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試験を受けます。

***


「まあ……」


 魔法学園の校舎を見上げると、思わず感嘆の声が漏れた。


 高い天井にガラス張りの壁、朝の光がキラキラと反射して、まるで夢の世界にいるみたいだ。

 周りを見渡すと、緊張と期待が入り混じった空気が漂い、みんなが目を輝かせている。

 受付の列に並びながら、心臓がドキドキと速くなるのを感じる。

 私は、ソリオからもらったネックレスをぎゅっと握りしめた。

 銀の冷たさが少しだけ私を落ち着けてくれる気がするけれど、それでも不安はぬぐえない。



「入学したら学園を案内するよ」


 ふ、とフィンの優しい声が耳に届いた。その微笑みを見て、少しだけホッとする。

 フィンは中等部からこの学園に入っているから、外部入学組(わたしたち)と違ってそのまま内部入学となる。

 実技試験の様子は、投影魔法で内部生にも公開されるらしい。


「もう、受かるって決まってないのよ」

「ふふふ。ごめんね。ルナフィアと魔法学園に通えるのが楽しみで楽しみで。ねえ、もしも受かったら……ランチは一緒に食べてくれる?」

「ええ。もちろん。でも好きな人ができたらその人と食べてもいいのよ?」

「? その予定はないけれど……その時はみんなで食べようよ」

「ふふ、フィンらしい」


 気持ちはまだ落ち着かない。そんな私の心を追撃するかのように、周りの会話が耳に入ってきた。



「ねえ、あのお方って──」「ええ、第一王子──フィン・ルクサリア様よ」「ああ、噂には聞いていたけど、なんて美しいの──!」

「ねえ、王子のエスコートを受けているってことは、あの方ってもしかして──セレシアの?」「ああ、彼女が魔法の勉強を始めたとは聞いているけれど」「──どうして? 貴族の女性なのに」「そういう時代なのかしらね」


(視線が痛い……! これで落ちたら、本当に恥ずかしいわ……!)


 注目されていることを感じて、自然と背筋が伸びる。

 胸がドキドキして、呼吸が少し浅くなる。そのたびに、父の言葉が頭に浮かんでくる。


『ルナフィア、魔法を使うのは男性や使用人の仕事だ。お前のような貴族女性が使うものじゃない』

『魔法はいつか必ず失敗する。失敗したままで終われば、家名に傷がつく。泥臭いことは使用人にやらせなさい』

『フィン王子がお前に魔法を学ぶべきだと進言なされたなら、私は強く止めることはない。──しかし』


 その言葉が、心の中で繰り返される。


『──、やるからには、成功するまでやり続けなさい。でなければ、それこそ貴族の恥だ』



 厳しくも、どこか優しさが滲むその言葉に、私はその時、静かに頷いた。

 だから覚悟はしていたはずなのけれど、その言葉をどこか私は甘く見ていたのかもしれない。

 失敗するのが怖い。いや、失敗すること自体は構わない。でも──。


(私が失敗して、家名に──それに、フィンの名前に傷でもつけたら……?)


