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密談

 お好み焼き屋のあるビルの屋上。

 周囲はネオンの渦で、照明がなくても十分明るく、むしろ光に満ちた楽園だ。

 ここは電力制限とかないのか? 帝都ですら暗いとこは暗いのに。


 飲み屋が多いのだろう、人のしゃべる声がざわざわと騒々しい。寒波がきてるせいか、肌を刺す空気は冷たく、夜空には凍てついた三日月が輝いてる。見えるはずの星々は見えない。


 おれは喪服の上にコートを羽織っていて、屋上に落ち着く場所を捜す。テーラーで仕立てたスーツは防寒性がめちゃくちゃ高かったが、カシミアでできたコートは一段上をいく。高価なものは見た目以上に中身があっていいよな。シャオレンの資金力はまじありがてえ。


 隅っこのほうに喫煙所と思しきベンチがあった。そこに座り、両手に抱えたぬいぐるみに話しかける。


「二人きりで話したいことって何だよ?」


 ぬいぐるみとは、すなわちヒトラーだ。おれはやつの申し出を受けとり、他の面々が酒を飲むなか席を外した。


「端的にいう。二兎を追う者は一兎も得ずだぞ、小僧」


 おれの膝元に座ったヒトラーがやけに強い調子でいった。

 ぬいぐるみの分際で、生意気な目つきに腹が立ち、「はあ? なんだ今更」と返してやった。


 おおよそ文句か説教かと思っていたが、両方だった。ジジイはそれ以外にやることないのか、と呆れたわ。


「話は最後まで聞け」


 カッとなっていい返してくるかと思いきや、ヒトラーはむしろ穏やかになった。恐ろしい本性を持つ者ほど、気まぐれのように紳士的に振る舞う。コイツもそういうタイプなのかと思い、おれは話を続けさせた。


「貴様は出世を望んでおるようだが、いまのままでは捨て駒である。警察にいれば周りに防衛義務が生じるが、外部にいては援護は期待できん。それに独自の動きをとりたくても束縛が生じる。両方にいい顔をして利益を引き出す、それは賢い判断に見えつつ、貴様が困る選択にほかならん」


 ピシャリ、と音が鳴るような正論だった。さすがのおれもしばし言葉を失う。いや、そんなわけがない。


「バカだな、ちゃんと考えてるさ」


 おれはぬいぐるみの頭を撫でまわし、ヒトラーの思い違いを解いてやる。


「警察の援軍なんて最初から期待してない。そのために大金を積んで助っ人をひとり雇う気でいる。さらにいえば、完全な自由なんてないと思ってる。お前、存立危機事態って知ってるか?」

「はて、知らんな」

「ヒト型悪霊の上陸によって国が危機に陥ったとき、警察は民間の除霊師に指示を出せる。危機が深まって帝都が脅かされたときは警察の命令体系に組み込まれる。法律上の規定とはいえ、どっちにしろ完全な自由はないんだ」

「なんだそれは、警察の思うがままではないか」

「日本はそういう国なんだよ。だから警察とはパイプをつなぎつつ、こちらの言い分を通すのが正解になる」


 おれが腹の内を明かしたことでヒトラーは納得したようだった。その証拠に生意気な目つきは影をひそめていき、鼻下に貼った黒いテープがひくひくと動く。


「一戦交えて成長したか、元来の資質か。そこまで思慮が及んでおるならもう何もいわん」

「お前こそ、おれの身を案じてくれて感謝する」

「契約者が死ねば悪霊である我も死ぬ。べつに貴様の身だけを案じたわけではない」


 おれが頭を撫でるとヒトラーはつれない台詞を吐いて、そっぽをむいてしまう。ジジイのお気持ちなんてわからねえが、年端もいかない若造にいいくるめられて気分を害したか、あるいは威厳を示す態度なのか。どちらにしろ犬のぬいぐるみに封じられてるいま、愛くるしい動作にしか見えない。


「ところでさ、ヒトラー。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 ビルの隙間から浮かびあがるネオンの光に目をやり、街の喧騒を耳にしながらおれはいった。話を変えるだけの時間は十分あって、満を持してから疑問を投げかける。沈黙など何の意味も持たない空間で。


 その疑問は本来、森田にぶつけてもよかった質問だ。しかしおれは、やつを心から信用していなかった。


「信長の野郎がさ、交渉中に妙なことをいってやがった。それがずっと引っかかっていてさ」

「三郎が?」

「ああ。やつはおれにいったんだ、この戦争で生き残った人類には“常こしえ”が与えられると。悪霊の占領地では何が起きてる? 常しえって何だ?」


 謎の追求はおれの仕事でなく、信長の発言自体は放置した。そもそもやつは悪霊の所業について語ることはなかっただろう。しかしヒトラーは違う。コイツはおれと契約を交わし、人類の側についた。命令すれば逆らえないだろうし、謎の解明は今後の戦いも左右する。


「我ら悪霊は天地統一を目指して戦っておる。それ以上でも以下でもない」

「嘘をつけチョビ髭。本当のこといわねえとぬいぐるみごと燃やすぞ」

「脅迫する気か!?」


 怒声をあげたヒトラーが逆上し、おれの顔面をポコスカ殴ってくる。まったく痛くない。回転のいいパンチを何発か当てたあと、ヒトラーはおのれの無力を悟ったのか大きくため息をついた。


