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◆真相 サジ・リオルト⑥

***


「犯人が……いない……!? ふざけているのか? 無実を証明したいなら、せめてあのメイドが犯人だと言え!」

「仮にメイドが犯人だとしても、僕らを疑うんでしょう」

「当たり前だろ! お前らが雇い主なんだからッ!!」


 突然話を振られたメイドはビクッと恐怖と驚きに顔を歪ませる。

 僕の「犯人なんていない」という宣言には、サジすらも何も言わずに眉を潜めていた。


「……では、……事故とでも言いたいのかな」

「いえ。"事件"です。王家の暗殺を狙ったんでしょうね」

「サジ様! こいつおかしいこと言ってますよッ!!」


 僕はエリスの金切り声に眉を潜める。

 エリスの断定するような、自分がすべて正しいと思っているような喋り口調は昔の姉さまに似てる。

 少し不愉快だ。


(でも、姉さまは、エリスすらも犯人じゃないと思いたがっていた──。感情的になるなら、彼女を犯人にしてしまえばいいのに)


 僕の"推理"は推理と呼べるものじゃない。願望混じりだ。

 "姉さま"のそうであってほしい、という願いに沿うものだ。

 ──心を読むのが一番早いし、確実なのは分かってる。


 それでも、あの人は、「間違っていてもいいから話せ」と言った。


 ──別に、間違っていてもいい。

 ただ、"そうであってほしい"という期待を込めて、僕は口を開いた。


「──まず、僕らにはアリバイがあります。だから、僕ら三人は違う」


 僕は指を5本立て、その内の3本を折っていった。


「次に、エリス・ヴァルディ。お前も違う。お前はフラスコに毒を混ぜると青色に発色するという特性を知っている。……お前が犯人なら、フラスコの中身を捨て、毒薬を入れればいい。

 だけど、動機次第ではお前の可能性もあった。こうやって"騒ぎ立てること"そのものが動機の可能性だ」

「……ッ……」

「は、お前、セレシア家(うち)に個人的な恨みがあるのか?

 だが、お前が犯人だとするなら行動が極端すぎる。セレシア家に嫌がらせしたいなら、他の薬を選ぶ方が合理的だ。わざわざ王家の持ち物に手を出すなんて、リスクが高すぎる」

「だ、だったら……」


 僕は1本指を折る。残ったのは人差し指だ。

 サジが少し困惑した顔でメイド(ジル)を見つめた。

 僕は、そっと彼女を指差して、それから言った。


「その女も違います。()()()()()()()()()


 彼女は驚いたように目を見開く。

 そして、ほんの一瞬だけ──ほっとしたように肩の力を抜いた。

 僕はそっと手のひらを開いた。


「……じゃあ、誰が毒を入れたっていうんだ……?」

「……毒を入れたのは、そこのメイドですよ」

「はぁ!? だったら結局、こいつが犯人ってことじゃない!」


 メイドがビクリと身体を震わせる。「そんな……」と小さな声をあげた。


(白々しい──)


 ──そう、()()()()なら思っていたんだろう。


「……お前は犯人じゃないよ。()()


 彼女の名前を、僕は初めて呼んだ。

 彼女が瞳を見開き、息を飲むのが見えた。

 その過剰なまでに誰かに怯えているような姿は、なんだか以前の僕と似ているような気がした。


 彼女は、「ふ……」と小さく息を吐く。

 それから、はぁ、はぁ、と何度も短い息をした。

 まるで、それでようやく呼吸ができるようになったかのように。


「思いませんでしたか? "犯人は薬が青色に変わった時、何もしなかったのか?" ──と」

「……そんなの、どうしようもないじゃない」

「捨てればいいだけでしょう。王家の暗殺未遂がバレたら首が飛ぶでしょうけど、薬を捨てたくらいならせいぜいサジ殿やそこの女(エリス)に小言を言われるくらいだ。

 ……大体、よく考えてみてください。青い薬なんて、どこの誰が飲むんです?」

「そう言えば、なんで……」


 姉さまが小さく呟く。僕は振り返り、言った。


「僕は使用人に毎日触れることで、接続(コネクト)の訓練をしています。そのついでに、使用人に、王家や当家への反逆の意思があれば、お義父様に報告しなければなりません」

「……!」

「今日の朝もジルの心を読みましたよ。覚えてるので羅列しましょうか」


 ……口に出しながら、ため息を付く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、伝えた。


「"ああ、眠い……。うう……嫌だなあ……ソリオ様、今、私の心を読んでるんだよね……"」


 バカで呑気で、敵意なんて一ミリも持たない、朝の彼女のマネをしながら。


「え」

「"当主様に報告されないよう、心を無に……。そう言えば今日、サジ様が来るって言ってたな……。 まさか、私に会いに──"」

「きゃあああああッ!! きゃーっ! きゃーっ! や、やめてくださいソリオ様〜ッッ!!」


 ジルが顔を真っ赤にして、僕の口を抑えようとする。

 僕は彼女に触れないよう、メイド服の裾を掴んで、ぽいっと持ち上げて遠ざけた。


「呑気にこんなこと考えてる女が、反逆の意思を持っているように見えます?

