女神ルビナと交信してみます。②
「……ね、姉さま。そうだ……プレゼントしたいものがあるんです……」
「え? ああ……そういえば……朝に言ってたわね。なにかしら?」
ソリオが差し出した手には、何かが載っていた。
指先がわずかに震えている。
「これ……」
差し出されたそれは──夜空からこぼれ落ちたような、細い月のかたちをした宝石のネックレスだった。
静かにきらめく青白い光を宿したその石は、どこか冷たく、でも深く優しい光を湛えている。
細い銀のチェーンに吊るされたその月は、小さく震えるソリオの指先の上で、まるで鼓動に合わせるように光を反射していた。
「綺麗……」
「! 姉さま、ここに、座って」
呟くと、心から嬉しそうにそう促されて、私は言われるままに椅子に腰掛けた。
ソリオの手が、一瞬ためらったように空中で揺れ、それから──そっと、私の髪をかき分けた。
──ひやりとした金属の感触が、首筋に落ちる。
「魔石のネックレス、です。僕が接続をかけているから、姉さまに何かあればわかります」
「へえ……そんなものが……」
きっと、最初の朝、ジルが眠っていた私に預けていたネックレスと同じだろう。
「あの、……、め、迷惑じゃない、ですか……。迷惑だったら、危険なときだけつけて、すぐに外しても……」
「迷惑……? どうして?」
私はペンダントトップを持ち上げて、そっと微笑む。
ソリオは驚いた顔をしてから、それから困ったように。
「……姉さま、意味分かってます? これをつけている間、姉さまはずっと僕に会話内容を聞かれて、どこにいるかも把握されるってことですよ」
「守ってくれるんでしょう? 安全でいいじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、ソリオが安心したようにクスクスと笑うのが見えた。
「安全って……まあ、そう、ですね」
「ええ。そうして。それにこのペンダント、すっごくかわいいわ」
「! はい。姉さまの名前になぞらえてみたんです。だから、月」
(ああ、なるほど、"ルナ"フィアね……)
「ありがとう」
アクセサリーを差し出してくれるその姿が星夜に重なって──愛おしくなって、私はソリオの頭を撫でた。
細くて繊細な髪の感触が指先に残る──その柔らかさに、ふと胸がぎゅっと締めつけられるような気持ちになる。
どうか、この子が傷つきませんように──。私はそっと手を離した。
「……ねえ、さま……」
「うん?」
「姉さま……。ごめんなさい……」
「え、……ソリオ……?」
ソリオの声は震えていた。
「僕……あ、あな、た、に……あなたは、全部、包み隠さずに教えてくれるのに……。
ぼくは……かくしごと、ばっかり……」
ソリオは目を瞑って、震える。まるで私の反応を怖がっているようだった。
──そこで、ようやく気がついた。
(ああ、ソリオは──"ルナフィア"に怯えているんじゃない──)
ふと、ジルが頭に浮かんだ。
ソリオをひどく怖がっていた、彼女の姿が。
(──私に、怯えてるんだ)
その気になれば、私の心なんて、見透かせてしまうのに。
──私の、言動に、反応に、変化に、ひとつひとつ怯えて。
怖がって、図り損ねて、怯えて離れて。
(────どうして気づかなかったのかしら?)
"私の心が変わる瞬間"を、彼はずっと怯えていた。
きっと、すぐに確認できるからだろう。
少しでも触れたら、すぐに分かってしまうから。
少しでも離れたら、すぐに分かってしまうから。
「……ソリオ」
「……は、はい……」
「私、あなたのことが好きよ」
だったら、心だけじゃなくて、言葉で、行動で信じさせるしかない。
簡単にあなたから心が離れることがないって、教えてあげなきゃいけない。
ソリオは息を呑んで、顔を真っ赤にして、こくりと頷いた。
「私ね、一昨昨日も、一昨日も、昨日だって、あなたのことが好きだった」
──ソリオは泣きそうな顔をして、こくりと頷いた。
「今日だって同じ。明日だって同じよ。──嫌いになったりなんかしないわ」
──ソリオはとうとう泣いて、こくりと頷いた。
「あなたの心は分からないから……私は、伝わるまで、何回だって言う。図り損ねさせたりなんかしない。私は、ここに来る前から、あなたのことを知っているの。
ゲームの記憶を持ち出すのは、すごくずるいけど……私は、あなたが、本当に不器用で繊細な子だって知ってるの」
「はい……」
「──あなたは、私の大切な家族よ」
「は、い──」
ソリオは綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして、何度も何度も頷いた。
私はそれに触れないようにして、そっとハンカチを取り出して、彼の目に当てた。
「怖いことがあったのね。それでも、私との約束を果たそうとしてくれたのよね」
彼は何度も、子どものように頷く。
私はただ、彼の涙を拭っていた。
ソリオはぐしぐしと涙を拭い、目を赤くして言った。
「……姉さま……ワインを、飲みませんか……?」
「え、だ、駄目よ……私達、未成年じゃ……」
ソリオは私の言葉を無視するように、すっと立ち上がって、ワイン瓶を開けた。
「あ〜!」
「……だいじょうぶです。これ……」
ソリオは私に向かってワインを傾ける。
そこからは、ラズベリー・バニラとチョコレートのような甘い香りが広がった。
「……これ、本当にワイン? すごく甘い香りだけど……」
「……ルビナ様に捧げたので……アルコールの成分は抜き取られてしまったんです。
お高いワインだから、捨てるのも忍びなくて。……証拠隠滅、手伝ってください」
「……だ、だったらもちろん手伝うけど……。そういえばこれ、怒られないのかしら……」
「あの、……ワインを盗む時、……ジルに言ったら、"もしもバレたら、私が割ったことにします"って。
……なんだか得意げでした。本当に駄目なメイドだ。あいつ」
はは、と目元まで赤く染めたまま、照れ隠しのように笑った。
そういうことなら、と私が頷くと、ソリオは食堂へとグラスを取りに行った。
***
カラン、と氷が揺れる。
アルコール成分が抜き取られたワインは赤から透明に変わっていて、なんだか甘いジュースのようだった。
「……姉さま。騎士との契約を知っていますか? ……こうやって、お酒を酌み交わすんです。それで、忠誠を誓う……」
「ええ。知ってるわ。……ゲームの中でしか見たことないのよね」
「いえ、僕も、小説や、あなたの記憶の中でしか見たことありません」
そう言って、ソリオは笑った。
ソリオは私に向かってワイングラスを差し出す。
「……あなたに、誓わせてください」
私はそっと、そのグラスに自分のグラスを近づけた。
小さくコップがぶつかり合う音がする。
ソリオは微笑んで、それから、口を開く。
「──僕は、あなたにこれからたくさんの嘘をつきます。
きっと、あなたにすべてを話すことはありません。
だけど、どうか信じてください──全てはあなたのためです」
ソリオは少しためらってから、ゆっくりと口を開いた。
「────僕は、あなたを守ります。何があっても。命にかえても」
その声は震えていて、なんだか頼りがいがない。この子の中で、一体何があったのだろう。
それでもなんだか嬉しくて、私はコクリと頷いた。
ソリオは私の頷きを確認すると、──私の手の甲に口づけを落とした。
この国の騎士は、主への誓いとして、手の甲に口づけをするのだ。
「……ふふ。まるで、おとぎ話の騎士ね」
ゆっくりと離れたソリオにそう言って、グラスを傾ける。
ソリオは目をぎゅっと瞑って、ワインを飲んだ。
ごく、ごく、ごく、と彼の喉仏が動く音がした。
私もそれに合わせて、私も一気に飲み干すようにグラスを傾けた。




