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悪役令嬢は頑張ってヒロインを苛めますわ!~そして卒業パーティーで婚約破棄を成し遂げてみせますわ!

作者: 一理。

軽~い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。


「オーホッホッホッ」


 学園の中庭にわたくしの高笑いが響きます。

 

「惨めねソソルさん」


 わたくしの前には服に泥水をかけられたソソルさんが俯いて肩を震わせていますわ。






 わたくしの名前はアグヤと申します。このイナシヨ王国で王家の次に権威を持つクレージョ公爵家の娘ですの。

 わたくしは王国でも高位の貴族の娘として生まれ父、母、兄に可愛がられて育ちました。何不自由なく育ったわたくしだけれど一つ不満がありましたわ。それはわたくしの容姿です。クレージョ家特有の真っ直ぐな銀髪に冬の湖を思わせる青く青く冷たい瞳の色。少しつり目気味の大人びた美貌と相まって人に冷酷な印象を与えがちなのです。

 お父様たちは「そんなことないよアグヤはとてもいい子だ」と言ってくださるけれどそれは身びいきと言うものでしょう。


 そんなわたくしは十六歳で学園に入学した日、天啓を受けたのです。

 学園の入学式で今目の前にいるソソル・ヒゴヨークさんを見た時に。


 ああ、わたくしは悪役令嬢だったのですわ!!


 数年前のベストセラー小説。それは虐げられた身分の低いヒロインが王子様に見初められ虐げてきた悪役令嬢を断罪し王子様と幸せになると言うものです。庶民の間で流行ったその小説は密かにわたくしの愛読書でした。いえ、今でも愛読書ですわ。王子様がヒロインに愛を囁くシーンなど今でもこっそりベッドの中で読み返しては悶えておりますもの。


 ソソルさんは平民の孤児です。

 この学園は基本的には将来この国を担う貴族の子女が通う王国随一の学園ですが、数年前から才能ある平民も特待生として数名受け入れています。難関を突破して入学してきた平民の皆さまは優秀な方ばかりで卒業後は王宮の官吏だったり研究者として第一線で活躍していらっしゃいますわ。


 ソソルさんは難関を突破して入学してきた優秀な御方に違いありません。それなのに見た目はとてもとても愛らしいのです。

 ピンクブロンドのふわふわした髪に癒される新緑のような瞳。少しやせすぎですが小柄な体躯と小動物のような庇護欲をそそる愛らしいお顔。彼女がヒロインでなくて何だというのでしょう!!


 そうして悟ってしまったのです。酷薄な美貌と高貴な身分、加えて王太子であるダンザ殿下の婚約者であるわたくしは悪役令嬢なのだと。


 わたくしは見事に悪役令嬢を演じ切ることを決意しました。

 わたくしのバイブルとも言えるあの小説の為に。そして敬愛するダンザ王太子殿下の為に。ダンザ殿下はわたくしのような悪役令嬢よりも優秀で愛らしいヒロインと結ばれた方が幸せになれることでしょう。

 あ、あら?涙が……いいえ、悲しくなんてありませんわ。お慕いする殿下の為ですもの。




「オーホッホッホッ、貴方のお洋服が汚れてしまったわね。元から泥が付いていなくても十分みすぼらしいお洋服でしたけど?うふふ、でもわたくしは心優しいので貴方にお洋服を恵んで差し上げるわ」


 そう言ってわたくしはわたくしのお古の洋服を投げつけました。

 わたくしの取り巻きの皆さんもわたくしと一緒にクスクスと笑ってくださいます。


「あ、あの……泥が付いたと言ってもちょっぴりですし、こんな高価なお洋服いただけ―――」


 あら?ヒロインが何か仰っているわ。ここは追い打ちをかけましょう。


 わたくしがサッと扇を振るとどこからか現われた公爵家の優秀なメイドがソソルさんの前にドサッと箱を置きましたの。


「全てわたくしのお古ですわ!あなたはこれからこのお古を着て惨めに過ごすのですわぁ」


「こ、こんなに沢山!ああっなんて素敵なお洋服……」


 箱を覗き込んで茫然とするソソルさん。うん、その茫然とした表情は良いわ!わたくし、悪役令嬢としていい仕事が出来ましたわね!


 わたくしは取り巻きの方々とクスクスと嘲りの笑いをソソルさんに浴びせながらその場を去りましたの。




 


 数日後のお昼休み、大事なお弁当を胸に抱え足早にどこかに向かうソソルさん。

 

 わたくしの取り巻きのお一人がソソルさんにドンとぶつかってソソルさんは胸に抱えていた物を落としてしまいました。貴方、取り巻きとしていいお仕事をなさるわね。貴方には500ポイントさしあげてよ。


 ソソルさんが落とした物体はコロコロ転がってわたくしの足にぶつかって止まる。

 ……お芋?お芋なの?

