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女神ルビナに捧げます。

***


 赤いペンを走らせ、小さく丸をつけていく。

 やがて私はすこしだけバツの数を数えて──ほっと顔をほころばせた。バツの数は2つだった。


「84点……! 最高記録だわ!」


 かつては机に向かうのも億劫だった私が、ここまで来れた。

 少しだけ、胸を張ってもいいかもしれない。


「素晴らしいです、姉さま。最近、合格水準は安定してとることができていますね」


 ソリオは微笑みながら、模擬試験用紙に目を落とす。

 ──筆記試験の合格水準は70点。

 だから、模擬試験では安定して80点以上は取った方がいい──そう教えてくれたのはサジだった。


「これは……ほとんどケアレスミスですね。解き方は合っています。計算さえ気をつければ大丈夫そうですね」

「本当? ルナフィアも私も、魔法の知識なんてないもの……ソリオにジル……それから、フィンとサジのおかげだわ!」

「う……そう、ですね……。お礼を……言いませんとね」

 ソリオはそう言ってぎこちなく笑う。なんだかあの二人に罪悪感でもあるみたいに。

 ──あるいは言いたいことでもあるみたいに。


(あの二人と何かあったのかしら……)


「ねえソリオ、ソリオは勉強しなくていいの? 私、邪魔になっていないかしら」

「いえ。テキストは全て解いてしまって……復習にもなっていますので大丈夫ですよ」


 ソリオの優しい言葉に、つい甘えてしまいそうになる。

 だけど、一応同い年とはいえ、弟に勉強を教えてもらうって、私、お姉さん失格じゃないかしら。


「それで──実技試験の方はどうですか?」


 実技魔法──ソリオの得意な属性魔法は記憶と風、土だ。

 対して、私の得意な属性魔法は光だけ。

 これは別に私の才能がない、という話ではなく──最初は得意属性の魔法から習得していくことで、曰く、ゲームのスキルボードが広がるみたいに、自然と別の系統の魔法を使えるようになるらしい。

 それにはかなりの年数が必要なようだが。

 だから、実技に関しては、同じく光属性の魔法が得意なジルや、たまにフィンから指導してもらっていた。


「この前、フィンから浄化(セイクリッド)を習ったわ」

「え、すごい……中級魔法じゃないですか」


 少し得意げにそう言うと、ソリオは少年のように目をキラキラと輝かせる。

 すっかりゲーム内のソリオと同じ美青年に育ってしまった彼だけど、こういう表情は3年前とほとんど変わらなくて、なんだか安心する。


「ふふ。まあ、だけど──よく分からないのよね。浄化(セイクリッド)って言うけど、分かりやすく見た目が綺麗になるわけじゃないもの」

「綺麗になるのは洗濯(クリーンアップ)ですからね。水属性の初級魔法。

 浄化(セイクリッド)は……薬草に使うと毒消し草になったりしますが……。まあ、そもそも毒なんて飲むことありませんし────ええと、確認なんですが、サ、誰にも毒なんて飲まされたりしてないですよね?」

「? もちろん。腐っても私令嬢よ……?」


 そう答えると、ソリオは心底安心したように息をついた。

(……でも、なんでそんなことを急に確認するのかしら。ちょっと不思議ね)

 一瞬そう思ったけれど──まあ、心配性なソリオのことだからと、私は深く考えずに笑ってしまった。


「そうですね……。だったら、……この本に『浄化(セイクリッド)』をかけていただいて構いませんか?」

「いいけど……どうして?」


 そう言ってソリオが自室の本棚から引っ張ってきたのは、いつか見た「ルビナ教の聖書」だった。


「3年ほど前……僕の魔法でルビナ様と交信したのは覚えていますか?」

「ええ」

「……あの時に、『御霊の気に入る供物を用意すれば、何か違うかも』って言ったじゃありませんか。

 その呪文を使えば、この本はより清らかな本と成ります。……あのときと同じように、ルビナ様の好きそうなものを用意して、もう一度話しかけるんです」

「え? 本当……? だけど、大丈夫? もうすぐ実技試験だし……確か、神託って相当量の魔力を消費するわよね?」

「……僕だって、三年前よりもずっと成長していますから」


 ソリオはそう言って大人っぽい笑みを浮かべる。

 その表情があまりにも蠱惑的で、私はなんだか少しドキッとしてしまった。


「ええ、そうね。──お願いできる?」

「! ……ええ」


 私はソリオの手をぎゅっと握った。この全身全霊の感謝が、彼に伝わるようにと。


- - -


「──浄化(セイクリッド)


 呟くと、魔力が身体の中に溢れ出し、まるで冷たい水が一気に流れ込んでくるような感覚が広がった。その冷たさは、瞬時に全身を貫き、次第に温かな熱に変わる。

 まるで身体の中で太陽が目を覚ましたかのように、熱が内側からじわじわと広がっていく。

 最初はそれが少し心地よいと感じたが、すぐに強くなり、次第に圧力のように感じ始めた。


 指先がしびれ、肌の表面まで魔力が流れ込むのがわかる。

 全身の血が熱を帯び、筋肉が引き締まる感覚だ。


 その時、翡翠色の魔法陣が空間に現れ、まるで生き物のように供物たちを包み込む。

 魔力の流れに合わせて、魔法陣が微かに揺れ、輝きが一層強くなる。その美しさに、思わず息を呑んで見つめてしまった。


「ほう」とソリオが息を吐いた。彼の声は、どこか感心しているようだった。気恥ずかしさから頬が熱くなるのを感じる。


「な、何が変わったか全くわからないわ……」

「まあ、見た目は何も変わっていませんからね。……あ、ワインは少し甘くなるって聞いたことがあります」


 ソリオは少し軽い調子で答えた。私は思わずくすりと笑ってしまう。


 あの日のように、部屋中から上品なバラの香りが漂ってくる。

 今度は──お互いに、しっかりと心が落ち着いている。そう、信じられる気がした。


 ソリオが私の方を見た。私は頷く。

 彼は、少しだけ──けれど、確かに微笑んだ。


「──神託(オラクル)


 再び、空気が静かに震える。

 そして、足元から淡いターコイズブルーの光が浮かび上がった。


 ゆっくりと、美しい魔法陣が展開される。

 その輪郭は前よりも少し鮮やかで、それから、前よりも少し、温かい気がした。


 ──ロウソクの炎が、わずかに揺れた。

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