「小僧、神の国というものを知っておるか?」

「なんだ。宗教の話か」

「宗教ではない、事実である」


 ヒトラーはおれに尻尾をむけ、ビルの群れを眺めた。いかにも深刻な話をはじめる前触れのように見えた。


「我らが天地統一を成し遂げたあと、地上に神が降臨する。もうすでにしておる、という噂もある。神はあるべきかたちとなった地上を祝福し、すべては常しえになる。生き残った人間はその一部となり、永遠となる」

「永遠?」

「そのとおり。常しえとは永遠の意味にほかならん」


 何度も聞かされて鬱陶しいだろうが、おれはすこぶる賢い。だからいまのやり取りで問題のアウトラインを正確に掴んでしまった。

 悪霊が占領地で起きていることを秘匿する理由がストンと腑に落ちたのだ。やつらが秘密にしたんじゃない。人類の側が隠したのだ。何も知らない普通の国民から。


「てことは、森田の野郎は知ってるな」

「どうであろ。亡命した者は事実を知らず、悪霊が教えたとも思えん。我のように敵の手に落ちた者がいたとすれば、あるいは事実は伝わったかもしれんが——。とはいえ小僧、貴様のみ込みが早いな?」

「大したことねーよ。お前が真実を口にするって確信があったんでね」


 褒めたれたところで嬉しくはないが、こちらを振り返ったぬいぐるみの頭を軽く撫でる。しかしおれの心はいまのやり取りで急速に曇っていく。


 まず第一に、森田につかない判断は正しかった。推測に間違いなければだが、やつは悪霊が人類を征服しにきた本当の理由を明かしてない。そんな重大な秘密を抱える相手を信用なんてできないだろう。


 なぜ森田の不作為を責めるかというと、それが二つ目のポイントと関わる。


 ヒトラーが教えた話はある知識を連想させた。一神教に信じられている審判の日という考えだ。

 きわめて単純化していうと、審判の日に神が降臨し、生き残る者とそうでない者を分け、神の国を樹立する。それは永遠に続く極楽みたいなもので、同時に死者が復活するという教義もあるとかないとか。


 その辺はヒトラーの話に出てこなかったし、実現の有無はわからない。少なくともいえるのは、戦争の全体像は理解している以上に非常識ということ。くわえて悪霊が人類を絶滅させにきたというイメージを覆すものであること。


「とはいえ、悪霊が人類を殺しまくってるのは動かせない。救世主ヅラする気はないけどな」

「我も貴様が心変わりするとは思っておらん」


 急に不貞腐れたのか、ぬいぐるみは膝のうえで丸くなった。可愛げがあるのかないのか、よくわからない男だ。


「ところでヒトラー」

「なんだ」

「お前、契約の際に“条件がある”みたいにいってたよな。天地統一を邪魔するなと。そいつは神の意思に反するんじゃねーのか?」


 そう、いつの間にすっかり馴染んでいるが、コイツは支配者に就くという野心を語った。審判の日が訪れても訪れなくても、頂点に立つということだろうか。前者だと神の上に君臨することが目的となるし、後者の場合は地上の王こそがゴールとなる。


「どうであろな。ただ我はあらゆるものの上でありたい、と思うだけだ。天獄と地上を含めたあらゆるものの上にな」


 しゃがれ声を響かせ、だがあまりにも素っ気なくヒトラーはいった。コイツの波乱万丈な前世を知っているおれとしては、思い上がりや自惚れには聞こえない。


「いずれにしても、だ。神って野郎が絡んでくるならこっちにも対策がある。悪霊がそれをどう利用し、これまで人類の領土を征服してきたか薄々わかってきたよ」


 賢者は一を聞いて十を知るという。

 わからないのは生き残った人々の処遇だが、それをいま考えても意味はない。


「ほう、神に抗う術を見出したとでもいうのかね?」


 こちら側を振りむき、皮肉っぽい言い方でヒトラーが口を挟んだ。


「攻略法っつーのかな、悪霊との戦い方がおぼろげに見えてきた」

「ふむ。どう戦う気か?」

「お前がそれを知る必要はない。一緒に戦っていれば否が応にも理解できる」


 相手の気を引くようなことを洩らし、ぬいぐるみを抱えてベンチを立った。ヒトラーとしたら話をいいところで切り上げられ、モヤモヤとした気分が残ったことだろう。


「詳細は教えんつもりか。貴様、友達が少なかったであろ?」

「いた気もするし、いなかった気もするな」

「それはいたうちに入らん。どう考えても性格が悪すぎる」

「まじか? 生まれてはじめていわれたよ」


 気づけばテンポのよい掛け合いをくり広げている。ヒトラーとおれは思いのほか馬が合うのかもしれない。


 初対面で感じたとおり、コイツと出会ったのは宿命だったのだろうと思う。

 ルサンチマン。

 そんな人類の敵に落ちぶれながら、勇躍する視界が目の前には広がってる。やはりピンチはチャンスなのだ。


 お前やハクと出会って失った家族を取り戻せた。ヒトラーは一体何を取り戻させてくれるのだろう。家族はもういらない。友達もほしくない。

 おれをナンバーツーとして遇するハリボテの王になってくれればそれでいい。


 ヒトラーか、それとも帝か。

 黒幕として遇するなら、トップに立つのはだれでもいい。

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