攻略してみます。 サジ・リオルト③
サジの研究室は、至って科学的だった。
魔法の煌きも、呪具特有の怪しい気配もない。フラスコ、乾燥植物、科学的な装置たち……それらが整然と並んだこの空間は、まるで“前世”で見た研究室そのものだった。
なんだか少し落ち着く。
「ドライフラワーって言ったよね。薬の中に入ってる花をそのまま使うのもいいけど……ちょっと大きいかな。チョコレートに飾るのならもう少し小さい花の方がいいかなって思うんだ。どう思う?」
「それなら、紅茶は紫色のお花でまとめて……コーヒーはそのまま。オレンジピールのチョコレートはドライフルーツのオレンジを飾り立てるのはどうでしょう?」
「いいね。貴族女性にウケそうだ。ルナフィア、選んでくれないか? 代わりに好きな花を持っていっていいよ」
「本当? 嬉しい。……そうだ。チョコレートと一緒にハーバリウムを売るのはどうでしょう?
セット販売のものと、チョコレート単体のものを両方用意しておいて……」
「へえ、ナイスアイデア! プレゼントにもいいかもしれないな」
ソリオは私とサジが話しているのを見ては、相変わらずムッとしている。
「そ、ソリオ君もお花いるぅ……?」
「いりません」
「はは、だよねー。……ねえルナフィア、ソリオ君ってオレのこと嫌いなのかな……?」
私へ耳打ちしてくるサジに、ソリオの鋭い眼光はより強くなった気がする。
私は曖昧に笑いつつ、サジの胸をそっと押す。ソリオの眼光が怖かったから、ではない。
「……ルナフィア様。あなた、婚約者がいらっしゃるのよね。少し、サジ様に近づきすぎでは?」
「オ、オホホ……」
エリス・ヴァルディ──研究室で出会ったサジの助手。
彼女もまた、鋭い眼光をこちらに向けてくるからだった。
エリスは腰まで届くストレートな黒髪を後ろで束ねている女性だ。白衣には一つの皺も見当たらず、まるで彼女の神経質さそのものが形を成しているようだった。
目は切れ長で、一見すると男性だが女性だか判別つかないような中性的な外見をしている。
彼女はゲームに登場しない。まだ研究室に人を入れていた頃のサジの回想スチルで後ろ姿を見たことがあるような気もする。
「失礼な女だな、お前……姉さまが近づいたんじゃなくて、あいつが近づいてるんだよ」
私への噛みつきに反応したのは案の定ソリオだった。エリスは動じることなく、淡々と言い捨てる。
「そんなの見てれば分かります。ただ、ルナフィア様は噂によるともっと自己主張の激しい方でしたよね。気弱な乙女じゃあるまいし、払い除けなさい。そんな手」
「酷いよエリス! まるでオレの手が汚いみたいに言うじゃんかぁ〜!」
「むしろ高貴に扱っているのです。あなたの手は女遊びするためにあるのではなく、薬を開発するためにあるのですから」
「ま、まあまあ……お邪魔はしませんから……」
「そうですね。サジ様には早く次の仕事をしてほしいものです」
エリスはピシャリとサジに告げる。サジはわざとらしく私の後ろに隠れて、「エリスはこうやってオレをいじめるんだ」と火に油を注ぐようなことを言った。ソリオが分かりやすく不機嫌になる。
エリスは呆れたようにため息をつく。
「……。なぜ、この場所に部外者を連れてきたのです?」
「ええー? オレが部外者連れ込んでくるなんて、いつものことじゃん!」
「ご、ごめんなさい……やっぱり、お邪魔だったかしら……?」
「……はぁ。もちろんルナフィア様もそうですが、特にソリオ様のことです」
……ソリオは言葉を返さず、ただ静かに視線を向けた。空気が一瞬で凍りついたような気がする。
それから聞こえてきた声は、普段のソリオとは似ても似つかない冷たい声だった。
……あの時のお茶会で聞いた声と同じだった。
「僕が研究室に入ると、問題でもあるのか?」
そのまなざしに、室内の空気がひやりと冷え込む。
それでも、エリスはいつもの調子で冷たく答える。
「……ありますよ。あなた、国一番の接続の使い手じゃありませんか。ここには、あなたに読み取られると不味い情報がたくさんあるんです。国家機密とかね。悪用でもされたら困る」
「ちょ、ちょっと、そんな、エリスさん、あなたねえ。まるで、ソリオが勝手に心を読むみたいに──!」
「……はぁ。僕は国家付きの魔術師だ。監視もついている。
──それで? お前は、王国に対して何か後ろめたい研究でもしているのか? エリス・ヴァルディ」
ソリオは眉をひそめながら呟く。
エリスはキッ、とソリオを睨みつける。
「貴様……っ! 私たちは国家付きの医師だぞ!」
「は、そうだな。お前らは研究のため、定期的にヴェルノクへ行っているんだってな。忠誠心があるなら、国外に行く前にむしろ喜んで全てをつまびらかにすべきだろう。
……なんなら、手伝ってやろうか?」
「っ……性格の悪いサトリ野郎めッ! 口を慎めッ!」
「どうやら心当たりがあるように見受けられる。裏で国家反逆でもしているのか?」
ソリオは冷たくエリスから目を逸らす。彼女の言ってることには私もムカついたけど、ソリオの言葉選びも頂けない。
私があたふたしながら、まずはどちらに向かって注意すべきかを考えていると、サジが「はぁ」、とため息をついてから、声を低くして言った。
「エリス、謝って」
エリスは眉を潜め、不機嫌に呟く。
「……私が?」
「ソリオくんはオレが無理やり連れてきたんだ。それにここはオレの研究室だ。エリスの研究室じゃない」
「……。……サジ様……でも……」
「謝らないならオレが代わりに謝る。その代わり、出ていきなさい。頭を冷やしてくれ」
「っ……。サジ様。あなた……いつか足元掬われても知りませんよ……!」
「うん。オレは魔法は使えないけど、人を見る目だけには自信があるからね。……その時はオレの責任だ」
サジは大人らしい言葉で忠告する。逆にエリスはまるで叱られた子供のような顔をして、踵を返してしまった。
一瞬追いかけたくなったが、私が行ってもなにも出来ないだろう。
なんとなく……今は1人になる時間が必要な気がした。それに……。
(──私は、ソリオの方が気になる……。弟だもの)
さっき、ソリオは明らかに傷ついていた。
正直助かった。私からエリスを注意すれば角がたっただろうから。