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拉致

 無敵の記憶力を誇るおれだが、最後の日に何が起きたかおぼろにしか覚えてない。頭に怪我を負ったからだ。


 おそらく銃弾のようなものが頭部をかすめ、脳が揺れていたと思う。部屋の景色も揺れている。流れ出した血で視界が真紅に染まり、闇雲にナイフを振った。けれど手応えはなかった。


「今日はお客さんが来るから、外に行こう」


 お前にそんなふうにいわれ、ソファを立ち上がったところだった。不意打ちも不意打ち。おかげで敵が何人いたかもわからない。サイレンサーがついていたらしく、銃声は聞こえなかった。白昼堂々。いちばん気を抜く時間帯だ。


 ハクはどう対処したのだろう。ここら辺から記憶が怪しくなる。おれに暗殺者としての才能を見出した慧眼は、身に迫る危機を察していたのか、完全に油断していたのか。

 ぼんやりとではあるが、緑茶の湯呑みが倒れ、ハクが突っ伏していた。銃弾を避けたのかもしれない。だが違うイメージのほうが正解であるように思う。


 区長を殺したのがいけなかったのか。いまにしてみればそう感じる。ハクがコントロールしていたとはいえ、24区の権力構造は複雑に入り組んでいた。おれはうっすらとだがそれを理解していた。しかし襲撃者の顔が思い浮かばない。


 血だらけになって無様に逃げ惑った。初めてちゃんとした仕事を貰い、実績も積んだ。どん底の生活から抜け出し、この“空のある監獄”で生き抜く自信さえ身についていた。けれどそれはあまりに儚い錯覚だったのだ。砂上の楼閣。崩壊の瞬間はじつに呆気ない。


 それでも応戦した。お前とハクを守り、ふたりが逃げ出す隙を作ろうとして。

 実際のところ、ハクはもう死んでいたかもしれない。記憶はさらに怪しくなって、連写した断片のようになる。

 ハクの後頭部が見える。お前はどうしていただろう。泣いていたような気がする。涙を見た覚えはまるでないが。


 おれはなぜか腹部に鈍痛を感じ、昼間に食べたものを全部吐いていた。そして床に組み伏せられていた。おそらく襲撃者は複数いたものと思われる。

 何だか一人前になったつもりでいたが、思い上がりだったのだろう。凄腕の暗殺者ならせめて一矢報いたはずだ。

 けれどおれは体勢を入れ替え、天井を見るのがやっとだった。

 置き去りにしたはずの元のハエに戻ってしまった。シンデレラの魔法が解けたのだ。


 思い出すのもつらい記憶たちをめくっていくと、印象的な断片が目の裏に映る。つながりはなく前後も不明だ。


 襲撃者のなかに突然、警察官が現れた。最初から同行していたのかもしれないが詳細はわからない。そいつはお前を抱きかかえ、どこかに拉致しようとしていた。お前は必死に抵抗するがそいつは微動だにしない。シルエットは細身だが腕力が強いのだ。


 視界が揺れていて顔が見えなかった。除霊局の制服を着ていたかもしれないし、巡査服だったかもしれない。記憶はどこまでも曖昧だ。

 体格的に女には見えず、男だと思った。奇妙なのは、そいつの背中に翼が生えていたことだ。

 遠くから“カトウ”と呼ぶ声が聞こえた。そいつは後ろを振り返る。お前は暴れだしたが腹を殴られてぐったりした。


 覚えているのはここまで。気づくとおれは23区の施設にいた。児童虐待、及び違法就労からの保護。そういう扱いになっていた。


 あの日を境に運命はがらりと変わった。おれは区外の進学校に編入した。直前におこなわれた検査で知能指数が飛び抜けて高いのが理由だ。

 お前がいうには、人は皆ひどい目にあうと「なぜ?」と理由を求めるらしい。そんなものないとわかってないのだ。何かが起きたら状況に全力で適応する。それだけが唯一のあるべき生き方だと。

 おれも同感だが、すべてを捨ててしまうほど愚かではなかった。人間には心がある、忘れてはいけない心が。すべてがかけがえのないものだった。どんなかたちであっても報いなければならない。


 進学校に席を置いた理由を、おれはすぐさま見出した。黒幕になりたい、ハクのようになりたい。そういった憧れをいまを生きる動機に変えた。悪霊戦争が本格化しても心変わりはなく、歴史的使命とか興味はゼロだ。


 学歴をめぐる競争に打ち勝ち、世代の頂点に立てば、警察省に入れる。権力の階段を昇る資格を得て、発言力を積み重ねていき、やがて望んだとおりの地位に就く。

 トップになる必要はない。絶対的なナンバー2でいい。トップを盤石にすることに全力を注ぎ、彼の個人的な相談役になればトップ本人も逆らえない構造ができる。


 そしてもし警察官僚になることができれば、おれは見つけ出せると思ったのだ。“カトウ”と呼ばれた警察官を。そうすればお前の行方を突き止め、助け出せるはずだと。


 そんな目論見はしかし、警察省をクビになったことで振り出しに戻っちまった。ゲームオーバーかもしれない。一時はそんな弱気が頭をよぎったけど、おれは自分が思っているよりタフな男だった。


 警察のなかにいなくてもいい。ハクのようになればいいのだ。梅干しを食いながら緑茶を飲み、雇った手駒を使って目的を達成する。実際そのほうがはるかに黒幕らしい。


 頭を切り替えることでおれのなかでイメージが固まった。悪霊を殲滅する私的な組織を構築しよう。

 優秀なやつを雇うにはゴールドが必要だ。金を手に入れよう。パトロンを見つけるのも悪くない。違法なやり方さえ手段のひとつだ。


 ハクはトップの個人的な相談役としてトップを操り、24区を支配していた。この国を支配するには警察に人脈を作り彼らにとって欠かせない人間にならねばならない。

 悪霊の殲滅はそのための階段を用意してくれるだろう。表の出世とはべつの裏ルートだ。


 おれ自身が除霊師としてどこまで通用するか、正直執着する意味はないだろう。会社のトップは己にできないことを他人にやらせてゴールドを稼ぐ。手駒が強ければいい。おれはそいつらの頭脳になる。


 黒幕になるという野心の道筋は見えた。あとは個人的な願望だけだ。

 警察とコネクションを作ることさえできれば、“カトウ”と呼ばれた警察官を捜すことは難しくない。彼らの組織力をもってすればむしろ簡単だろう。

 やつをとっ捕まえて吐かせる。お前の居場所を。そしてこの手に必ずや取り戻す。

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