 ソソルさんのお弁当がどうしてお芋なのかはわからないけれど問題はそこではないわ。


「あっ!すみません!」


 とわたくしに駆け寄りお芋を拾おうとするソソルさんに向かってわたくしは手を突き出しこう言ったわ。


「貴方のおかげでわたくしの靴が汚れてしまいましたの。どうなさるおつもり?」


 顔面蒼白になって謝るソソルさんにわたくしは追い打ちをかけますわ。


「貴方に罰を与えますわよ。ついていらっしゃい」


 わたくしは三名の取り巻き令嬢とその後ろにオドオドとついてくるソソルさんを従えて庭園の東屋に向かいましたの。

 東屋には既に公爵家のメイドたちの手によって美味しそうな昼食がセッティングされていますわ。


「貴方はわたくしの隣りにお座りなさい」


 ソソルさんはキョロキョロ辺りを見回した後諦めたようにわたくしの隣りの椅子に腰を下ろしました。

 わたくしがまたもサッと扇を振ると公爵家の優秀なメイドがソソルさんの前に昼食を取り分けます。お肉やお野菜、スープにサンドウィッチ、デザートのレモンゼリーまで。あら、今日のデザートはレモンゼリーですの?わたくしこれが大好物ですの。甘酸っぱくてプルンとして……コホン。脱線してしまいましたわ。


「ソソルさん、罰として貴方はわたくしの毒味係をするのですわ!」


 ソソルさんはパチクリと目を見開いてこちらを見ています。


「さあ早くお食べなさい。ふふっどれかに毒が入っているかもしれなくてよ」


「は……はい」


 ソソルさんは恐る恐る一口食べ……かッと目を見開いたのです。


「美味しい!!」


 そうでしょうとも。我が公爵家のシェフが腕によりをかけたランチが美味しくない筈が無いわ。毒が入っているというのは嫌がらせよ。どれに毒が入っているか恐れおののきながら食べるがよいわ!!


 あー今日も悪役令嬢としていい仕事ができたわ。とわたくしがこっそり扇の下でニマニマしている時でしたわ。


「アグヤ、友人と昼食かい?」


「ダンザ殿下!」


 わたくしの婚約者のダンザ殿下がお声を掛けていらっしゃいましたの。

 殿下はご友人で生徒会でもご一緒のノーキン様と通りがかられたようでした。


 わたしは急いで立ち上がって殿下に略式ながらご挨拶を。取り巻きの方々も同時に立ち上がってご挨拶をいたします。それをソソルさんはポカンと見ていらっしゃいましたけどハッと気づいたようでガタガタと椅子を鳴らして立ち上がりました。


「殿下、礼儀をわきまえぬ者が居りましたこと深く謝罪いたしますわ」


「ははっいいよ。ここは学園だ。ここではそんな礼儀はいらないといつも言っているだろう?」


 殿下は優しくソソルさんに微笑みかけられましたわ。

 ……出会い?これはヒロインと王子様の出会いではないの?

 わたくしの胸は喜びと痛みという二つの感情を同時に味わいましたの。わたくしの胸は相反する二つの感情に張り裂けそうでしたがそれを押さえて殿下にお声を掛けました。


「よろしかったら殿下とノーキン様もご一緒にいかがですか?」


「……いや、今日は遠慮しておくよ。新しい友達が出来たようでなによりだ。アグヤ、またね」


 殿下は複雑な表情でわたくしを見て隣のソソルさんを見て、もう一度私を見るとうんと一つ頷いて去って行かれました。


 ……ソソルさんを見て殿下は恋に落ちてしまわれたのかしら……ズキズキと胸が痛みます。でもこれでいいのです。殿下の幸せの為ですわ。私の胸の痛みは無視することにいたしましょう。










「アグヤ、ちょっといいか?」


 数日後、ダンザ殿下にお声を掛けられました。ダンザ殿下は二つ年上で今年最上級生の三年生。生徒会長もされていらっしゃるとても優秀な御方です。もちろんご容姿も天下一品。輝くブロンドとルビーの瞳の非の打ちどころのない御方なのです。


「アグヤ、生徒会に入ってくれないか?」


 まさかの生徒会へのお誘いです。学園生活に慣れたこの時期、一年生も数名が生徒会に入るよう勧誘されると伺っておりましたが……わたくしは名ばかりとは言え婚約者特権でしょうか?


「あの……わたくしより優秀な方がいらっしゃるのでは?たっ例えば特待生のソソルさんとか」


「アグヤは十分優秀だよ。ああ彼女にも声は掛けたよ。女性一人ではアグヤも居辛いだろう?っていうのは建前で……同じ生徒会ならもっと一緒に居ら……あっそんな私情なんてほんのちょっとしか……あっいや……」


