攻略しました。サジ・リオルト⑦
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ソリオの「推理」を経て──ソリオ・ジル・エリスの三人は、新聞売りを特定し、このことを王家騎士庁に報告するために研究室を出た。
現場を保全するため、その場にはサジと私が二人きりになっていた。
「エリスが悪かったね。……彼女は昔、両親がキミの家に仕えていたんだ。その時ひどい扱いをされたようで……オレの認識が甘かった」
「いいえ。あの時、エリスさんを叱ってくれてありがとうございました。自分の家の……いいえ。自分の評判が悪かったことなんて知ってるもの。……私に、あの人を叱る権利なんてなかった。
……サジ様。あの……もう、誰も研究室には呼ばなくなってしまうのですか?」
ぽつりと問いかけると、サジは目を細めて答えた。
「ああ、そうだね。たとえ悪意がなくても、今回みたいなことが起きる可能性はある。だから、これからは人を招かないことにするよ」
「ッそ、その……! 私、この場所がとても好きです。遊び心があって……人を楽しませたい気持ちが、そこかしこに溢れていて……。
……思ったんです。ここは普段から、子供の学び舎として使われてるんじゃないかって」
サジの目が、少し驚いたように見開かれた後、やがて柔らかく細められる。
「……驚いた。お嬢さんも接続が使えるのかい?」
「か、からかわないでください……。ここには、子どもが興味を持ちそうなものばかりあるから……」
それに、サジは魔法薬学の教師だ。ゲームの中のサジは楽しそうにものを教えていた。
面倒見のいい彼のことだ。元来、教えることが好きなのだろう。
サジは楽しそうに笑い、そして、ふっと真面目な声で言った。
「ふふ……でも、それでもいいんだ。王家の皆様を危険に晒したいなんて、これっぽっちも思ってないよ。子供は好きだけど──オレにとっては、王族への忠誠心のほうが、ずっと重い」
その寂しそうな表情に、思わず私は口を開いた。
「……その。たとえば、魔力を無効化する技術を応用して……研究室の入り口で、そういう薬を使ってもらうようにすれば……安全に皆を迎えられるのでは……?」
サジは少し目を見開いてから、呟くように。
「……うん、いいね。その発想、好きだよ。ふふ……副産物ってことにして、試作報告でも出してみようかな。
──まあ、認可が下りるのは……早くて何十年後だろうけど」
「……そんなにかかるんですか。やっぱり」
「そうさ。でもね、充分だ。
──エルフは、時間をたっぷり持て余すくらいには、生きるからな」
そう言って、サジは自分の長く尖った耳を指先で軽く叩き、いたずらっぽく笑ってみせた。
その笑みには、どこか子供のような無邪気さと、大人びた覚悟が同居している。
「──ねえ、ルナフィア。オレがキミに会いたかった理由、わかるかい?」
「……?」
「キミと会ったあと、あの"王子様"が珍しく──いや、ほんとうに珍しく──動揺してたんだよ」
「フ、フィン様が……?」
私はあの日のお茶会を思い出す。
(──動揺? あの時のフィンは、どちらかというと愉しそうにすら見えたけれど……?)
「ふふ。キミが思ってる以上に、あの子は人に心を動かさないんだよ。あれはもう一種の病気だ。彼は、まるで神さまに作られたかのように、身も心も美しい……子供らしくない子供。
でもキミと話したあとの彼は、まるで何かを壊されたような顔をしてたんだ。君のことを語る殿下は、ただの普通の……いや、性格の悪い子供みたいな顔をしてた。
それで、気になったんだよ。キミって、いったいどんな女の子なんだろうって」
彼は少し首を傾け、私をまっすぐに見つめる。
その目は、どこか真剣で──ほんの少し、寂しげだった。
「……でも、そうだね。今、少し分かった気がする。キミと話していると、自分でもよく分からない感情が刺激される。……不思議な気分だよ」
サジのどこか甘い声に、顔をあげる。彼は優しく、それから、少し意地悪な笑みを浮かべていた。
(あ、れ──。サジって、こんなキャラだっけ……)
「……キミは研究室に来てもいいよ。オレと同じで、魔法は使えないだろう?」
「でも……精神魔法が……」
「ああ、それなら、これをあげよう」
そう言って差し出されたのは、手のひらサイズの綺麗な宝石だった。
サジの瞳の色と同じ、オレンジ色の宝石だった。
「精神魔法に耐性をつけるお守りだ。割れたらもう効果はないから気をつけてね。必要ならまた作ってあげる」
「えっ、そ、そんな……これ、高価なものなんじゃ……!」
「そんなに高価なものじゃないさ。でも、オレにしか作れないから、大切にしてほしいな」
「も、もっと受け取れません……!」
「ルナフィアに持っててほしいんだ。駄目かな?」
サジは優しい瞳でこちらを見た。……ずるい。
そんな顔で見られると、「はい」としか言えなくなってしまう。
「……じゃあ、せめて、何か御礼をさせてくだ──」
言い終わる前に、腕をぐいと引かれた。
視界が傾き、背中が床に打ちつけられる。
サジが、私の上にいた。
膝が私の脚を押さえ、がっしりとした手が逃げ道を塞いでいる。
「……本気で言ってる? その“お礼”」
サジの指先が、喉もとをなぞる。ぞわりと肌が粟立つ。
息が漏れそうになって、私はとっさに唇を噛んだ。
サジの顔は笑っているのに、目だけが真っ直ぐだった。
冗談なのか、それとも本気で言ってるのか、全くわからない。鼓動だけが早鐘を打つ。
「だったら、ひとつ協力してくれないか」
「……え、と……」
「オレ、投薬試験に興味があるんだ。ああ。安心して。大丈夫。麻酔みたいなものだし、人体に害がないことは自分で何度か試してみたんだ。安全だよ。ただ他の人に投与するとどういう反応するか知りたくて」
「あの……サジ様?」
「あの、これ、身体が動かなくなる薬で──すごく興味あるんだ。ルナフィアの身体でどう反応するのか」
「ちょ、サジ様……?」
「……手伝ってくれるんだよね?」
「うしろ……」と私が呟くのと、ほぼ同時だった。「バシッ」という軽い音が研究室に響いた。
「いった!! いったい!! 脳細胞何億か死滅した!!」
サジの頭に本を叩きつけたのは、いつの間にか戻ってきていたソリオだった。
「降りろ。今すぐ。触るな。二度と近づくな」
「え、ええ……冗談じゃん……ねえ?」
「全然冗談に見えなかったぞ」
ソリオが呆れたように眉をしかめる。サジは両手をあげていた。
後ろでは、ジルがソリオの袖を引っ張りながら小声で言う。
「ソリオ様……サジ様って、もしかして変な趣味の方なんですか……?」
「ジル。新聞売りと言い、お前は男を見る目が壊滅的だな」
「いやもう……吹っ切れました……。だ、大丈夫ですかルナフィア様!? 他に変なことされてませんか!?」
いつの間にか、ソリオはメイドを名前で呼ぶようになっていた。
あれだけ私にビクビクしていたジルが、今は私を庇うように心配してくれる。
その姿に、思わず吹き出しそうになった。
「あは……全然平気よ。ありがとう、ジル」
ほんの少し前まで、あれほど張り詰めていた空気が──まるで嘘のように、緩やかにほどけていった。




