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◆邪魔①

「私に魔法の勉強を教えて!」


 そんな宣言をして、私が勉強を始めて──約3年ほどの時が経った。


 ──もうすぐ、100キス本編が開始する。


 膨大な量存在したお稽古は、フィンがお父様方を説得してくれたおかげでだいぶ減らすことができた。

 今ではすっかり勉強に集中することができている。


(まあ、お父様が協力してくれている分──逃げ場はなくなってしまったような気がするけど。

 落ちたら大変だわ)


 私は頭の中でひっそりと浮かんだマイナス思考を払うように首を振る。

 基本的な勉強はジルが見てくれて、ソリオやフィン……あと、たまにサジも私の勉強を見てくれる。

 サジが差し入れてくれた集中力アップのチョコレートを口に放り込み、私は気合を入れた。


(よし、もうひと頑張り……!)


***


 ──一方その頃。

 廊下には、フィン・サジ・ソリオ・ジルの姿があった。


「あのぉ〜……」


 そのうちの一人、ジルが困ったように口を開く。

 お盆の上には来客の人数と姉さまの分を合わせた4つのティーカップとお菓子が載せられていた。


「なぜ、廊下に皆さま集まられているんですか?」

「ああ、ルナフィアの部屋があかないんだよな」

「じゃあ……なぜ、ルナフィア様の部屋が開かないんですか……?」

「僕が姉さまの部屋に魔法鍵(ロック)をかけたからですよ。ジル」


 ちら、と鍵を見やると、鍵にはターコイズブルーの魔法陣が輝いている。

 ちなみに、魔法鍵(ロック)は鍵穴に魔法製の粘土を流し込み、固める初級土魔法の一つである。


「ええ……だったら、なぜ、ルナフィア様の部屋の扉を……?」


 僕はゆっくりとため息をついてから、フィンとサジを見回した。


「ジル。……ちょっと、君に証人になってもらいたいんだ。姉さまの分の紅茶をいただいて──……そうですね。僕の分のお菓子を食べて構いません」

「えぇ、いいんですか? 嬉しい! 王族がこられるから、奥様がわざわざ取り寄せたものだって聞いて……」

「それは良かった。この二人が相手だと、僕の味方が居ないんです」

「?」

「どうぞ」


 そう、前置きしてから──僕は黙って姉さまの隣の部屋を開けた。

 姉さまの部屋から生活感を丸ごとなくしたかのようなその部屋には、必要最低限のものしか置かれていない。

 相も変わらず殺風景な僕の部屋である。


「入ってください……話し合いましょうか」


 二人はお互いに顔を見合せて、「ソリオが積極的に話しかけてくれるなんて嬉しいね」「珍しいよな。ソリオ君はルナフィアとばかり喋っているから」とほのぼのした様子で部屋に入ってきた。

 ジルはクスクスと微笑ましそうに笑う。

 僕は、三人が部屋に入った瞬間に、ガチャリと扉を閉めた。

 そしてぽつりと、「魔法鍵(ロック)」と呟く。鍵に小さなターコイズブルーの魔法陣が展開された。


「そ、ソリオ様!? 困ります! 私、密室で王族の方と同席するわけには……」

「誰にも言わないから大丈夫ですよ。それに、僕らはもう、家族みたいなものじゃないですか」


 困った顔で慌てて外に出ようとするジルを制する。ジルは頬を緩ませ、「ま、まあ、ソリオ様ったら……」と呟く。この三年でジルとも随分仲良くなったものだ。本音で話してくれる彼女を見ていると、なんだか心が暖かくなる。

