第19話 ハマハッキ大公との取引
離婚相談所に訪れたサルメの決意を聞き、ついにヘルミは動くことを決めた。
サルメを見送ると、すぐにヘルミはハマハッキ大公宛に手紙を書いた。
それをユーリが受け取ると屋敷を後にした。
すぐに大公から返事が来た。
『ヘルミ嬢、またお手紙を貰うことができ嬉しいです。
明日、時間を空けましょう。
馬車が相談所の前までお迎えに行きます。
一人で、乗るようにお願いします。くれぐれも、青髪の青年や、助手の女性と共に来られないようよろしくお願いします。
では、明日、お会いできることを楽しみにしております。』
翌朝、ヘルミの離婚相談所の前には、とても豪華な蜘蛛の紋章が入った馬車が止まっていた。
「ヘルミさん、やはり危ないです。あのユーリも信用できないんですから。」
「そうだよ、ヘルミちゃん。やっぱり私もついて行くわ。」
二人がヘルミと止めたが、ヘルミは一人で馬車に乗り込んだ。
ハマハッキ大公の屋敷に着くと、今回は大公自らヘルミを迎えた。
「今日もお綺麗ですね。ヘルミ・デルフィーニ侯爵令嬢。」
「相談所まで、お迎えに来ていただきありがとうございます。」
二人のやりとりに大公家のメイド、執事が驚いた。
貴族社会では男性が女性をフルネームで呼び、位をつけて呼ぶことは好意があることを表していたからだった。
ハマハッキ大公にエスコートされ着いたのは薔薇いっぱいの庭園だった。
案内された場所にはスコーンからケーキまでいろいろなお菓子が用意されていた。
「好みを知らなかったため、いろいろ用意させていただきました。お気に召しましたか?」
ハマハッキ大公の問いにヘルミは一言お礼を言うだけだった。
「それで、お話しとはなんでしょう?」
ハマハッキ大公が問うと、ヘルミは呆れるようにわざとため息をつきながら話はじめた。
「その胡散臭い芝居はやめたらどう?ユーリ。」
「なんのことでしょう?」
大公はヘルミの唐突な言葉に表情を一切変えなかった。
「アンネから違和感は前から聞いていました。アンネは初めてあなたを見たときから薄々気がついていたようですがね。
私もおかしいと思ってたわ。アナタ、やけに貴族社会について詳しいのだもの。
それに情報も正確すぎる。一人のただの情報屋にしてはできすぎよ。
それにそんな腕前があるのに何もできない私に手を貸す必要がないのに素早く情報を持ってくるものだから驚いたわ。」
「もう確信しているんだね、お姫様。」
大公がユーリと認めると共にハマハッキ大公は仮面を外した。
「これが素顔だよ。君は私に素顔がわからない、と言ったことがあったね。あれには驚いたよ。
上手く隠せていると思っていたからね。では改めまして、ユリウス・ハマハッキと申します。
でも、おかしいとは思っていたのならなぜ、もっと早く私に尋ねなかったの?アンネ嬢は私の正体を確信していたようだったね。私にヘルミちゃんを騙したら殺すとも言われてしまったよ。」
「尋ねたら教えてくれたのかしら?別にあなたの正体なんて興味なかったわ。話したくなったら自分から話してくると思っていたから。
でも、そうも言ってられなくなったのよ。」
「サムエルのことだね。私に大公としてして欲しいことがあると?」
「そうね、近々、皇族主催のパーティがあると思うの。そこに私のパートナーとして参加してほしいと思ってね。私は、彼と離婚して一度は社交界を追放されている存在だわ。
そこで、大公のパートナーとして参加すれば周りも何も行ってこないと思って。」
ヘルミの提案に対して、ユリウスは笑った。
「なるほど、それならお安いご要望だよ。でも、それでは私にメリットがない。」
「何が望み?」
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。ヘルミ・デルフィーニ、君に私の婚約者となって参加して欲しいパーティがあるんだよね。」
「パーティ?」
「そう、表向きは仮面パーティ、けれども裏では『薬草』の取引が行われている。ピエタリの件は記憶に新しいだろう?
その取引が女性の間で行われているという情報がある。取り締まる立場が男だから女の間で取引をしようって考えるよね。」
ユリウスはニヤリといたずらっ子のように笑い、ヘルミに提案する。
「お姫様、私の婚約者になりパートナーとして麻薬取引の証拠を掴んで欲しいと思っている。期限はサルメとサムエルが婚約破棄するまでってのはどうかな?」
「交渉成立ね。」
ヘルミは滑らかな口調で言った。
しかし、そこには安堵と不安が入り混じっていた。
ヘルミが相談所に帰ってきときには日が沈みかけていた。
「お帰りなさい、ヘルミちゃん。」
アンネが出迎えると、ヘルミは自分が安心したのがわかった。
「アンネ、ただいま。会ってきたわ。ユーリいえ、ユリウスに。」
アンネはなんとも言えない顔をしていた。
自分がユーリの正体について伝えたとはいえ、本当に伝えてよかったのか、その答えはまだ出てないのであった。
その夜、ヘルミはアンネ、ノアに今日あったことを伝えた。
アンネは少々驚いたようだったがすぐに受け入れた。
問題はノアだった。終始無言であり、その表情は何を考えているのかヘルミには初めてノアが何を考えているのか
わからなかった。
それを汲み取ったのか、アンネは席を外した。
「ノア、何を考えているの?」
ノアは深くため息を着くとヘルミを鋭い目で見つめた。
「ヘルミさん、俺は反対です。もうサムエルのことから手を引いた方がいいと思います。
何を意地になっているんですか。中には逃げた方がいいことも休んだ方がいいこともあります。」
「そうね。でも、私はこのまま負けたくないの。私は私の信念を曲げないわ。
一度やろうと思ったことは責任を持ってやりとうしたいの。」
ノアはいつもはここで引いていたが今回は引かなかった。
「それに、あの男のパートナーってそこまでやる必要あります?これ、今度こそ失敗したらヘルミさんも相談所も終わりですよ。それにあの女だって。」
ヘルミはノアの言葉に止まった。これまではノアと二人だったのだ。でも今はアンネもいる。
「ノア、あなた優しくなったのね。」
「今、冗談を言うところではないです。」
ノアは静かに怒りを込めて言った。
「あなただけでも逃げることはできる。けどいつも私についてきてくれた。
ありがとう。感謝しているの。今回も私と最後まで居てくれるよね?」
ヘルミの問いにノアは何も答えなかった。
でも、この沈黙の中には当たり前という意思表示でもあった。
「でもそうね、あなたと二人で一生暮らすのも悪くはなさそうね。貴族とはいっさい関わらず暮らすのも楽しそう。
ノアなら、ヘルミ・デルフィーニではなく、離婚相談所の女主人でもなく、ヘルミとして私を見てくれそう。」
その言葉はどこか悲しさのような寂しさのような感情があるとノアは感じた。
ヘルミが大公家を去った後。
ハマハッキ大公の側近、ウリヤスはユリウスに問いかけていた。
「ユリウス、機嫌が良さそうだな。」
「そうだね。やっと問題が片付きそうだよ。それに彼女にハマハッキであることを伝えた。もちろん名前も。」
「名前まで伝えるなんてヘルミ様に相当本気なんだな。」
ウリヤスは長年一緒にいる友人の恋の進歩に少し喜んだ。
交渉に成功。しかし、まだ戦いは始まったばかり──




