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取引(ビジネス)

 大型トラックの乗り心地は子供がゲロを吐くほど悪い。おれは大人だからじっと耐えるが、それでも胃袋の奥がむかむかとしてくる。運転手のハンドルさばきが荒っぽいせいでもあるだろう。

 三つ編みは大型免許を持っていたらしく貨物の運搬役を買って出たが、普段乗り慣れてないのかブレーキとアクセルの踏み方が雑。その度に車両全体が激しく揺れる。貨物が重いためその反動が胃にずしんとくる。ドリンクホルダーに緑茶を差してあるが、飲んだら吐いちゃうだろう。まじで勘弁してほしい。

 真ん中に座るシャオレンは平然とした顔だ。珍しくスーツなんて着込んで、澄ましてやがる。


 この日に到るまでの間、富豪のビジネスを次々と管理下に置いた。


 富豪は穀物をはじめとする戦略物資の取引に携わっていて、福岡の中心街にオフィスを構えていた。九州農政局を筆頭に大口の取引先を抱えており、九州各地に営業所と倉庫を所有し、商売の裾野は思いのほか広いことがわかる。


 そこでシャオレンができることといえば、倉庫に詰まった戦略物資の注文に決裁を出し、会社を円滑に動かすこと。だが決裁に到る流れはほとんど自動化されていて、専用のアプリを入れるとあとは決裁ボタンを押すだけ。ほんとこれしかない。ほかに注文を承諾すべきかどうかを検討する会議もあるが、これもオンラインでやれた。


 とはいえ富豪が不慮の死を遂げた以上、社員たちの動揺を抑えるにはオンラインでは足りない。だからシャオレンが新たなボスであり、おれたちがその補佐であることを周知徹底すべく、最低でも半月はオフィスで働く必要があった。何十社とある取引先と連絡をとり、ビジネスがこれまでどおり継続することを告げつつ、相手の心配を取り除いた。


 その程度のことならシャオレンひとりでも正直足りると思われたが、仕事をしてわかったのは彼女は根っからの人間嫌いである。嫌いというより、ストレスであるというべきか。


 小さな学校の生徒数を超えるであろう関係者と社長は顔をつながねばならない。見るからに気が滅入る様子のシャオレンは会議での口数は少なく、進行や取りまとめはおれがやった。三つ編みは社員から情報をかき集め、提案書をエクセルで作り、主に説明を担当した。それらを黙って見守るシャオレンは、薪ストーブの焚かれた部屋で居眠りなどはじめる始末。初対面で感じたオーラにちょっとだけ心動かされたが、仕事のできないおバカなのかと少々呆れた。


 おれと三つ編みのことについても話そうか。契約書にサインして早々、二人で博多にあるデパートへと赴き、最高級のスーツを買った。一般的なボディガード、つまり民間の除霊師はいわゆる黒服のような地味な格好を好むが、おれは見た目重視でおしゃれに全振りし、三つ編みにも同意させた。


「せっかく貰った手付金をこんなことに使ってよかったのか?」


 目的を終えて昼ご飯が食えそうな店を捜すおれに、三つ編みは困惑を隠そうともせずいった。英国の老舗ブランドによるスーツは生地も仕立ても抜群によく、まるでオーダーメイドのようなサイズ感。三つ揃えのルックスは除霊局の制服とはまた違った魅力を放つ。支給品の赤いマフラーとの相性もばっちりだ。


 とはいえ除霊師であるにもかかわらずスーツを選んだ理由はそれだけではない。


「学生時代にいろんな作品を観てさ。イチ推しの作品にスーツを着たスパイが爽快に暴れまわる映画があって、除霊師として戦うんだから絶対スーツと思ったわけよ。スーツはサバイバルにもむいててさ、最強の戦闘服という噂すらある。これは漫画に出てくる話なんだけど」


 オタクぶりを発揮するおれに三つ編みの野郎は、「理由はともかく、散財は散財だろ」と早足で歩きながらぼやく。この頃になるとビジネスにおける三つ編みと自分の立ち位置も見えてきて、シャオレンの秘書という立場で働きつつ、社員と一線を画している。むろん最終的に自前の組織を持つ目的に即した動きだ。秘書という権力に寄り添う肩書きも黒幕らしくて非常にいいよな。


 結局、昼ご飯の店は三つ編みが「うどんにしよう」といい張るので了承した。福岡といえばとんこつラーメンだが、何日も食い続けるとさすがに飽きてしまう。うどんも福岡名物らしく趣向を変えてみようと思ったのだ。


