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攻略してみます。 サジ・リオルト②

「サジ殿……。婚前の女性の身体にベタベタ触るのはいかがなものかと」

「ああ、すまない! なにせ医者だから。男とか女とかあんまり気にしない性分でね」


 ソリオから不機嫌にそう言われ、サジはヘラヘラと笑いながら手を離す。


「ルナフィア嬢に御礼の品として、お菓子を持ってきたんだ。よかったら食べてくれないかい?」


 サジは白衣のポケットから一箱のチョコレートボックスを取り出した。

 箱の中には3粒のチョコレート。箱を開くと、芳醇な花の香りが辺りに広がった。


「とてもいい香り……ラベンダーですか?」

「そうそう! それは紅茶とラベンダー!

 リラックスできる成分をたっぷり含んだ、お薬を兼ねた試作品!」

「へえ……」

「……で、こっちはコーヒーとローズマリーにバコパ。集中力をあげたい時に食べるんだよ。

 ……で、こっちはカモミールとオレンジピール。今度、病院の子供たちに配る予定でさ。よかったら感想を聞かせてほしいなぁ」


 箱の中に収まったチョコレートをよく見てみると、ラベンダーのチョコはなにもかけられていない、コーヒーのチョコレートには細かい粉状のトッピング、カモミールのチョコレートは金粉がかけられており、見分けるための工夫がされていた。

 試しに一粒手にとって口に入れてみる。


 ふわり、と優しい香りが鼻腔をくすぐった。


 ミルクティーのような甘くまろやかな風味。

 その奥に、ほんのりと感じるラベンダーの花の香りが、私の舌を撫でる。

 それを包むチョコレートの甘さがなんとも芳醇だ。


 そして、何よりも……。


(前世っぽい味ですっごい落ち着く……!)


「すごく美味しいです! これがお薬なんて信じられない……! これ、市場に出回るんですか?」

「あー、これ、チョコレートにしては高価だからね。庶民には売れないんじゃないかなぁって思うんだけど……」

「……それならいっそ、ナッツやドライフラワーで飾って、高級感を全面に出すのはどうでしょう? 高いことが逆にブランドになるかも!」

「……お? お〜! いっそ花の形に成形するのもいいかもしれないね〜! 天才〜!」


 キャッキャ、と二人でアイデアを出しながら話し合っていったところで──ソリオが視界の端で少しムッとした顔をしているのが分かった。

 ああ、かわいい弟が疎外感を感じている……。私は咳払いをして、声のトーンを少し落ち着かせた。


「いやあ、()()()()()がこんなにも話しやすい女性だなんて知らなかったよ! 知ってたら定期的に会いに来てたのに!」

「普通、婚約者のいる女性をファーストネームで呼びますか……?」

「お礼をするだけしたら帰ろうかなって思ってたんだけど……気に入っちゃった! ねえ、ルナフィア。よかったら俺の"研究室"に来ない? ルナフィアのアイデアを忘れる前に、チョコレートの試作品を作りたいんだ!」


 ソリオの小言はスルーして、興奮した様子でサジが私の顔を覗き込んだ。

 研究室、という言葉に私はぎくりとし、少し考えてから口を開く。視界の端ではソリオがつまらなさそうな顔をしているのが見える。


「……ええ、是非」

「ね、姉さま!?」

「心配なら、ソリオ君もおいでよ〜。メイドのジルも一緒に行くんだー」


 その言葉に、銀髪のメイドが少し嬉しそうにコクリと頷いた。

 どうやら彼は天性の人たらしのようだ。


「誰彼構わずですね」

「ちゃんと悪意のなさそうな人を選んでいるさ。『できるだけ人と仲良くする』、がオレの信条だからね〜」


 サジはニコニコと毒っ気のない笑顔でソリオを覗き込む。

 ソリオはぐ、と眉を潜めたが、やがて小さく「姉さまが行くのなら」と少し諦めたように言った。


***


「姉さま、なんであの男の研究室なんかにいくんです?」


 私がサジの研究室へ行くために今日の予定をキャンセルしていると、ソリオが少し拗ねたような顔で私に尋ねる。


「……サジのルートになかった? 本編のちょうど3年前、研究室で事件が起こったって……」

「ああ……でもあの事件、結局未遂じゃありませんでしたっけ?」


 サジは元来フレンドリーな性格で、仲良くなった人は誰彼構わず研究室に招き入れるような人だった。

 お菓子のように甘い風邪薬や、花の香りがする解熱剤──まるでお菓子みたいな“遊び心ある薬”を作るのが、彼の信条だった。


 けれど、物語が始まる三年前。

 彼の研究室で作られていた薬の一部が、何者かによって毒にすり替えられた。

 それは、王家の暗殺を狙った未遂事件──


 あの陽気な医者が、研究室の扉を閉ざした瞬間だった。

「人と仲良くする」ことが何よりだった彼は、以来、他人を中に招き入れることも、薬に“遊び心”を込めることもやめてしまった。


「まさか、姉さま、あの事件を阻止するつもりですか……? 事件が起こった正確な日付はわかりませんよ」

「そうね、できるかどうかはわからないわね。……ただ、未来を変えられる可能性があるなら行動したいだけよ。あの人、いい人だもの」

「いい人……? ……ヴェルノクの件があったから、未来の王女に媚びを売りに来た……計算高い人物な気がしますけど……」


 一瞬手が止まる。なんだか無性に否定したくなったが……ソリオは毎日使用人の心を読まされている。

 "そういった人間"が数多くいることにも慣れてしまったのだろう。世間知らずの私には否定する権利なんてない。


「チョコレート。とっても美味しかったの。だけど一粒しかなかったから……ソリオにも食べてほしいわ。駄目かしら」


 微笑みながら、ソリオの頬に触れ、優しく撫でる。

 心が伝わる、というのは"敵意がない"ということを示す上でものすごく便利だ。

 段々と、ソリオの顔から悪意や警戒が抜けていくのが分かった。


***


 立ち上がり、歩を進める。

 廊下の先、玄関ではサジがメイドと何やら楽しそうに談笑していた。

 声をかける前に、彼は私たちの気配に気づいて振り返る。

 その顔には、一切の疑いも企みも見えない、まっすぐな笑顔が浮かんでいた。


「やあ、ルナフィア! それじゃあ、オレの研究室まで案内するよ!」


(──やっぱり、サジはこういう人なんだ)


 他意もなく、好奇心で人に近づいて、でも、それが時に取り返しのつかない結果を招くこともある。

 ゲーム内でそうだったように、これから彼の周囲では“事件”が起こるのかもしれない。

 でも、それはきっと、彼が“行動する人”だからだ。


 私は、そんな彼の笑顔に応えるように、ひとつ、深く息を吸い込んだ。


 ……大丈夫。未来は、選べる。

 誰かの用意したシナリオのままに動かされるんじゃない。

 私が歩く一歩一歩が、未来を編み直していく。

 そう信じたい。


 私は、外部から来た存在──

 前世の記憶を持ち、この世界の“結末”を知っている唯一の異物。

 だからこそ、変えられるはずだ。

 いや、私にしか、変えられないのだ。


 キャラクターに対して、ここまで深入りしたことはなかったし、彼らの過去を深く考えたことはなかった。

 だけど、ソリオと話してしまった以上、もう無視なんてできない。


 ──だから、私は動く。

 この手で、誰かの運命を変えるために。


 ────その終焉に、破滅が待っているとしても。

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