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終末の音

 お前も知っているだろうが、日本は警察国家だ。それも筋金入りの。


 国中のあらゆる組織に警察の人間が入り込んでいる。国のトップも警察官僚出身だ。そんな真似が許されているのは、警察が悪霊(あくれい)との戦争の最前線に立ち、みずから命を懸けてきたから。


 悪霊といえば人を呪う架空の存在みたいに思われてきたけど実際は違う。地上に現界した悪霊は受肉し、れっきとした体を手に入れて人間を襲う。なぜなら悪霊にとって人間は、活動を維持するための捕食対象だから。


 やつらは遥か昔から人の世にまつろわず、絶え間なく害をなす災厄だった。

 その頃から特殊技能を継承する除霊師がおり、彼らは人知れず悪霊を狩り続け、国と領民の命と安全を守ってきた。


 近代国家ができてから、除霊師は警察省の管轄となり、紆余曲折を経て徐々に国民に知られるところとなっていった。


「悪霊トハ、モノト生物ノ融合セル形態ヲ有シ、人類社会ニ害ヲ与エシムル霊的存在。職員ハ其ノ殲滅ヲ使命トス」という警察設置法第37条の文言が示すとおり、悪霊はその存在を公に認められ、国家公認の外敵と再定義された。


 けれど本当の意味でやつらが認知されたのは、あの事件がきっかけだと思う。


 ――横田事件。


 いまから20年前。まだ横田に米軍基地があった頃、その上空に突然、超巨大悪霊が出現した。

 悪霊は防壁と呼ばれるバリアを持ち、通常兵器では太刀打ちできず、除霊師が呪術的に倒すほかない相手である。


 ところが専門の除霊師部隊を配備してなかった在日米軍は、ここで未曾有の大惨事を引き起こした。

 付近の住民からなる死者3万5千人以上。超巨大悪霊を基地の外へ追い出したことで、福生から昭島に及ぶ一帯は文字どおり血の海になった。


 この事件はいくつかの点で戦後日本を根底から覆したとされる。


 一つめは国民の爆発的な怒りを買い、米軍が国内基地をすべて放棄したこと。

 二つめは警察省除霊課の警察官、なかんずく部隊を率いる一人の警視正が超巨大悪霊を駆逐して一躍英雄になったこと。

 三つめは超巨大悪霊のあとに続くように、大小無数の悪霊が日本中に跋扈しはじめ、その活動範囲は全世界に及んだこと。


 悲願である米国から独立を勝ち取った我が国は、その勢いで英雄が国のトップに就き、熱狂的な民意を得て悪霊との戦争を布告した。

 日本が急速に警察国家化したのはこのときである。

 (ミカド)と政党の関わりは、帝と警察の関わりに変質を余儀なくされたが、国民は勝利を信じてこれを歓迎した。


 ところが楽観的な見通しを裏切るように戦争は長期化した。世界中の人々は疲れ果て、厭戦ムードが漂いはじめた。そんなある日、戦況は前触れもなく悪化する。


 横田事件から15年後、最初のヒト型悪霊が襲来したのだ。


 これまで相手にしてきた悪霊は、モノとヒトならざる生物の融合したいわゆるバケモノの(たぐい)であったが、新たに出現した悪霊は高度な知能とヒトの姿形、そして恐るべき戦闘能力を有していた。


 専門家による分析の結果、彼らは人類史上に名を残す悪人の魂が受肉したものであるとわかった。彼らは例外なく人間を心の底から恨んでおり、地上に現界すると大規模な殺戮を開始した。捕食のためではない。ひたすら攻撃本能に突き動かされたように人類を血祭りにあげていくのだ。


 地上を侵略しはじめたヒト型悪霊は100人にも満たないとされているが、圧倒的な戦力差と通常兵器の無力化で、人類の領土は瞬く間に蹂躙されていく。


 ヒト型悪霊の本隊は5つに分かれ、20X1年にアフリカと中東、同年に南米、2年後には欧州と豪州、4年後には北米が滅亡した。現在は残存戦力の侵攻を受けたユーラシア大陸東部が激戦地になっているらしく、中国の主要都市が壊滅的被害を受けつつも、旧満洲地域で敵軍を押し返し、善戦を続けているという。


 ここで「らしく」と伝聞的にいうのは、戦線の拡大にともない通信網が遮断されており、現地から逃げ延びた人の話以外に正確な情報がないからだ。


 島嶼である日本は、望むと望まざるとにかかわらず、人類最後の生存拠点となっている。各大陸から来た難民は100万人を超え、一部の有力者はゴールドと戦略物資を提供するかわりに国内に租界を築いた。


 あらゆる戦略物資を輸入に頼っていた日本は、彼らのおかげでかろうじて生存を維持してきた。しかしそれらの在庫も底をつくいま、持たざる者から順に食糧とエネルギー不足、飢えに直面しはじめている。


 たった5年ですべてが一変してしまった。


 老人たちは死者の慰霊を疎かにしたから悪霊が攻め込んできたと信じ、嘆きと諦めを説くようになった。

 生きることで精一杯の国民は、悪霊の軍勢が朝鮮半島を南下したら次は自分たちの番だと恐怖に怯えている。


 秒読みのはじまった人類終末を防ぎ、同胞を救う。それがこの世界に残された最後の歴史的使命だろう。


 だがおれは、そんなもんに興味なかった。乱世を生き抜いて黒幕になる。そして陰からこの世界を支配する。


 20X5年春、警察省除霊局のキャリアに採用された。倍率8倍の難関を突破し、国土の防衛線に就く警部補として。

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