第10話 成功、そして新たな依頼
アンネの離婚が正式に成立したのは、それから一週間後のことだった。
「本当に、終わったのね……。」
離婚成立の書類を手にしたアンネは、信じられないといった表情で震える手を握りしめる。これまで夫の理不尽な振る舞いに耐えかね続けきた彼女にとって、この瞬間が夢のようだった。
「ええ、これであなたは自由よ。」ヘルミは微笑んだ。「もう、あの男に縛れることはないわ。」
「ヘルミ様……!」アンネは涙を浮かべながら彼女の手を握った。「本当に本当にありがとうございました!」
「あなたが勇気を持って前に進もうとしたからよ。私はただ、手助けをしただけ。」
アンネは感極まった様子で、そっとヘルミに抱きついた。その小さな体から伝わる震えに、彼女がどれほどの苦しみを抱えていたのかが伝わってくる。
「ヘルミ様、もう一つおねがしたい事があります。どうか私をこの離婚相談所で働かせてもらえないでしょうか?私、誰にも悩みを相談できなく辛い思いをしてきました。だからこそ、私も誰かの役に立つことをしたいのです。」
アンネは堂々と自分の意見を伝えたのが初めてありどきどきしながヘルミの返事を待った。
「もちろん歓迎よ。よろしくね、アンネ!」
ヘルミは驚きはしたものの、すぐにアンネの提案を受け入れた。
「はい!よろしくお願いします。ヘルミちゃん!」
「アンネ、ここの一員になるということはいろんな困難が待ち受けているわ。私のとっておきを教えてあげる。悲しいこと、落ち込むこと、自分を強く見せたいときは自分自身を着飾りなさい。私はここぞというときは高いヒールの靴を履くと決めているの。それはね、高くなった踵の分だけ、自身も誇りも引き上げられるからよ。だからね、アンナ、あなたも自分なりの着飾り方を見つけなさい。」
「わかったわ。ヘルミちゃん。」
アンネはヘルミに一生ついていこうと決めるのであった。
こうして離婚相談所に新たな仲間が加わるのであった──
一週間でいろんなことが動いた。
ハマハッキ大公が動いてくれたようで離婚が想定してたよりもスムーズに簡単に進んだ。
大麻の取引については貴族社会で明らかになることはなかったが、何やら大公の縄張りにちょっかいを出し、ロウタ男爵はハマハッキ大公を敵にまわしたらしい。という噂が社交界に広まっていた。
その噂を裏付けることになったのはハマハッキ大公家からのロウタ男爵に対する警告文が表に出たことだった。また、大公自ら、今回、警告だけで終わらせるのはアンネの説得があったからだと発言したことで、アンネは貴族社会でロウタ男爵家を守った聡慧な女性として広まった。
それに加え、これまでのピエタリ・ロウタの不倫、借金、放漫さが社交界に広まることとなった。さらには、アンネの離婚を支持する声が高まったのだった。
──これで、アンネはあたしい人生を歩み始めることができる。
だが、ヘルミの胸にはまだ一抹の不安が残っていた。彼女の相談所に対する訴えは、まだ取り下げられていない。今はまだ問題が表面化していないが、これで終わりではないことはわかっていた。
敵は、必ず次の一手を打ってくる。
アンネの離婚成立の噂はまたたく間に貴族社会に広がった。これまで離婚なだ考えもしなかった女性たちが、次々とヘルミの相談所を訪れるようになった。
そして、その中の一人が、ヘルミの運命を大きく変えることになる。
「失礼します。離婚の相談に乗っていただきたいのですが……。」
相談所の扉を開け、静かに歩み寄る女性。
彼女は長い金髪を結い上げ、美しく上品な紫のドレスを纏っていた。
ヘルミは彼女の顔を見て、一瞬息をのむ。
「……あなたは。」
「サルメ・カールミと申します。そして私は婚約者のサムエル・シーカ侯爵との離縁を望みます。」
サムエル・シーカ──その名前を聞いた瞬間、ヘルミの心臓が大きく跳ねた。
涼やか瞳でヘルミを見つめるサルメ。
彼女の婚約者のた名前は──サムエル・シーカ侯爵はヘルミの元夫だった。
その夜、ヘルミは自室の机に座り、震える手で紅茶のカップを持ち上げた。
(……まさか、サムエルの婚約者が、私の相談所を訪れるなんて)
信じられない偶然だった。いや、これは偶然なのだろうか?
何かの罠かもしれない──そんな疑念が頭をよぎる。
「ヘルミさん、大丈夫ですか?」
「ヘルミちゃん、大丈夫?」ノアとアンネがヘルミを心配そうに見つめる。
「……サムエ・カーミル伯爵令嬢…彼女がサムエル・シーカについて相談に来たわ。」
サムエル・シーカという名前を聞いたノアの表情が一変する。「アイツの新しい婚約者か?」
「ええ、彼女は彼との婚約破棄を望んでいるのよ。」
ノアは眉をひそめ、考え込むように腕を組んだ。
「その話、本当に信用できるんですか?もしかしたらアイツの差し金かもしれないんですよ。」
「……私も、それを考えているわ・」
サムエル・シーカ侯爵──彼女の元夫であり、冷酷な貴族。
かつて、彼との結婚生活は、ヘルミにとって地獄だった。彼は完璧な貴族、愛妻家としての仮面を被りながら、彼女を徹底的に支配した。
(私はもう、あの頃の私じゃない)
ヘルミは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「まずは、サルメ様の話をじっくり聞くわ。そのうえで、彼女の本心を見極める。もし、本当に困っているならば助けないわけにはいかないわ。」
ノアはしばらくヘルミを見つめた後ため息をつき、ヘルミの意思の強さを感じ、ふっと口元を緩めた。
「まあ、ヘルミさんなら大丈夫だろう。……でも、何かあったらすぐに言ってください。」
「そうだよヘルミちゃん!私がついてるからね。」ノアに続き、アンネもヘルミを応援した。
「ありがとう。ノア、アンネ。」
ヘルミは再び机に向かい、そっと目を閉じた。
(……サムエル。私はもう、あなたに支配されるつもりはない)
新たな戦いの幕が、静かに、だが着実にあがろうとしていた──




