第20話 新たな戦いへ
サムエル・シーカ侯爵を相手に、サルメ・カーミル伯爵令嬢の婚約破棄を成立させる──。
それは決して容易なことではない。
「……さて、どう動くべきかしら。」
ヘルミは相談所の執務室で、机に肘をつきながら思案していた。
サルメの話を整理すると、サムエルは彼女に対してほとんど興味を持っていない。
しかし、ヘルミにはそうは見えなかった。愛情ではなく別のものがあるため彼は彼女と別れないのだと思った。
(ただ、私が絡んでいる以上、自分から積極的に接触した方がいい?)
ヘルミはため息をついた。
『お前が何をしようと、結局俺には勝てない。』
そう言い放ったサムエルの声は、頭の奥にこだました。
(そんなこと、絶対に認めないわ)
彼に勝つ。
それが、ヘルミにとっても避けられない戦いだった。
「調べたよ、サムエルの最近の動向。」
ユーリが軽やかに部屋に入ってきた。
ヘルミはよくそんな感じで入ってこれるなと呆れをこして感心していた。
「何かわかったの?」
「社交界でも信用は依然として高いが、最近投資に失敗したという情報が入ってきた。ピエタリに絡んでいたのは確実と見ていいね。でも、また次を見つけたっぽいね。」
「次……。」
ヘルミは思わず考えこむ。
「また『薬草』?」
「その可能性しかないね。貿易関係の事業の投資だそうだ。
これではまた問題を告発しても自分は知らなかったで乗り切れる。まさに、トカゲの尻尾切りだね…。」
「なるほど……。」
もし、サムエルが麻薬に少しでも関わっている証拠が得られれば離縁の際にそこを突くのも手だ。
「サムエルのお金周りを探っていれば何か糸口があるかもしれない。」
ヘルミは微笑んだ。
「アンネ、皇族からのパーティの招待状がもうすぐ届くはずよ。離婚しても一応は届くようになっているわ。皆に開かれた国なのだから。そこが最初の戦場になるわよ!」
ユーリは口笛を吹いた。
「相変わらず、何をするかわからない……。」
ノアは腕を組み、険しい表情を崩さなかった。
しかし、もう止めなかった。
ヘルミはアンネ、ノアを連れて、それに釣られてくる形でユーリも仕立て屋に来ていた。
「テア、久しぶり、早速だけど、目立たないドレスを一着とスーツを一着。それに加えてとても目立つ、娼婦のような際どい悪い女みたいな服を作って欲しいわ。」
ヘルミが訪れたのは相談所の近くにある小さな仕立て屋の工房だった。
そこには、物静かそうな女性が一人で服を作っていた。
仕立て屋の店主の名はテア、ヘルミが昔から通っている場所だった。
「ヘルミのは大体作り終えているすぐにできるわ。ノアのはいつものようによね?
そうね、そこの小柄の可愛い子は…後でサイズを測らせてちょうだい。一ヶ月ほどあれば三着は作れるわ。」
「助かるわ。ありがとう。作り終わったら、教えて、取りにくるわ。」
三週間後、テアから作れたから試着に来ないかと連絡があった。
ヘルミ、アンネ、ノアが仕立て屋に行くと三着の服があった。
アンネのドレスは淡いピンクグレーでまるで霧のような幻想的な一着だった。
優雅なオフショルダーでさりげなく散りばめられているラメが光にあたり反射することで輝きが上品な大人の美しさを引き出させていた。
ノアのスーツは貴族の礼服の形とは異なり動きやすさにこだわった形となっていた。
また、ところどころ青で刺繍が施してあり、ノアのために作られた服と言っていいほどに似合っていた。
ヘルミの服はタイトなハイウエストデザインでバスト部分が強調され、ウエストはほっそりと、外側に入ったロングスリットが脚長効果とセクシーさ、女性らしい美しいボディラインを際立たせていた。
また、ブラックベルベットとシルバーチュールのコントラストが美しく、
月の満ち欠けのような神秘的なドレスだった。
「テア、素敵よ。ありがとう。」
「喜んでもらえて嬉しいわ。服は着る人で花にも毒にもなるわ。そして勇気をくれるものでもあるの。その手助けがしたくてお店を私はやっているの。
良かったわ気にってもらえて。そちらのお二人もいいかしら?何か気になることはある?」
テアがアンネとノアに問いかける。
「いつも通りです。」
ノアはいつものように一言、言うだけだったがそれでもテアは満足していた。
「とっても素敵です。私、こんなにも早く着てみたいと思ったドレスは初めてです!」
アンネが興奮気味に答えると、テアは頷きながら笑っていた。
その後、靴を選び、ヘルミたちは仕立て屋を後にした。
「さて、これで武装するものは決まったわ。」
一週間後の城での舞踏会を待つのみだった。
一週間後、離婚相談所の前にはハマハッキ大公家の馬車が止まっていた。
迎えに来たユリウスはヘルミをエスコートすると馬車に乗り込んだ。
そこにアンネとノアが続く。
アンネとノアはユリウス・ハマハッキ大公の客という扱いになっていた。
そうした方が、動きやすいからというユリウスの計らいだった。
舞踏会が行われる広間に向かう廊下を歩く。
舞踏会は序列の低い順に入るため一番最後だ。
カツ、カツ、カツ、カツ
床をつてった二人のヒールの音が鳴り響く
こうして、新たな戦いが幕を開けた──