「お前さ、こないだの悪霊戦でバカみたいに強かったけどさ、過去に何かやってたの?」


 注文したごぼ天うどんをすすりながら、おれは三つ編みに対して聞いた。気温はやや肌寒く、足元に練炭が置かれている。電力こそ原発で賄われているものの、化石燃料の輸入はほぼ途絶えており、利用制限でエアコンは使えない。


「一応剣道の有段者だ」


 三つ編みの野郎はそっけなく答え、肉うどんをガツガツ食う。箸を握る指には洒落たリングがはめてある。

 その答えを聞き、「おれはボクシングやってたんだ」と相槌を打つ。三つ編みは「へぇ」といったあと、再びうどんをガツガツ食う。まるで飲み込むような食い方だ。


 互いのバックグラウンドを知り、共通の話題もできたことで、会話を弾ませることもできた。しかしコイツはどことなく“話しかけるなオーラ”を放っており、話の糸口が見つけづらい。有能な逸材だと見込んだが、友達にはしたくない相手だ。


「そういえばお前、ハンギファンって名前だったな。韓国人なのか?」


 頭の片隅にはあったものの、多忙で忘れていた疑問を投げた。何年前かは覚えてないが、在日韓国人に限って、二重国籍が取れることになったとされる。コイツもそうなのかとあたりをつけたが、予想どおりの答えが返ってきた。


「国籍は二つ持ってる」


 口数が少ないのはデフォルトなのか、三つ編みは短くいい、セットで頼んだかしわ飯をガツガツ食らう。


「この店いいな。肉がどれも本物だ」


 自分から言葉を発したかと思ったら、料理に関する独り言だった。コイツおれと会話したくないんじゃねーか?


 こんな具合でじつに打ち解けづらい三つ編みだが、おれはコイツに対し細心の注意を払っていた。仕事に対する報酬はきっちり同額。タメ語で話しかけ、対等の関係を意識づける。あえて会社のような組織も作らず、意見には耳を傾け、独断は下さない。


 とはいえこれらは煙幕みたいなもので、おれはいちばん大事な部分をグリップしていた。あらゆる件についてシャオレンと交渉する権利だ。それさえ握っていればこっちのもの。力の差は覆せない。


 福岡名物のうどんは想像以上に美味くて、三つ編みは満足げな顔で食い終え、「ごちそうさま」と両手を合わせた。おれも同じポーズをとった。

 三つ編みはそのあと、灰皿を引き寄せてたばこを吸いはじめた。コイツ喫煙者だったのかと眉をひそめたが、富豪の雇っていた社員に喫煙者がいないはずもなく、オフィスのどこかに喫煙所があるのだろう。おれが知らないだけで。


 大量の紫煙を天井にむけて吐きながら、三つ編みはふとこちらに目を合わし、「こないだの戦闘でも思ったが、お前はいろいろ考えすぎだ。もっとシンプルにやったほうがいい」と意味ありげなことをいった。


 コイツが仕事以外の意見を述べたのはそれがはじめてだ。おれは優秀すぎて人に忠告されるのは滅多にないが、警察大学校の研修ではかなり痛い目を見た。だから人の吐く言葉におのずと敏感になっていたのかもしれず、「そうだな。そうかもしれないな」と頷いた。いろいろ考えすぎ。そんなつもりはないのだが。


「あと最初から気になってたが——」

「なんだよ?」


 ここぞとばかりに饒舌になった三つ編みは、煙をくゆらせながらドキッとするようなことを口走った。


「お前、人を殺したことのある顔だな。知り合いにとてもよく似てる」


 喫煙を終えた三つ編みはたばこを消し、おれは会計にむかって金をゴールドで支払った。

 悪霊との戦争が人類社会を蹂躙した結果、株が紙くずとなり、不動産が焦土と化したことで、ゴールドや穀物、及び生存に直結した戦略物資が価値を持つようになる。日本円もその流れに抗えず、人々はゴールド、つまり金貨を使用するようになった。おれはお釣りを銀貨と銅貨で受け取り、財布をポケットにしまった。


 そんな数日前のことを思い出しているうちに目的地に着いた。福岡市西部にある海沿いのエリアだ。


 金持ちの住む場所は市街地か遠く離れていることが多く、今回の取引先も小さな半島の先端にあった。付近の樹木は軒並み刈られており、場違いなほど高いビルが遠くからも見え、到着する前からそこが相手方のオフィスであることがわかる。