 セレシア家は、悪名高い貴族の家だ。『悪役令嬢』の家だけあって、その名は忌み嫌われ、恐れられている。──けれど、噂には、どこか厳かさと尊敬の念が潜んでいる。

 だから、私は転んではいけない。転んでも、優雅に立ち上がらなければならない。


 本来であるなら家のことはもっと嫌うべきなのかもしれないけれど、ルナフィアから見た父親はそこまで悪人には映らなかった。

 まあ、もちろん、──決して褒められた父親でないのは確かだが。


 ……なんだかソリオやエリスのことを思い出して悲しくなってしまった。


「フィン様。姉さまにプレッシャーをかけるのはお控えください」


 呆れたようなソリオの声。フィンはクスクスと笑った。


「わあ、ソリオもルナフィアも心配性だね。姉弟でそっくりだ」

「ね、ねえ、ソリオ、手、手を握って〜……私、緊張で手が震えてきちゃったの……」

「ええ、その役、俺じゃだめかな?」

「駄目です。ほら、姉さま。手を出して」


 私は何も言っていないのに、ソリオがきっぱりと断った。

 それから私が何かを言う前に、ソリオはそっと私の手を包み込むように握る。暖かいソリオの手だ。とても安心する。


「……そういえばソリオ。手袋はつけないのかい」


 フィンの言葉に、私はそういえばソリオが手袋をつけていないことに気づいた。


「ああ、このほうが便利だと思いまして。どうせスキンシップも姉さまとだけですし」

「便利って……まあ、君がそれでいいなら構わないけど……」

「そう。フィン様の許可がいただけて良かった。……列が動きますね。フィン様、案内はもう結構です。ありがとうございました」


 ソリオの言葉に、はっと私も「ありがとう!」と彼に告げる。

 フィンは柔らかく、ふ、と笑い、「じゃあ頑張ってね」とだけ伝えて、こちらに向かって軽く手を振る。


反射(リフレクト)


 彼がいなくなったことを確認してから、そっと呪文を唱える。すると、目の前の空間が鏡がになる。

 ああ、令嬢らしからぬ顔だ。私はぱちぱちと頬を叩いてから魔法を解いて、ソリオに話しかけた。


「緊張するわね……。ステラもこの会場にいるのかしら」

「ええ。他の攻略対象もいるでしょうね。……死神の目の彼と一緒ですから、嫌でも目立つでしょうね」

「死神の目……ああ、アストリス・ノクターンね」


 100キスの世界で、ステラは町の教会で聖女の力があるとの神託を受け、学園に入学する。

 ゲーム開始前から、彼女には幼馴染──"アストリス・ノクターン"が付き添っている。死神の目、というのは赤い目のことだ。この世界では赤い目が不吉の象徴とされている。


(──というか、アストリス・ノクターンは実際に不吉では、ある)


 それは、彼の魔法の特性にあった──。


「──きゃっ!」


 遠くから、少女の驚いた声が聞こえた。

 思わず振り向くと、私の視界に入ったのは、フィンが彼女に手を差し出している姿だった。


「おっと、ごめんよ」


 そう言って、少女に手を差し出したのはフィンだ。

 フィンの声は優しくて、まるで自分のことのように心配しているみたいだった。


「──ステラ」


 ソリオの小さな呟きが耳に届く。

 そこに立っていたのは、まさに乙女ゲームのパッケージに描かれた、中央の美しい少女そのものだった。

 ──心臓が、きゅっと締め付けられるようにドキリとした。


(ああ、ステラだわ)


 彼女の輝く笑顔、ふわりと揺れる髪、そしてまるで夢の中から出てきたかのようなその姿。

 彼女が立っているだけで、周りの空気が一瞬で柔らかく、まるでスポットライトが彼女に当たっているかのように感じられた。


「あ、ありがとうございます……って、ふぃ、フィン王子!?」

「──そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。さあ、ゆっくり立ち上がって」


 フィンは優しくステラに声をかけている。……ああしてみると、彼は本当に絵本に出てくる王子様そのものだ。

 ……彼から婚約破棄を言い渡される未来のことを少し考えてしまう。別に、フィンに恋愛感情はない。

 彼とは、随分長いこと仲良くさせてもらってしまった。それに、私は王女になるための教育を受けている。

 だから、覚悟しているつもりでも……関係が変わるのは、少し怖い。


「姉さまの前ではいたずら好きで子どもっぽい人なのにね」


 ソリオったら、急に失礼なことを言う──と思ったが、ソリオの手を握ったままだった。きっと、私の心の動きを読んでのことだろう。

 列から離れるわけにはいかないから、残念ながら続きは見れそうにない。


「──ねえ、ルナフィア・セレシア。なんでここにいるの?」

「……え? きゃっ……」


 突然、声をかけられて、私は驚きのあまりソリオと繋いでいた手をバッと離してしまった。

 声の主を見上げると、そこにいたのは長い白に近い水色の髪、切れ長の赤い瞳──。


 ──アストリス・ノクターンだった。


(あれ? なんで、ステラの近くにいないの!?)


