第11話:運命の再会
翌日、ヘルミはサルメを応接室に迎え入れた。いつもは相談者は執務室に迎え入れていたのだが、サルメを警戒しても行動だった。
ヘルミがサムエルと離婚してから3年という月日が経っていた。この王国は王族以外は一夫一妻制である。愛人と共に妻と別居する例はあるが、それでも結婚はできないという仕組みだった。また、再婚する場合は未亡人などが多く、未婚の場合は何か弱みを握られているか、お金目当て、後ろめたいことがあるとも言われるくらいだった。そのため、サルメは未婚であり欠点はないと思ったヘルミは彼女を警戒していた。
陽光が差し込む部屋の中、サルメが静かに腰を下ろし、上品に手を組んでいた。その仕草はまさに貴族令嬢が手本にしたいようなしなやかさがあった。しかし、彼女の紫の瞳には、強い決意とどこか不安な影が滲んでいた。
「まずは、あなたの話を聞かせて。」
ヘルミはできるだけ穏やかな口調で促した。
「はい……。ですがその前にこの話は誰にも聞かれたくないので、できればヘルミ様と二人でお話しがしたです。」
その言葉にヘルミは驚いたが、よくある話でもあった。ノアがいると男性に萎縮して話しずらい、という女性もこれまでいた。
「承知いたしましたわ、サルメ様、ノアとユーリは下がらせましょう。ですが、私にも助手が必要なのです。アンネはいてもらってもいいですね?」そんなヘルミの有無を言わせない口ぶりにサルメは萎縮し、頷いた。
ノアとユーリが応接室を後にすると、サルメは話し始めた。
「私は彼との婚約破棄を望んでいます。」
改めて告げられるその言葉に、ヘルミは小さく息をのむ。
サルメ・カーミル伯爵令嬢──彼女はサムエルの現、婚約者であり、ヘルミの後妻となろうとしている女性だ。もし、彼女の望みを叶えるということは、つまりサムエルと再び対峙することを意味する。
(避けては通れない道ね)
ヘルミは決意を固め、慎重に質問を重ねた。
「婚約破棄を望む理由の聞かせてもらえる?」
サルメは少しだけ唇を噛みしめ、やがて口を開く。
「婚約式を終えた最初はうまくいくと思っていました。ですが、次第に彼の本性が見えてきたのです。」
彼女の指が震えたのを、ヘルミは見逃さなかった。
「どういう本性?」
「彼は……私を妻としてではなく、所有物として扱います。」
ヘルミの胸が、過去の記憶と共に強く締め付けられるのを感じる。
「あなたも……彼と結婚していたのですよね?」
サルメに静かに問いかける。その瞳には、確かな確信があった。
ヘルミは一瞬、サルメの意図を探るように彼女を見つめた。
「……ええ、私は彼の元妻よ。」
サルメはかすかに目を伏せた。
「やはり……。あなたなら、私を助けてくれると信じていました。」
彼女が小さく息をつくと、真っ直ぐヘルミを見つめた。
「どうか、私を助けてください。」
懇願する声に、ヘルミは少しの間沈黙した。そして、アンネはサルメの口ぶりと態度、表情に違和感を覚えた。
(普通、婚約者の元妻と顔を合わせること自体、気まずいはず。なのに、彼女は妙に親しげで、最初から相談を決めていたかのような口ぶりだ)
ヘルミは考え、静かに目を閉じる。
(……私はこの相談を受けるべきなのか?)
もし受けるなら、サムエルと再び向き合うことになる。彼は決して大人しく引き下がる男ではない。むしろ、自分の支配下にあった者が反抗することを許さないはずだ。
しかし──
(私はもう、彼に怯える女じゃない)
ヘルミはゆっくり目を開け、サルメに向き直った。
「わかったわ。あなたの力になる。」
サルメの目が大きく見開かれ、次の瞬間、彼女は深々と頭を下げ表情が安堵に緩んだ。
「ありがとうございます……!」
相談が終わり、サルメが去った後。
「おい、本当に大丈夫なんですか?」
ノアが不機嫌そうに応接室に入ってきた。それにユーリが心配そうに続く。
「サムエル・シーカを敵に回すんですよ?」
「今さらよ。彼とはもう相入れない存在だわ。」
ヘルミは軽く微笑んで答えるが、ノアの表情は険しいままだった。
「……奴がヘルミさんを潰しにきますよ。」
「わかっている。」
ユーリがソファに足を投げ出しながら、気だるそうに言葉を挟む。
「けどさ、お姫様、サムエルとやり合う覚悟はできてるんだろう?」
「もちろんよ。」
ヘルミの声には、微塵の迷いもなかった。
ノアは深くため息をつくと、短く言った。
「……俺はヘルミさんを守る。それだけは忘れないでください。」
「ありがとう、ノア。」
その言葉が、静かに部屋に響いた。
ヘルミはそっと指を組み、サムエルとの再戦に向けて心を固める。
(サムエル……私はもう、あなたに縛られない)
アンネはその間もずっと、ヘルミとサルメの会話について考えていた。
その決意とともに、彼女の新たな戦いが始まる──




