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離婚相談所へようこそ  作者: 槙月まき
社交界の嵐

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22/24

第22話 社交界への宣言

 舞踏会の会場に足を踏み入れた瞬間、ヘルミは無数の視線を浴びた。

 煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちがグラスを傾け、笑い声を響かせている。けれどその場の空気には、どこか張り詰めた緊張が漂っていた。


「随分、注目を集めてるな」


 隣で、ユリウスが軽く笑う。


 ヘルミはブラックベルベットとシルバーチュールのコントラストが美しい、月の満ち欠けのような神秘的なドレスだった。纏っていた。細かな刺繍と肩を大胆に露出させたデザインは、彼女の強さと気品を引き立てる。一方、ユリウスも漆黒の燕尾服に身を包み、さすが大公家と唸らせる風格を漂わせている。


「悪名も、今夜限りで終わらせたいわね。」


「そう思ってるなら、私をしっかり『利用』してくださいね。」


 その言葉に、ヘルミは小さく微笑んだ。

 そう、この夜会は『偽装婚約』の第一歩。社交界に向けて、自分たちが新たな婚約者同士であることを発表する場なのだ。


 会場の奥、舞踏の中心に差しかかる頃、ユリウスはヘルミの手を取った。まるで息を合わせたかのように、貴族たちの視線が一斉に集まる。


「皆さま──少しだけお時間をいただけますか?」


 ユリウスが軽く咳払いしながら声を張ると、会場のざわめきがぴたりと止んだ。


「私、ユリウス・ハマハッキは、このたび──ヘルミ・デルフィーニ嬢と婚約いたしました。」


 その瞬間、空気が弾けるようにざわめいた。


「ヘルミっていったら、あの……離婚相談所の?」


「まさか、あんな女性と……。」


「やっぱり裏があるに違いないわ……!」


 噂は予想通りだった。敵意と興味と、そして軽蔑。

 だが、ユリウスは臆することなく続けた。


「彼女は、誰よりも強く、誰よりも優しい女性です。私は……彼女の生き方を、尊敬しています。そして、支えたいと思いました。」


 その言葉に、ヘルミはほんの一瞬だけ息を呑んだ。

 まるで本当にそう思っているような声音だったからだ。


「婚約とは、形式のためのものではないはずです。互いを信じ、必要とし合うこと。それが、私たちのかたちです。」


 拍手は──起こらなかった。

 会場は、冷ややかな空気に包まれていた。


「結局、男の後ろ盾にすがったのね。」


 誰かがそう囁く声が聞こえた。

 ヘルミの視界が、ゆらりと揺れる。だが、彼女は顔を上げた。


「そうよ。私は、ユリウス様に守られている。」


 ざわめきが、再び起こる。


「でも、それは私が『守られる存在』だからじゃない。私が自分の信念を貫くために、『共に在る』ことを選んだからです。」


 ヘルミの瞳には、怯えも、躊躇もなかった。


「離婚相談所は、多くの女性の未来を支えています。私はそれを誇りに思っています。

 どれほど嘲笑されようと、私は後悔しません。」


 その堂々たる姿に、一部の貴族たちは言葉を失った。

 だが、誰よりもそれを痛ましげに見つめていたのは──ノアだった。


 会場の隅、警護の任に就く彼の瞳が、ヘルミに釘付けになっていた。

 彼女は今、誰かの「隣」に立っている。堂々と、誇らしげに。


 しかも、それはユリウスという「大公家の貴公子」の隣だ。


「俺は……ただの護衛、か。」


 自嘲ともつかぬ声が、ノアの喉から漏れる。


 いつからだろう。

 ヘルミの笑顔が、誰かの隣で輝くたびに、胸の奥が軋むように痛んでいたのは。


 彼女を守りたいと思っていた。

 けれど、その「守り方」は、今の自分にはもう──




「……ユリウス様に、本当に守れるのか?」


 その問いは、相手にではなく、自分自身に向けたものだった。


 一方、ユリウスはヘルミにそっと囁いた。


「完璧な「舞台挨拶」だったよ。次は、ワルツだ。婚約者としての見せ場ですね。」


「任せて。踏み間違えたら、あなたの靴を踏むわ。」


「光栄だよ。」


 二人は中央でワルツを踊り始めた。

 その姿は、まるで本当に愛し合う婚約者のようで、誰も口出しできない美しさを纏っていた。


 けれど、彼女の心の奥には、まだ消えぬ疑問が残っていた。


(本当に、私はこの関係を望んでいるのかしら……)


 その答えを出すには、まだ少しだけ時間が必要だった。






 お披露目は終了。ヘルミに黒い影が襲う──

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