攻略してみます。 サジ・リオルト④
「ごめんね〜。悪い子じゃないんだけど……あれはちょっと頂けないね」
「はい。過剰な反応でした。やっぱり裏で見られてまずい薬でも作ってるんじゃないですか?」
「ちょ、ソリオ……!」
「うん。そうだよ」
「ぶっ!」
あまりにもあっけらかんとした様子のサジの言葉に、私が吹き出す。
とんでもないことを言っているのに、まるで天気の話でもするかのように軽い声だった。
……だけど、目は笑っていない。これはきっと彼にとっても秘密の話なのだ。
サジは蠱惑的に笑うと、唇の前で人差し指を立てた。……やっぱり攻略対象なだけあって、その姿は絵になった。
「王家に内緒でね、薬を開発したんだ。といっても、これまでの研究の副産物で……別に開発するつもりなんてなかったんだけど。魔法無効化の薬さ」
「……国家反逆罪では?」
ソリオが眉を顰める。
この国では、魔法を無効化するアイテムを開発することが犯罪となる。
特定の魔法を防御するアイテム自体は存在する。例えば、精神魔法を防御するためのお守りだとか……。
それでも、魔法使いから攻撃の手段を丸ごと奪うようなアイテムの作成は禁止されているのだ。お守りも、持っていい数が制限されている。それらは複数個同時に身につけると、自動的に壊れてしまうような細工がされているのだ。
……それこそ、ゲームの中の装備品をいくつもつけられないみたいに。
サジはヘラヘラと笑いながら話を進めた。
「……そんな大層なこと望んでないんだよ。魔法過敏症の反応から着目して造られた薬でね。この薬は、魔漏症の特効薬になりえるから」
(魔漏症……魔法が暴走する病気……そっか──)
ルクサリア王国は「魔法大国」だ。
そしてルクサリアの民たちにとって、魔法とは便利な道具であるのと同時に、武器であり、兵器なのだ。
その力を取り上げる薬というのは、この国にとっては国をひっくり返しかねない……ソリオの言った通り、これは国家反逆になりえる罪なんだ。
(怖いくらいに強くて優しい人……だけど……。……なんか、あのエピソードにも、説得力が出たな……)
この人は本当に患者優先で物事を考える人なのだろう。
その人間性は、美しく、清く、正しく──、それから危うい。
「……なんでそんなこと、僕に?」
「いやー、おじさんは大人だからね。きちんと理由を説明しないと、ソリオ君が傷ついたままじゃないか。……その薬はもう現地で使われていてね。
ヴェルノクの感染者が突然減ったのもこれが理由さ。まだ、薬を使うと魔法が使えなくなるのはバレてない。表向きには効果がまだ分からない新薬ってことになってる。ヴェルノクで全部使い切って、国内に持ち込む気はないよ。それでもまあ、報告されたら反逆を疑われるかもね。
……王家に報告するかい?」
薬の件を報告するとなると、きっと実戦投入するには様々な承認が必要になるのだろう。しかもその薬は禁薬の類だ。
まずは一旦捕まるだろう。作っているだけで国の監視対象になり得るし、承認されるまで何十年という時が必要だろう。
承認を待っている間も、魔漏症の進行は進んでいく。……だから、先に使った。
私、自分の言葉でひとつの国を救った、なんて少し浮かれていたけど……。そんなことはない。
(私は、あくまできっかけ……。きっとこの件の裏には、サジみたいな人が沢山いるんだわ)
「……しませんよ。報告なんて」
「ありがとう。エリスがすまないね」
ソリオの顔をじっと見る。まだどこか不貞腐れて、納得していないような表情だった。
私はソリオの手を、そっと握った。
ソリオの手が少しだけ躊躇うように逃げる。
私はそれを、そっと追いかけるように握り返した。
指先が、震えている。
あたたかくて、でも少しだけ──怖がってる。
(大丈夫。悲しかったんだよね。……お姉ちゃんはわかってるから)
「!」
ソリオの手が、びくりと動く。ソリオは、おずおずと私の手を握り返した。
(……だから、謝ろう?)
「……、いえ……。……あの、……僕も、過激なことを言いました。申し訳ございません。
……僕と関わりたくないなんて、少し考えれば分かることなのに……」
ソリオの声は震えていた。まるで、否定されることが恐ろしいみたいに。
「んー? いやいや、売り言葉に買い言葉だろう? そもそも、あれはエリス、が……。……。っは! あははは!」
「……?」
「っ、ふふ、あははは!」
困ったような顔をしていると思ったら、サジは突然笑い出した。とても嬉しそうに、楽しそうに。
5秒くらいしばらく笑っていたかと思うと、まだ笑いを堪えきれないような顔で私たちに言った。
「っ……ひー、……接続を、そんな使い方する人、初めて見た……ッ!」
サジは、くしゃくしゃに笑いながら、ぴしりと私たちの繋いだ手を指さしていた。
***
私たちはサジに色んな実験を見学させてもらった。
薬を垂らして、花の色を変える実験。
香りを調合して、好きな香りを作る実験。
アイスクリームをひとくち食べたあと、味覚が変わるキャンディーを舐めて、アイスクリームをもう一度食べる実験。
好きなイラストを描いて、そこに魔法薬を垂らして、それを動かす実験。
そのどれもが、どこか子供っぽくてかわいらしいものだった。そりゃまあ、教師としての人気も出るはずだ。
一通り魔法薬学の話を学んでからデザートにチョコレートに、薬草クッキーとハーブティーをいただいた。
サジの見せてくれた『実験』はなんだか前世のそれを思い出させてくれて、結構楽しかった。
魔法を学んでいたとしても、科学の反応は面白いみたいだ。ソリオもなんだかんだで興味深そうに実験を見学していた。
途中でエリスとも合流した。嫌々と言った様子だが、ソリオに謝ってくれた。
……あと、チョコレートの味はとても気に入ったみたいだ。特にオレンジピール。
私は薬草クッキーがお気に入りだった。手作り感のあるクッキーを久々に食べた気がする。
(今度、お父様に強請って、お茶会のスイーツとして買ってもらおうかな。いや、ああいうのは、お母様が好きなのか……?)
ルナフィアにとって、現在の母親は継母だ。血が繋がっていないから、というよりも、なんとなく、あちら側が気を使いすぎてしまっているような気がした。
(親だって悪役令嬢は怖いものね……)
「ね、ねえ、サジ様。あそこの……あの薬、青いの。何かしら?」
「いや、実験室に、青い薬はないよ。だって青色は……」
「え? でも、あれ……」
何の気なしに指さした先に、フラスコが一つ。
サジは振り向き、そして目を見開いた。
「……え?」
サジの顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「エリス──」
彼がエリスの名前を呼び、研究室内にいたエリスもそちらに目をやる。
フラスコの中では、濁ったインクのような青色が、ゆらり、と揺れている。美しい青色だった。
サジがそっとそれを手に取り、震える指先で液面を見つめた。
二人が息を呑んだ音がした。
「……──毒、だ」
サジのその一言で、研究室の空気が凍りついた。
私たちは言葉を失ったまま、視線を交わす。
一秒が、やけに長く感じられた。
私たちの目的は────研究室で起こるはずの、毒の混入を阻止することだった。
(止めるどころか──じ、事件……もう、起こっちゃった──?)
◆
拝啓。私の愛しの弟、星夜へ。
未来を変えるって、やっぱり、そんなに簡単なことじゃないみたいです。