第18話 サルメの訪問
ヘルミ、アンネ、ノア、ユーリでサムエルの突然の訪問に対する意見を交わしていたところ、相談所の扉が控えめにノックされた。
アンネが扉を開けた先に居たのは瞳に確かな決意を宿したサルメだった。
「少し、お話しできますか?」
サルメの声は静かで、けれどその瞳には嫉妬というより何か秘めた感情が宿っていた。
ノアとユーリは警戒するように威圧的な目で控えていたが、ヘルミは軽く手を上げて「大丈夫よ」と合図を送る。そして、ノアとユーリを置いて、ヘルミは彼女を今度は執務室に招き入れ、椅子を勧める。アンネは優雅に紅茶を淹れた。
「温かいうちにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「落ち着きましたか?……それで、どうかなさいましたか?」
「先日は取り乱してしまい、大変申し訳ございませんでした。」
サルメは申し訳なさそうに謝った。
「先ほど、サムエル様がこちらにいらしたそうですね。」
サルメの声は穏やかだったが、その指の先が微かに震えているのをヘルミは見逃さなかった。
「ええ、先ほどまで。」
ヘルミは表情を変えずに答える。
「何を話していたのですか?」
サルメの声は僅かに強張っていた。
ヘルミは彼女を観察した。
(──この質問の意図は何かしら?)
「少し昔話を。」
「そうですか……。」
ヘルミは慎重に言葉を選んだ。
「サルメ様……それが、あなたがここに来た理由なのですか?」
「……違います。」
サルメはきっぱりと否定した。
そして、彼女が意を決したようにヘルミを見つめた。
「ヘルミ様、私を助けてください。」
ヘルミは驚気を表に出さず、静かに問い返した。
「助ける……とは?」
「私は……離婚したいのです。」
サルメははっきりとそう言った。その瞳には覚悟が宿っていた。
「なぜ急に?」
「急ではありません。」
それからゆっくりと息を吐いた。
「サムエル様は……やはり、私のことを見てくださりません。私がどれほど尽くしても、どれほど彼に従ってもです。」
ヘルミは何も言わなかった。
「それでも構わないと思っていました。でも……今日、私は気づいてしまったのです。」
彼女の声が震える。
「彼が見ているのは私ではなく……ずっとあなたなのだと。私のことは一度も一切見てくださらないのだと。」
ヘルミは目を伏せた。それを聞いてしまえば、彼女を拒絶することはできなかった。
「ヘルミ様、本当に覚悟はおありですか?」
「ええ、私は、自由になりたいのです。」
「……分かりました。私があなたの離婚を成功させましょう。」
そう言った瞬間、ノアとユーリが部屋に入ってきた。
「マジか?」
「お姫様、本気で言ってるのかな?」
二人を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「本気よ。」
──この依頼、必ず成功させる。
それが彼女の決意だった。
「サルメ様の離婚を成功させるわ。」
ヘルミがそう宣言すると、室内の空気が一瞬で張り詰めた。
ノアは険しい表情を浮かべ、ユーリは表情こそ笑顔だが、目は一切笑っていなかった。
ユーリは乱暴に椅子に身を沈め、ヘルミに問いかけた。
「……本気か?サムエルがどれだけ執着しているか、わかってるだろ?あの男がサルメとの婚約破棄をすぐに決めるとは思えない。それに、何の目的があってサルメと婚約しようと思ったかもまだ十分に掴めてない。」
「ちょっと、何で私のことも、サムエル様のことも呼び捨てなのですか?」
そんなサルメの問いにも答えず、ユーリは続けた。
いつもは優しく丁寧に話すユーリの口調が荒々しかった。
「ええ、わかっているわ。」
ヘルミは静かに頷いた。
「でも、彼女が助けを求めてきた以上、私は答えたい。」
ヘルミはサルメを真っ直ぐに見つめる。
「ただし──これは簡単なことではない。あなた自身にも覚悟が必要よ。」
サルメは一瞬、ヘルミの圧に怯んだが強く頷いた。
「もちろんです。私は、もうサムエル様の元に戻るつもりはありません。」
「なら、話を進めましょう。」
ヘルミは紅茶を口に含み、改めて思考を巡らせた。
──離婚を成功させるには、いくつかの方法がある。
・夫の世間体、貴族社会での地位を揺るがす
・夫に愛人と再婚させたいと思わせる
・実家を味方につけ、匿ってもらう
など方法はあるのだが、サムエルのような男が相手では、並の手段では通用しない。
「ユーリ、ハマハッキ大公にいつお会いできると思う?」
ヘルミは今回もハマハッキ大公を頼ろうと思っていた。それに加えて、デルフィーニ侯爵家にはもう、迷惑はかけれなかった。
「……お姫様が会いたいと言えばすぐにでも会ってくれるんじゃいかな?」
ユーリはそう生返事をした。
こうして、サムエル・シーカとの戦いが本格的に始まった──




