見る。

 試験官は小さく頷いてからひとつ咳払いをし、それからはっきりと言った。


「駄目です。性別によって、得意魔法が異なります。男性の方が攻撃魔法が得意な傾向がありますので、それでは不公平になってしまいます」


 私は苦笑いをしながら周りを見渡す。明らかに女受験生の顔が曇り、男受験生はほっとした様子を見せていた。

 ここまで嫌がられると少し傷つく……が、実際私……というか、ルナフィアはチートのような魔力を持ってしまっているのだ。


「はぁ……」


 私は溜息をつきながら、ゲームの中のイベントを思い出していた。


 ゲームの中で、ステラは聖女になるという神託を受験生たちの目の前で暴露されてしまう。

 そして、誰もが「聖女候補」という肩書きを持ったステラと戦うのを拒否するのだ。


(ああ、ステラ、あの時、あなたこんな気持ちだったのね……確か、そんな時、ステラの目の前に、その後女友達になるリリィが登場するのよね)


「───だったら、あたしがあなたと戦ってあげますわよ! ルナフィア・セレシアさん!」


(確か、そう、そんなことを、言って────、って、え?)


 そう言って、前に出たのは、桃色の髪をツインテールにした少女──リリィ・ガーディアだった。


(こ、こっちに来ちゃったの!?)


 キョロキョロと辺りを見渡す。遠くでステラの顔を見つけた。

 ステラはどこかぽかんとした様子だった。


「いいですわよね? 試験官様! だって、誰も彼女と戦いたくないのでしょう?」

「まあ……知り合いというわけでなくて、当人同士で合意したのならいいでしょう」

「ま、待って! あ、あの、あなた……ス、あっちの子はいいの……かしら?」


 私はそっとステラの方に視線をやる。

 リリィは不思議そうに首を傾げた。


「誰ですの、あの子。有名人かなにかですか?」


 そう言ったリリィに、リリィの取り巻きがハッとした様子でステラを見つめた。


「……え? あ! り、リリィ様! 今気づいたんですけど、あの子、噂の『聖女候補』ですよぉ!」

「ああ、そんな神託があったって聞いたことがあるような……。魔石はあそこまでは大きくないようですけど……」


(ステラの魔石も、結構、大きい方だけど……)


 とは思ったが……。まあ、確かにルナフィアの規格外のサイズの魔石の前では感覚がバグってしまうのも少しわかる。リリィの魔石だって大きい方なのだ。


 お、おかしい。皆、ここに、聖女候補がいるのに、あんまり気にしてない……!


 これは、主人公以上に悪目立ちする存在───ルナフィアがいるせいだ。

 もしかして私、とんでもなく早まってしまったのでは?


「……ふぅん。あなた、あたしと戦いたいんですの?」


 リリィはそう言いながら、ビシッとステラを指さした。ステラは少し考えるように黙ってから、明るく答える。


「いえ、まさか! ……おふたりの戦い、とっても楽しみです!」


 ……そして、主人公らしい愛くるしい微笑みを私たちに向けるのであった。


「……」

「オーッホッホッホ! 応援、ありがとうございますわ! さあ、客席で見てなさい! 魔法は魔力量だけじゃないってこと、あたしが身をもって教えてさしあげますわ!」


(ああ、あああああ〜!)


 ステラのイベント、取っちゃった! 私は慌ててソリオの方を見つめる。

ソリオは少し困惑した顔をして私を見つめ返してきた。……だが、私が視線を送ると、彼はその表情を一変させ、ハッとしたように口を動かして何かを伝えようとしている。


『が、ん、ば、っ、て、く、だ、さ、い……ね、え、さ、ま』

「!」


ああ、かわいい弟の応援……胸にじわっと沁みるわ……!

その一言で、急激に心が落ち着き、パニック状態からようやく正気を取り戻すことができた。


静かに深呼吸をひとつ。気持ちを整理し、視線を上げると、そこにはリリィが立っていた。彼女は真剣な表情で、私の目を見つめている。その瞳の奥に、何か決意のようなものを感じ取る。


「よろしくお願いいたしますわ、ルナフィア・セレシアさん。あたしはリリィ・ガーディア。正々堂々、真剣勝負をいたしましょう?」


リリィの手が差し出された。その力強い握手に、私は自然と手を重ね、心の中で静かに誓った。


(頑張ろう! 弟に、格好悪いところは見せられない!)


「ええ……。ありがとう。リリィさん。よろしくお願いします」


 彼女が私と戦ってくれるなら、私と当たった受験生たちが悲しむこともないだろう。私は返事をした。

 私たちのこの様子を見て同意と受けとったのか、試験官が頷き、私の名前を呼んだ。


「──受験番号1286番、ルナフィア・セレシア! 受験番号286番、リリィ・カーディア! 前へ!」


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