 僕は内心、ほんの少しジルを微笑ましく思いながらゆっくりと振り返る。

 すっと、自然と真顔になってしまった。



「────姉さまの勉強の邪魔をするの、やめてくれません?」



 ──それが、本題だった。

 彼らは不思議そうに顔を見合わせる。

「え、邪魔? そんなことしたのかい、サジ……」

「陛下じゃないの〜? オレ教師よ?」


 ジルは顔を真っ青にして、「ふ、ふ、不敬ですよ、ソリオ様!」と慌てるように言った。

 僕ははぁ、とため息をついた。


「まず……フィン様。あなたは──」


 その光景を思い浮かべる。僕は顔をしかめ、続きを話す。


「最近、姉さまが問題を間違える度に、『問題の答え』を指で背中に書くというイタズラをしていましたね」

「うん。したね」

「えっ……」


 ジルが引いたように顔を歪める。

 ああそうだ。彼女みたいな反応が欲しかったんだ。


 僕は苦々しくその光景を思い浮かべた。


***


『──ルナフィア。そこ、間違ってるよ』


 フィンはわざとらしく姉さまの耳元へ顔を寄せて呟いた。

 彼の低く甘い囁きが鼓膜を撫で、姉さまの背中がびくりと跳ねる。


 思わず視線を逸らす彼女に、フィンはいたずらっ子のように微笑んだ。

 それから、そっと──触れるか触れないかの距離で、彼女の背中へ指先を近づける。


 つ、と。指が滑るように文字を描く。

 その感触に驚いた、姉さまの体がぴくりと震える。呼吸が浅くなる。

 姉さまは頬を染めて、震える声で「あの……」と漏らした。


『答えはこれ。背中に書いた数字だよ。……どうしてか、分かる?』


 わざと姉さまの耳元で囁く。

 その声には甘さと、子供っぽい悪戯心が含まれていた。


『い、いえ……ごめんなさい、私、どうして間違え──っ』


 身じろぎしようと、彼女がそっと首を横に振った瞬間。


『……ふ。えっとね──』


 フィンの指が、今度はゆっくりと、意味を持つように背中をなぞった。


 その柔らかな動きに、姉さまは思わず「ひゃっ」と小さく叫ぶ。

 くすぐったさと、恥ずかしさと、どこか心地よさが入り混じったような声だった。

 その声を聞いて、フィンは──とても満足そうに、幸せそうに、ふっと微笑んだ。


***


「姉さまが声をあげる度に『はしたないな』とかなんとか言って、姉さまを困らせていましたね……。

 ずっと思ってたので言わせてください。──はしたないのはお前だろう!」


 そう断言して、僕はフィンの顔に向かって指をさした。フィンは優雅に微笑んでいるだけだった。


「ソリオ。人に指をさしては行けないよ。それと、当たり前のように俺たちの会話を聞いているけど、それはそれでどうなんだい?」

「僕はちゃんと、姉さまに許可をもらってるんだよ……!」

「ああ。あの魔石のネックレス……だから毎回『いいところ』で君が乱入してきたんだ。姉思いだね?」

「ちっとも悪びれないな、お前……! なんだか年々悪質になっている気がするんですけど……。ジルはどう思います?」


 くる、と振り返りジルを見る。ジルは手に口をやりながら青ざめていた。

 長いこと一緒にいるが、僕はジルのそんな顔をはじめて見た。


「フィン様……恐れながら。私の読む恋愛小説でもそんなことしませんよ」

「そんなあ。……だって、反応がおもしろ……いや、彼女が愛おしくて。子供のいたずらじゃないか」

「いや……まあ……やっていることは、そうなんでしょうけれど……なんだか、雰囲気がいやらしくて……」


 一瞬出た面白い、という言葉に唇を噛んだ。


 ──そう。

 こいつらは姉さまを少なからず好意的に見ているものの、まだ恋愛と呼べるほどの高い好感度を持っているわけではない。

 あくまでまだ、『友好的』。パーセンテージで言うなら50%から60%──まだ、その程度の好意だ。

 そしてその好意は遅かれ早かれもっと上がっていく。これ以上好感度が上がったら何をしでかすんだ?


(ふしだらにもほどがある──!)


 姉さまに恋愛イベント(そういうこと)を仕掛けてくるのなら、僕が今のうちに是正せなければいけないのだ。

 僕はフィンを言葉でねじ伏せるのは諦め、ジルのほうを見る。「ジルはどう思いますか?」──そう、優しく言った。

 ジルは少し考えた後、真剣な顔で呟く。


「有罪──ですかね」

「ジル、何を言っているんだい? 今のこの国で、司法が誰の所有物(モノ)かって──わかるよね?」

「初めてですよ。そんな恋愛小説の文脈で司法の所有権を主張する方」


 と、こうして第三者(ジル)に指摘してもらったはいいものの、フィンは特に悪びれもせず、困ったなぁ、とでもいいたげな顔をしただけだった。


「まあ、でも、別に……。何しようが良くないかな。大前提として──俺って、彼女の婚約者なわけだし」

「今すぐ姉と婚約破棄してくれませんか?」

「どうして? そんなことする理由がないよ」

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