 フィンとの初邂逅イベント──アストリスはステラのそばにずっといたはずなのに。


(それが、なんで、私の前に──?)


「おい。貴族女性に気安く声を掛けるな」


 ソリオの冷たい声が耳に届く。だが、アストリスはまるで気にした様子もなく、じっと私を見つめていた。

 彼の顔には、不思議な魅力があった。白兎のように可憐な髪と、冷徹な美男子の目元。

 満足したのか、アストリスはソリオのほうに視線をやった。


「ソリオ・セレシア」

「無礼だな。名乗った覚えはないぞ」

「質問。なんで手袋つけてないの?」


 アストリスは、ソリオの手に目を向けた。

 その視線に、ソリオはまるで虫でも払うように「しっしっ」と手を動かす。


「初対面で無礼な態度のお前に、マナーを注意されたくないんだが……」

「いや、マナーとかじゃなくて……まあいいか。後で話そうよ」

「嫌だ。話さない。なんで受験前に、無礼で不吉の象徴みたいなやつと話さなきゃいけないんだ」

「ちょちょちょ、ソリオ!? 失礼なこと言わないで!」

「……姉さま、甘やかさないで。周りのやつだって同じように思ってる。

 ──まずは列に並べ。アストリス・ノクターン」

「? 列なんて、なかったけど?」

「お前の目が縁起悪いもんだから、受験前には近づきたくないんだと」


 アストリスはゆっくりと辺りを見渡す。

 ……私も釣られて辺りを見渡せば、私──というより、アストリスの周りだけぽっかり穴が空いたように人がいない。

 受験生たちはアストリスを遠巻きにしながら眉を潜めている。


「……ああ、そう。皆、直接言ってくれればいいのに。本格的に俺が無礼者だったみたい。

 なら、さっくり本題だけ──」


 アストリスは気にする様子もなく、薄く笑いながら、ゆっくりと一言。


「ルナフィア・セレシア──ステラをいじめないでね」

「い、いじめてないわ!?」


 思わず声を上げてしまう。アストリスはその言葉に微動だにせず、ただ一言だけ。


「知ってるよ。今後の話」


 それはまるで、私の役目が悪役令嬢であることを最初から知っているかのように──。

 心臓が一気に跳ね上がり、ドキリと鳴った。

 そう言って、アストリスはのっそりとした動きで列の最後尾へと歩いていった。


「ステラ〜。運命の出会いは終わった? あいたっ」

「余計なこと言うな!」


 遠くでステラが背伸びをし、アストリスの頬を無遠慮に掴むのが見えた。

 近くにいる生徒が「あの女、呪われるぞ……」と小さく呟く。


「ね、ねえ、ステラって、こんな子だったっけ……?」


 私は小声でソリオに問いかける。ソリオは少しだけ困った顔をして答えた。


「まあ、ステラを操作するのは『プレイヤー』ですし……多少の性格の違いはあるのかも……」


 それはそうかもしれないけど……私の中でモヤモヤとした気持ちが残った。

 それはなんだか、ソリオにしてはとても曖昧な返事だった。


(まさか、……シリウスみたいに、裏でもう繋がってる……わけないか。少なくともアストリスは明らかに初対面だったし)


 そんな考えが頭をよぎる。余計な勘違いをされるのは嫌だし、ステラ達には無理に関わることはない──と思いつつも、その違和感がどんどん大きくなっていく。

 そんなことを考えながら受付を済ませると、丁度、試験開始を告げる鐘の音が響き渡る。私はその音を聞いて、ふと深呼吸をした。


(──さあ、実技試験の時間だ……!)


 ソリオと共に移動しながら、私はステラとアストリスのことを頭の片隅に置きつつも、気持ちを切り替える。実技試験に集中することを決めた。今回は、心の中で不安や疑念を振り払って、目の前の試験に挑む覚悟を決めたのだ。

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