市中くすぐり回しの刑
今回はRevi部の筋肉おばけ、猪狩なぎさのお話。
――私は中学の時、地区大会で常勝の桜扇女子高等学園の水泳部に憧れた。
気品に溢れ、堂々としつつも可憐なその姿に私は人魚を見た。
私は"オーセン"に受かるため、水泳も勉強も死ぬ気でやった。
後にわかったことだが『婚前の乙女が人前に肌をさらすのは恥』という理不尽な理由で水泳部は廃部に追いやられていた。
元凶の重役はクビになったらしいが、1度廃部されたダメージは深刻だった。
いくら鈍いと言われる私でさえ、復活は無謀だということはわかっている。
それでも、それでも私は水泳部をReviveしたい。
その状態では練習どころではなかったのだが、私は恵まれていた。
学園の近所に桜ヶ丘市営の温水プールがあるのだ。
設備はかなり整っていて小綺麗だ。体を温めるためのサウナもある。
一年中トレーニングが出来る環境にあるし、学割を使えばなんとか小遣いでもやりくりできる。
ここで水泳をやってればいいのではという話ではあるが、オーセンで公式の部活を立ち上げ直すのが私の目的だ。
そうでなければ公式大会に出られないし、全国も目指せない。
ここのサウナは中年の方や、ご老人の社交場になっている。
私だけ若いのですごく目立つ。だからかチヤホヤされている……気がしなくもない。
顔なじみではあるが、名前はよく知らない。
不思議なコミュニティだが、どうしてなかなか心地が良かったりもする。
ただ、私は一方的に名前を覚えられているフシがある。
ややアンフェアな気もするのだが……。
今日も顔なじみの面々が集ってきた。
「なぎさちゃん。今週末、桜ヶ丘トライアスロン、出るんだろ?」
大会は校外の大会ではあるが、高順位を出せば課外活動として評価点が加わる。
れっきとしたRevi部の活動なのだ。
「いいわね〜。それで、自信はあるの? ぶっちぎりで優勝できそうだけど」
おばさんの問いかけに拳をギュッと握った。
「やってみないことには。でも、勝つ気ではいます」
サウナはどっと盛り上がった。
「お〜し、俺らで応援しに行くか!! ガハハハ!!」
みんながまるで親戚のおじさんおばさんのように感じられて、なんだかくすぐったかった。
夏の気配を感じながら帰り道を歩いた。
私が落ち込んでいる時に声をかけてくれたのが彩先輩だった。
最初は翼しか部員が居なかったな。
「ヘン!! なにさ!! まじめぶっちゃってサ!! なぁにがスイエーブだよ!!」
「なんだと⁉ お前こそ、そんなチャラチャラして!! なにが軽音部だ!!」
「も〜!! 2人ともやめなよ〜〜〜!!」
紆余曲折あって、真剣に拳を交えたこともあった。
「うぐッ!! はぁっ、はぁっ……あんた……いや、なぎさ。へへっ、アンタのパンチ……効いたぜ。この筋肉おばけがよ……」
「ははっ。お前……いや、ツバサの一撃も痛かったぞ。その隠れたインナーマッスル、本物だ。私達、いい強敵に……いや……もうすでに親友だな」
「うわ〜。なんで殴り合ってるかなぁ。痛そ〜。でも、いつの間に仲良くなってるし……。どうなったらそうなるのぉ……? お姉さんワケワカメだよ……」
それ以来、私達は道は違えど同志、そしてなにより親友としてRevi部で活動している。
そんなことを思い出すと部員たちの顔が頭に浮かんだ。
「そうか……。あいつらにはトライアスロンの話はしていなかったな。まぁ、わざわざ休日を費やしてまで応援に来てもらうこともない。黙っておくか」
そして大会当日になった。
私は早めに会場に着くとウォーミングアップを始めた。
その時だった。
「全く〜〜!! 1人でカッコつけさせないかんね!!」
彩先輩のキンキン声が朝の会場に響いた。
「おーい!! なぎさ〜!! お前、相変わらず水くせェ奴だな!!」
今度はツバサだ。ボーカルで鍛えたデカい声をしている。
「なぎささん、これ、特製プロテイン。飲んでみて!!」
知里子か。
デジャヴュだ。あれこれプラセボだったりしないか?
「ウフフフ……。限界まで運動するとキモチ良くなるんでしょ? 私にもわかるわぁ……」
櫻子、それは違うと思うぞ……。
「あっ、せっ、せんぱっ、あっ……えっと……あっ……(陰」
愛は小声すぎて何言ってるのかわからん。人前だからか?
どこから嗅ぎつけたのか、土手の上にはRevi部全員が集まっていた。
なにげに温水プールの面々も確認できた。
みんなの応援のおかげで、力が湧き上がってくる。
トライアスロンはスイム1.5km、バイク40km、ラン10kmというハードなレギュレーションとなっている。
スイムとランはともかく、私はバイクの練度が低い。
慣らしてはいるのだが、しっかり鍛えている選手にはどうしても見劣りする。
スイムは桜ヶ丘水上公園の貯水池から始まった。
他が負けても絶対にスイムで負けるわけにはいかない!!
私は流れるようなクロールでトップに躍り出た。
そのままのペースで今度はバイクに切り替わる。
トライアスロンウェアはいちいち着替える必要がない。3種目共用となっている。
バイクに切り替わると1人、また1人と抜かれていった。
走り込みが甘かったと後悔したが、いまさらくよくよしても始まらない。
なんとか40kmバイクを漕ぎきると、最後のランに移った。
いくらスポーツ万能で底なしの体力と言われる私でも、これだけ身体を使えば疲れもする。
だが、ここぞと根性を出し、何人かを追い上げてなんとかゴールラインを切った。
プロや社会人も混じる中、7位という好成績をおさめることができた。
これは女子高生としてはかなりの快挙である。
Revi部部員達は私に抱きついてきた。
「や、やめろ!! ふははは。くすぐったい!! あっ……やっ…どこさわってるんだ!! んっ……あっ、やめてぇ……」
満面の笑みを浮かべながら彩先輩は言った。
「さっ!! じゃあ課外活動の報告を提出しにいこうヨ!!」
あっ……しまったッ!!
報告の書類は事前申請制で、事後報告は一切無効。
私はうっかり申請を忘れていたのだ。
部員たちの視線が突き刺さる。
「その、あの、これはな……す、すまん!!」
それを聞くか聞かないかの早さで彩先輩が号令をかけた。
「は〜い!! 罰ゲームのくすぐりの刑!! なぎさちんはこれに弱いんだ!!」
容赦ない5人の魔の手が襲いかかる。
「あぁ……はぁっ……んんっ、や、やめてくれな……ひゃん!!」
こうして私達は大きなチャンスを逃した。
だが、Revi部の面々は嫌な顔一つせず接してくれた。
ありがとう。本当にありがとう。私は良い親友を持った……。
「う〜ん、私、なんだかパフェが食べたいにゃあ〜。みんなは?」
「私はパンケーキですね。ハチミツシロップがけで」
「じゃあアッタシはメロンソーダのアイスフロートだな!!」
「ウフフ。私は抹茶ケーキですね」
「はい!! はい!! 私、イチゴのショートケーキがいいで〜す!!」
コイツら……!! うまい具合におごってもらえそうな価格設定を!! 前言撤回だ!! ヒョロヒョロの軟弱者どもめ!!
でもいつのまにか私は自分でも驚くほどに笑っていた。