もう一度、王子様とお茶会をします。②
「……いいえ。疑うなんてしませんとも。いただきます」
「本当? 嬉しいな」
紅茶を飲もうと、ティーカップを傾ける。
フィンはテーブルに乗り出して、目を細め、小さくこう言った。
「……ああ。でも、薬の効果が教えたのは俺だから……。もしかしたら、本当は中に毒が入っているかもしれないね」
──静寂。
フィンの笑みはますます広がり、まるで全てを手のひらで転がしているような余裕が感じられた。
その目は、私がどう反応するかを楽しみにしているように輝いている。
「ど、どうして、そんな意地悪を仰るのですか……?」
「……サジの作る薬はすごいんだ。色んな種類があるんだよ。例えば、拷問用の薬……身体の神経が過敏になる薬……」
彼はわざとらしく、言葉を引き延ばす。
「身体が痺れる薬──動けなくなる薬──惚れ薬────。
ねえ、ルナフィア……この中、本当は何が入ってるんだろうね」
ピタ、と固まる。
反応したって、きっと彼を喜ばせるだけなことはなんとなく分かっている。
心臓がドクドクと鳴り、手のひらには微かな汗が浮かぶ。
フィンはまるでイタズラの最中の子供みたいに笑った。純粋な甘さの中で、僅かな邪気が滲む顔だ。
フィンがそんな危険なものや悪質なものを紅茶に混ぜるわけがない。
命に危険はない。……痛いのも、たぶん、ない。
だけど、──この薬は、教えてもらったそれとは、何か別のものの可能性──。
ない、とは、言い切れなかった。
「──あれ、俺を疑うの?」
楽しむようなその声に、ティーカップを持つ手が、少しだけ震える。
「おい」
「あ、ごめん、ちょっとからかいすぎちゃったかな」
ソリオの声に、フィンがハッとした様子で何か言おうとする。
──その時、わずかにティーカップの中身が揺れた気がした。
……中にはいっていた薬の水位が、わずかに減ったような、気がする……。
「────ルナフィア様。毒は入っておりませんでした」
その声は、まるで耳元でささやかれたように響いた。振り返った瞬間、そこには誰もいなかった。
私はその声に後押しされるように、私は、心の中で深呼吸をし、覚悟を決めてティーカップを口元に運んだ。
薬の温度でぬるくなったそれは、するすると喉を通っていく。
「……美味しい……」
「え? まず味なの?」
「味は大切です。サジ様はそこにもこだわりを持っていらしてましたから。……薬草の香りをごまかすために甘いフレーバーが入っているのね。薬草の渋味が甘さを引き立ててくれます。だからかしら……紅茶にも合うわ」
「あ、ああ、伝えておくよ……?」
フィンは少し困った顔で笑った。それから、彼はそっと手を差し出した。
さあ、握って、とでもいいたげだ。
「あの……私、フィン様に触れてもいいのでしょうか? 色々と隠しごともあるのでは……?」
「婚約者に隠しごとなんてしないよ──というのは流石に大げさだね。そもそも出力が弱いんだよ。大きな心の声しか聞こえない」
躊躇っていると、そっとフィンが私の手に触れ、指を絡める。
『ねえ、ルナフィア──』
彼の声が、頭の中に響く。
もしかしたら、口に出している言葉と心の声が混ざってしまうのではないかと考えていたが──それは杞憂だったらしい。
脳に直接、その声が甘く響いた。
『──君は、可愛いね──』
なんだかわざとらしい、からかうような声だった。最初は遠く感じたその声が、徐々に私の中に入り込んでくる。
どんなに耳を塞ごうとしても、声は逃げることなく、私の心の奥底までダイレクトに届く。
その声に驚いて手を離そうとしたら──逆にぎゅ、と握り返されてしまった。
『かわいい。面白い。ねえ、もっとその顔、よく見せて?』
湿っぽい感情を載せたようなその甘い響きは、どこか誘惑するような力を持っている。
『──ねえ、教えてよ。君って、本物のルナフィア・セレシア?』
「……!」
その声に驚いて、私は思わず手を引こうとした。
しかし、すぐにフィンの手が私の指をぎゅっと握り返し、逃げることは許されないとでも言いたげだった。
心臓が激しく鼓動し、体が硬直する。
──落ち着け。別に私の声が伝わっているわけじゃない。
……だけど、フィンも、接続が使えるんじゃなかったっけ?
いや、フィンは確か、ソリオと違って──呪文を詠唱しないと心を読み取ることはできない。
──はず。
──……だ、だった、よね?
だから、今は、大丈夫……。なんだかだんだん自信がなくなってきた。
『ルナフィア──』
「ねえ、あの、私……私! ソリオの心も読んでみたいわ!」
「え!?」
まるで、フィンから逃げるみたいにそう言うと、彼は少し残念そうな顔をした。
それから、ぱっと手を離して、にこりと笑った。
「ああ、そうするといいよ」




