転生しました。
私、芦屋 瑠奈には婚約者がいる。
だからこそ断言できる。「恋なんてそこまでいいものじゃない」──と。
婚約は両親が決めたものだった。私の家は田舎の旅館だから、存続していくためには跡取りが必要であるらしい。
相手はプライドの高い、格式ばった家の息子だ。幼馴染だから、いい部分よりも悪い部分のほうが知っている。
少しモラハラ気質のある、自分大好きの王様だ。
(──18歳になったら、私は彼と結婚する)
私が婚約を断ると、私の弟がそこの家の娘さんと結婚することになる。
彼女は弟よりも10も年上で、弟とはどうにも反りが合わない。
──そして何よりも、弟には「好きな人」がいるらしい。
──恋なんて、そんなにいいものじゃない。
(……私にとっては、弟の方がよっぽど大切だ)
恋愛だとか、そういうものは私にはよく分からない。
弟と一緒に乙女ゲームを遊んでみたけれど、やっぱりピンとこなかった。
「ねえ、あのアクセサリー、きっと姉さんに似合うよ」
弟がそう言って、何かを指差す。私はハッとして、そちらの方を見つめた。
そこに並べられていたのは、可愛らしいピアスやイヤリングだ。
私は星夜が指さした月のピアスを見つめて、そっと微笑んだ。
「本当、すごくかわいいね」
星夜はぱっと笑顔になって、可愛らしい月のピアスを棚から外し、裏の値段を確認する。
「買ってあげようか?」
「悪いよ。それに私、ピアスの穴開いてないよ?」
「えー、50円でイヤリングに変えられるらしいよ」
そう言って、星夜はピアスのついた台紙を私の耳にそっと当ててくれる。
細くて、それなのにゴツゴツした彼の指が触れる。
婚約は昔から決まっていたけれど、「結婚」という現実が近くなるに連れ、こんなふうに考えることが増えた。
「結婚が決まっている」、というのはある意味幸せ者だ。
しかも、相手は裕福で、金銭面に関しては将来に不安を抱える必要もない。
それなのに、憂鬱になってしまうのは、近くに「星夜」という完璧な弟がいるからなのかもしれない。
(あの人と星夜をどうしても比べてしまって、不安になってしまうんだ)
「じゃあ交換する? 私が代わりに星夜に似合うアクセを買ってあげるから」
「本当? ……俺に似合うのを、姉さんが?」
星夜は柔らかく私の手のひらに触れる。
彼は大人になって、恋人とこんなやり取りをするのだろうか。
──私は、恋なんてしなくていい。
(きっと、代わりに、大人になったこの子がしてくれる──)
私はどこか温かな、なぜか物寂しいような気持ちで、嬉しそうに笑う弟を見つめていた。
夕焼けが路地を染める。
日が沈む前に、アクセサリーを選んであげよう。
私は店頭のピアスコーナーの前でしゃがみ込む。
星夜のさらりとした黒髪と、伏し目がちのブラウンの瞳を見つめてから、私はシンプルな星のピアスを手に取った。
これなら、きっと星夜にぴったりだし、お揃いにもなる。
星夜がちらりと伏し目を上げ、私の方を見つめる。夕陽を映した瞳は、まるで琥珀のようだった。
静かに風が吹き、私は髪を押さえた。
──その時。
「やっぱり」
──誰かの声が聞こえた。
顔を見上げると、そこにいたのは私の婚約者だった。
星夜は少し顔を歪めると、私の前に立つ。
なぜか、婚約者は星夜を忌々しげに睨みつけていた。
「──■■さん? 奇遇ですね」
星夜を後ろに下げ、私はにこりと作り笑いをし、彼に話しかける。
「────ああ、全部わかった。そういうことだったんだな……」
──そして、一瞬夕暮れに照らされて見えたのは、きらりと光る金属。
考えるよりも前に、私は慌てて星夜を抱きしめる。
次の瞬間、風が動き──背中に、焼けるような痛みが走った。
「……え?」
「姉さん!?」
星夜の声が聞こえる。目の前がだんだん滲んでいって、世界がゆっくりと傾いていく。
男が笑いながら、今度は私の背中に馬乗りになるようにして、私に包丁を振り下ろす。
「────弟とできてるなんて、気持ち悪いんだよ!」
私は目を見開く。
──言葉の意味が、全くわからない。
ただ、彼の悪意を向けられている対象は私だけではなく、星夜もなのであろうということだけはわかる。
私は星夜を抱きしめたまま、星夜を守るためにそのまま蹲った。
星夜が泣きながら、私の名前を呼ぶ。
抱きしめているから、顔は見えない。
──慰めないと。
私は男を刺激しないように、そっと星夜の頭を撫でた。
星夜は震えながら、何かを叫んでいる。何を言っているのかはわからない。
(私、お姉ちゃん、だから──)
「星夜──、泣かないで……」
そう伝えようとしたけれど、もう声は出なかった。
せめて涙を拭いたかったけれど、腕は動かなかった。
──夕焼けが、綺麗だ。
(──かみさま)
なんとなく、これが最後であることが分かった。
だから、私は星夜の髪に触れる。
(わたしは、どうなっても、いいから──)
気づけば、星夜が生まれて、初めて会った時のことを思い出していた。
頭を撫でようとしたら、弱々しく手を握ってきた、赤ん坊の頃の星夜。
──その時、私は決めたんだ。
何があっても、「この子」は私が守るって。
(弟のこと、だけは、しあわせに──)
────「恋なんてしなくていい」。
そう思っていたけれど、やっぱり訂正する。
恋なんて、「乙女ゲーム」の中だけで充分だ。
──私にとってはそんなものよりも、家族の方がよっぽど大切だった。
意識がなくなる瞬間、どこかから女のような声が聞こえた。
「その願い、私が叶えて差し上げましょう──」
それは、星夜と一緒に遊んだ、あの『乙女ゲーム』の中で、聞いたことのあるセリフ。
フィクションの箱の中でしか響かないはずのその言葉が、現実の闇に溶けていった──。
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