 ジル? 僕に触られるのが嫌なら今度から自分の口で言いなさい」


 姉さまは顔を赤くしてジルとサジを見つめていた。

 サジはと言うと……ぽかんとしていた。脈なしだな。


「要するに、ジルは“精神魔法”をかけられていた。だから彼女には、自覚がない。

 真犯人はこの場にいない」


 この世界には7種類の魔法がある。

 光・風・土・水・火……そして、記憶魔法・精神魔法──。

 要するに犯人は、人を操る精神魔法の使い手なのである。


「な……ッ! だから納得しろっていうの!? 真犯人はわかってないじゃない!」

「分かりますよ。今日──遅くとも明日の朝には、犯人を特定できます」

「なんで!?」

「──今日突然こんな事件が起きるのは不自然です。つまり、ジルは“継続的に精神魔法をかけられていた”可能性が高い」


 僕はゆっくりと歩きながら、研究室内を見渡す。これは演出だ。

 本当にそうかは分からない。でも──“サジ・リオルト”が納得するなら、それでいい。


(……もしも、本当にジルやエリスが犯人だったとしても──そのときは、そのときだ)


 ──"殺す"。そして、全部なかったことにする。

 歩みを止め、微笑む。


「魔法をかけられるとしたら──“定期的に接触していた人物”が怪しい。だけど、言ったでしょう? 僕は使用人の心を把握している。屋敷に王家に反逆しようとする人間はいない。だったら、外部の人間だ」

「だ、だけど、私、屋敷にこもりっきりで、外になんて……」

「────“新聞売り”だよ。ジル。お前はここ最近、僕らに新聞を持ってきてくれてたよね」


 ジルは「あっ」と息を呑む。

 エリスはまだ納得していないようで、怒鳴り声を上げた。


「はぁ!? なんでそんなやつが、わざわざ貴様の家のメイドに接触するんだ! 都合が良すぎるだろう!」

「──お茶会です。うちでは定期的に王子とのお茶会が開催されます。王子を暗殺したかったんでしょうね。いかがでしょう。

 ……納得は、できましたか」


 ジルはへろへろと床に座り込み、ぽかんとした表情で話を聞いていたが──口を抑え、わなわなと震えだす。


「あ、あ〜〜〜! そ、そうです、そうです! あの新聞売り、やけに王族に反感的なこと言ってましたッ! “王族にひどいことされてないか?”とか、“可哀想に”とか……!」

「報告しろよ」

「だ、だってだって、優しかったんですもん……! メイドの私にも……優しくて……グラッと……!」

「……ジル? お前はおしゃべりで頭が悪いね。心の声が聞こえてくるからずっと知ってたよ。

 これからは素で話すといい。いちいち心を読むのも面倒だ」

「ご、ごめんなさい……」


 ため息が自然と漏れた。それから、わざとらしく細く長く、溜めた息を吐く。

 ジルは怯えるように、びくりと肩をすくめた。


 ──その時、空気を切り裂くような"彼女の声"が響いた。


「……ッ! 使用人の失態はこちらの不手際です!! 申し訳ありませんでした!!」


 姉さまが頭を下げた。その姿に、僕も静かに頭を下げる。


「申し訳ありません。僕らの管理不足でした」

「……! も、申し訳ありませんでした……ッッ!!」


 ジルは僕らを何度も交互に見た後、誰よりも深く深く頭を下げた。

 その目には涙が溜められている。十二分に反省している。

 ……これ以上責める必要はない。


「セレシア家が……謝ってる……」


 三人並んで頭を下げる光景に、エリスはぽかんと口を開けたままだった。

 やがて、サジが噴き出すように笑い出す。


「ふ……あは……あははは!」

「サジ様!? わ、笑い事じゃ」

「いいや! ()()()()()()()()! 馬鹿な暗殺者がしくじって……! ()()()も、セレシアもしくじった!

 ……だから結局、何事も起こらなかった」

「……っ……! ……」

「謝ってる相手をこれ以上相手を責める必要なんてないんだ。エリス。怒りたいなら、オレも一緒に怒ってくれ。そもそも部外者を連れ込んできたオレが悪い!」

「そん、な……こと……そんなのッ! あなたの好意を……無下にする人間が……いけないだけ、で……ッ!」


 エリスがサジに掴みかかる。その顔には、確かな悲しみが滲んでいた。


「違うんだ。いなかったんだ。……オレの好意を無下にした人間なんて、いなかったんだよ。エリス」


 エリスは黙り込み、唇を噛み、呆然とした顔で僕らを見つめていた。

 姉さまはまだ、深く頭を下げたままだった。


「……ふ、いや……なんだ……オレが騙されたのかと思った……。ははははっ……!」


 サジの顔には、裏切られた怒りではなく──ほっとしたような、心底安心した笑顔が浮かんでいた。

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