 大型トラックが通れるほどのゲートを通過すると、出入口にした警備員が誘導をはじめ、ビルの裏手にある倉庫への案内された。所定の場所にトラックを横づけすると、車を停めた三つ編み、シャオレン、おれの順序で外に出る。海の近くにあるため、かすかに潮の匂いがした。警備員は二人いて、どちらからともなく「お疲れさまです」と声を上げ、おれたちをビルまの受付まで通した。彼らは同時にセキュリティチェックもおこなう。


 シャオレンの護衛という立場上、腰には日本刀を差しており、最初は帯刀を咎められた。しかし戦時下でそのような言い分が通るはずもなく、警備員はふて腐れながらこちらの体を隈なく調べた。

 除霊師から武器を取り上げてどうすんだと文句を垂れたが、その不満はついでちょっとした驚きへと変わる。


 受付の人間は「ご案内いたします」と述べ、おれたちをエレベーターホールへと連れていく。そのとき一階のフロアが否が応でも目に入った。利用したのは一度きりだが、外資系ホテルのラウンジにしか見えない。三つ星とか五つ星とかそういうの。ほどよく暖房の効いた空間のあちこちで商談がくり広げられている。


 そんな連中を尻目にエレベーターに乗り、受付係は最上階のボタンを押した。まあ意味はバカでもわかるだろう。

 ゲートにいた警備員は体格がよく、この受付係もサイズが大きい。とはいえコイツらが除霊師でないことはすぐさま理解した。良くも悪くも緊張感がない。


 やがて最上階に着き、受付係の先導で突き当りのドアにむかった。このフロアにそれ以外のドアはなく、全身に密閉空間のような圧を感じる。それでいて天井は抜けるほど高く、ピラミッドの内部にいるかのようだ。


 この取引先に行くと決まったとき、シャオレンは頭を抱えていた。彼女がいうには、父親である富豪は闇取引をしていたらしく、会社の帳簿に載らないビジネスパートナーが複数判明したとのこと。


 そのなかでもっとも取引額が大きい会社のボスから電話があった。ボスがいうには富豪の亡くなる以前から御社とのビジネスに不満を抱えており、関係がこじれてたが、解決間際だった。交渉の続きを進め、新たな契約を結びたいと。


「どうしたらいいでしょう?」


 想定外の闇取引が発覚して、シャオレンはうろたえていた。自分の社員すら持て余す彼女にとって、怪しげな人物とのビジネスなど願い下げだろう。だが逃げるわけにもいかない。つまりおれたちの出番だ。


 受付係はドアにぶら下がったベルを鳴らし、ボスの返事を待っていたが、程なくして「はい」という声が聞こえた。九州農政局の担当者が電話に出たの際の声に似ている。この時点でおれは少し違和感を抱く。


 ボスの返事を合図に受付係がドアを恭しく開き、(シルク)のスーツを着たシャオレンが先陣を切る。その次に三つ編みが入室し、最後におれ。ぶっちゃけ順番はどうでもいいが、相手はそう考えないだろう。


 ピラミッドの内部にある部屋は、思いのほか狭く、政治家の執務室を連想させた。ガラス張りの窓からは曇った空が見え、全体的に薄暗い印象。手前に応接用のソファがコの字に置かれており、その向こう側に飴色のデスクがあって、部屋の主人がパソコンをいじっている。


 闇取引の相手と聞いてどんなやつをイメージするだろう。シャオレンの狼狽が物語るように、一般的には避けて通りたい連中、見るからにこわもてな男、剃刀のような切れ者、そんなところだろうか。


 けれど目の前にいるボスはそのどれとも違っていた。シャオレンの会社にもごろごろいた普通のサラリーマン、という表現がぴったりくる。ひと目でわかる安物のスーツを着て、冴えない顔をし、キーボードを叩いてる。サラリーマンと唯一違う点は、隣にボディガードと思しき黒人の男がいることだ。そのピリついた雰囲気から、彼が幸運の置物でないことは明らかだ。


 平凡な面構えのボスは「お好きに座って」といい、ようやくパソコンから目を離して、椅子から立ち上がった。身長は普通、髪型も普通、覇気も特にない。いまにも上司にペコペコ頭を下げそうな男が本当に闇取引のボスなのか。本当ならおそらく反社の人間なのに。


「何か飲み物は?」とボスが聞いてきた。くつろぐ雰囲気でもないので黙っていると、シャオレンが「お構いなく」と答えた。三つ編みの野郎はソファにふんぞり返り、たばこのケースを取り出した。

 ここで吸うのかよと呆れたが、シビアな交渉にむけたコイツなりの演出かもしれない。事前の想定に比べ不確定要素が多すぎる。おれはとにかく情報をかき集め、自慢の頭を高速回転させた。

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