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図書館にある気配

作者: 茶ヤマ

昼下がりのこの図書館には、穏やかな静けさが湛えられている。

高校三年生の私は、受験勉強の合間にふと顔を上げた。

窓の外には、冬の陽光に照らされた裸の木々が風に揺れている。


「今日も、いるのかな……」


小さくつぶやいたその声に応える者はいない。けれども確かに誰かがいるような気がしていた。

この図書館には、不思議な“気配”がある。


始まりは、数か月ほど前。

参考書を落とした拍子に、開いたままのページがひとりでにめくられた。風もないのに。

それからというもの、眠気に負けて机に伏せてしまった時、そっと肩を触れられて起こされるような気がする、そんな事が何度もあった。


「幽霊かなあ……でも、怖くないんだよね」


私はそれに対して、不思議と安心感を覚えていた。


ある日、ふとした好奇心から、私は司書の老婦人に尋ねた。


「あ、そういえば、この図書館って……昔、何かあったんですか?」



◇◇◇◇


——老司書の目に映る光景。


今日もまた、あの席に少女が座っている。

ページをめくり参考書を見る目は真剣そのもの。時折、疲れたように顔を上げて窓の外を見つめている。


私はカウンター越しに、その様子をそっと見守っていた。


ああ、あの青年も、窓際の席で、似たような姿で勉強に励んでいた……。

もう何十年も前のこと。

毎日同じ時間に現れ、静かに本を開いていた青年がいた。


無口で、真面目で、けれども人懐こい笑顔を見せる子だった。

窓際の席。今、あの少女が座っているあたりの場所でいつも勉強をし、閉館ギリギリまで残っていた。


受験が終わった日の翌日、彼はやってきて、私の前に立ち、深く頭を下げた。


「ここで勉強してたから、受かりました。ありがとうございました」


それが、彼と言葉を交わした最後だった。


その後、大学へ進み、教師になったと風の噂で聞いた。

けれど、数年後、新聞の訃報欄で、私は彼の名前を見つけた。


——思うのだ。

彼は今も、この図書館にいるのではないかと。

誰かを、静かに見守っているのではないかと。


そう考えるようになったのは、ここで勉強する子どもたちが、ときおり似たような反応を見せるからだ。

参考書のページが自然にめくれたと言う子。

眠っている間に、肩をそっと叩かれたような気がしたと言う子。


そして今日、また一人の少女が、こう尋ねてきたのだ。


「この図書館って、昔何かあったんですか?」


私は少しだけ迷いながらも、静かに口を開いた。


「昔、一人の青年がいたの。毎日ここで勉強していた。大学に受かって、とても喜んでたわ。……でも、亡くなってしまってね」


少女は黙って聞いていた。そして、小さくうなずく。


「きっと今も、誰かの背中をそっと支えてるのかもしれないわ。ここで頑張っている、あなたみたいな子の」


そう言ったとき、彼女の目が少し潤んだように見えた。


閉館時間となり、図書館を出る少女の後ろ姿を見送りながら、私はそっと目を閉じる。

感じるのだ。ふとしたときに、あの頃の気配を。


音もなく、本のページがめくられる時。

誰かの背中を押すような、小さな風が通り抜ける時。


目に見えなくても、確かにそこにあるものがある。


私は、それを知っている。

それは決して、こわい存在ではない。



◇◇◇◇



司書さんの話を聞いて、私は黙り込んだ。

ちょうど閉館のアナウンスが流れ、お礼を言って図書館を出る。


外に出ると、夕焼けの空が広がっていた。

冷たい風が、でもどこか優しく頬を撫でる。


——目に見えなくても、確かに感じられるものがある。


暖かいまなざし。

そっと手を添えてくれるようなぬくもり。


私は小さく笑った。


「ありがとう。また明日、来るね」


風が優しく、私の髪を撫でていった。





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