第21話 広がる噂と新たな危機
サムエルとヘルミの戦いは、最初は少しずつ話題にのぼる程度だったものの、今や上流貴族たちの耳に届くところとなった。噂話に過ぎなかったが、次第にその噂は多くの社交界の人々に伝播し、少しずつ恐れや警戒心を生み出していった。
「彼女がやっていることが本当に正しいのかしら?」
「名門の家系があんな場所を作るなんて、聞いたこともないわ。」
「一体、どうしてあんな女性が相談所を運営しているのかしら?」
貴族社会では、常に慎重に歩まねばならない道がある。結婚と離婚に関しても、そうした道を外れることは、社会的な名誉を失うことを意味する。しかし、ヘルミ・デルフィー二が開設した離婚相談所は、その常識を打ち破るものだった。
「まさか、あのヘルミが?」
噂は、ヘルミがかつての夫、サムエルとの離婚後、彼女が開いた相談所を巡って否定的な声を上げ始めた。そしてその声は、上流階級の貴族たちの間で大きな波紋を広げていた。
「彼女、まだあのサムエルに未練があるんじゃないのか?」
その噂の元は、サムエル自身だった。彼が自身の影響力を駆使して流した言葉は、まるで鉄のように貴族たちの耳に響いた。「ヘルミは、まだ私のことを愛している」と。社交界において、サムエルの言葉は重みを持ち、彼の言葉を信じる者が増えていった。
「離婚したなら、もう完全に自由になったはずだろうに……どうして未練を残しているのかしら?」
その一言が、ヘルミを無言のうちに追い詰めていった。
元々、彼女の立場は不安定であった。離婚した女性が自らの手で社会的に影響力を持つ場所を作ることが、如何に不穏なものとして受け取られたかを、ヘルミは知っていた。それでも彼女は、相談所を守り、もっと多くの女性たちに自由を与えるために戦っていた。
だが、次第にその努力が逆効果を生んでいった。
「彼女がまだシーカ侯爵の影響を受けているのなら、私たちはどう関わればいいのかしら?」
「まさか、ヘルミ様はまた再婚するつもりでもあるの?」
社交界では、ヘルミが再びサムエルと結びつくのではないかという恐れが広まり、その不安はすぐに不信感となり、ヘルミ自身の立場をますます危うくしていった。
舞踏会、広間の前では今回の目玉のハマハッキ太公の登場を貴族たちがいまか今かと待ち侘びていた。
ノアは心配そうにヘルミを見つめていた。
その視線に気づいたヘルミはノアに冷静に言う。
「私はもう、あんなことに左右されないわ。」
そう言って彼女は少しだけ微笑んだが、その表情にはどこか悲しみが滲んでいた。
ノアは心の中で思う。彼女は強い。
しかし、その強さは時に自分を孤立させ、追い詰めるものだ。そしてその強さが、どれほど彼女自身を苦しめているのかを、彼は少しずつ理解し始めていた。
「それでも、もっと自分のことを大切にしてほしいです。」
ノアは、無意識にその言葉を口にしていた。彼にとって、ヘルミはただの仕事仲間ではない。彼女を守りたいという思いが、強く心に刻まれていた。
ヘルミはその言葉を聞き、少し黙った後、ゆっくりと頷いた。
「わかってる。だからこそ、私は行動を起こさなければならない。」
その声には確固たる決意が感じられたが、同時にその目には深い不安も見え隠れしていた。
「私はもう、彼に縛られたくないの。」
その言葉には、今までの彼女とは違う強さがこもっていた。だが、その強さがどれほど自身を守るのか、それとも新たな危機を招くのかは、誰にもわからない。
ヘルミの心は、今まさに新たな嵐の中にいる。
入場の時間だ。
ゆっくり扉が開かれる。
貴族たちの驚く顔がよく見える。
ヘルミは微笑み、ハマハッキ大公の手をとる。ユリウスはまるで愛おしいもの扱うように笑顔を見せると二人は歩き始めた。
驚く貴族たち、ヘルミは証拠を掴むことができるのか──