 ダンザ殿下は熱い何かがこもった眼でわたくしをじっと見つめます。

 ……そんなにも既にソソルさんに惹かれてしまわれているのですね。わたくしは心の隙間風を隠すように精一杯の微笑みを浮かべました。


「わたくしは無理です。王太子妃教育がございますもの」


「あっそうか……それなら王太子妃教育を少し休んで……いやそれだと結婚が延びるかも……やっぱり王太子妃教育の方が優先で……」


 ブツブツ呟くダンザ殿下にわたくしはにこやかに告げました。


「大丈夫ですわ殿下。ソソルさんなら女性一人でも上手くやれると思いますわ。それでは失礼します」


 わたくしは急ぎその場を離れました。殿下のソソルさんを思う熱い瞳をこれ以上見ていたくなかったのです。王太子妃教育なら既に終えております。それでも偶に王妃様にお茶に誘われるのでわたくしは足繁く王宮に通っていましたの。









 生徒会に入ったソソルさんは急速に殿下や他のメンバーと親しくなられたようでした。

 生徒会は会長のダンザ・イナシヨ王太子殿下、副会長のハラグ・ロデナイ侯爵令息様(宰相のご子息です)書記のノーキン・イッタク伯爵令息(騎士団長のご子息ですわ)会計のタンナ・ルモーブ様(たしか平民の特待生の方ですわ)その他数名で構成されております。


 ソソルさんはこれらの方とご一緒に楽しそうに笑っていらっしゃるのをよく見かけるようになりましたの。


「アグヤ様、よろしいんですか?ちょっと可愛いからってあんな平民が……」


「アグヤ様は殿下の婚約者ではありませんか!それを差し置いて……」


「いくら優秀でもあんな平民は生徒会など辞退するべきですわ!それなのに殿下と親しそうに……」


 取り巻きの方々が悔しそうにわたくしに訴えてまいります。

 わたくしは扇を広げ優雅に仰ぎながら皆さんを見回して言いました。


「もちろんこのままでは済ませませんわ!わたくしソソルさんを苛めぬいてみせますわ!」




 それからわたくしはソソルさんを苛めぬきましたわ!


 わたくしのお毒味係は定期的にやらせましたし、休日に急に呼び出してお買い物の荷物持ちをやらせたこともありました。沢山の荷物を持ってふらふらしているソソルさんに「お駄賃よ!有り難く受け取りなさい!」とわたくしと色違いの髪飾りを投げつけ……ると髪飾りが壊れるから普通に手渡しであげました。

 廊下ですれ違えば嫌味を言いましたし(なぜか毎回嬉しそうな反応をソソルさんはするのですけど)ソソルさんが殿下と楽しそうにおしゃべりしている時に割り込んで邪魔をいたしました。

 殿下はわたくしが割り込むと満面の笑みをわたくしに向けてきますの。そんなにソソルさんとの仲をわたくしにアピールしたいのでしょうか?もう、もう十分にわかっているというのに……

 愚かなことにわたくしは未だに殿下の事をお慕いしているのです。心はもうソソルさんに奪われてしまったというのに……殿下、その笑みはあざといですわ!わたくしの心臓は殿下の微笑み一つでこんなにも鼓動を早めてしまうのです。







 それから月日が経ち殿下のご卒業まであと一か月となりました。

 もうすぐこの辛い日々も終わりですわね。あら、辛いなどと……わたくしはわたくしのバイブルに従って悔いなく悪役令嬢の日々を過ごしたのです。そして殿下は真に愛する方と結ばれる、こんな嬉しいことは無いでしょう。まさにハッピーエンドです。わたくしはあの小説のように残り一か月、悪役令嬢を演じ切り見事卒業パーティーで断罪されてみせましょう。

 

 そんなある日、わたくしはとうとう決定的な場面に遭遇してしまいましたの。


 放課後の生徒会室。そこで向かい合う殿下とソソルさん。

 わたくしは一人教室に残っておりました。教室と生徒会室は別棟で教室からはちょうど生徒会室が見下ろせたのです。

 殿下はソソルさんに何か言い、隣を見ました。あら、二人きりじゃなくてもう一人いたのね。殿下の従者さんかしら。そうね、まだ殿下はわたくしの婚約者。完璧な殿下がわたくしとの婚約破棄の前に異性と二人きりになる訳は無かったわ。

 そう、殿下はどこまでも完璧なのです。この一年間、殿下は婚約者との定期お茶会を一度も欠席されませんでした。ソソルさんが生徒会に入り殿下たちと親しくなった辺りから何か理由をつけてお茶会は取り止めになると思っていたのですが。

 でもわたくしと殿下の間にはあまり会話がありません。もう少し幼い頃には話題も尽きず楽しく会話したこともあったのですが……いつからでしょう?殿下は何も言わずわたくしをじっと見つめるのです。いえ、今はわかります。殿下は愛するソソルさんを虐げるわたくしに怒っていらっしゃるのでしょう。だからそんな強い瞳でわたくしを睨むのですね。……でも殿下、それは逆効果と言うものです。殿下はわたくしを睨んでいるつもりでもわたくしには殿下が熱い瞳でわたくしを見つめているように見えてしまうのです。……だからわたくしはいつまでたっても殿下を思いきれないのです。罪な御方ですわ。




 あっ!従者の方がソソルさんに何か箱を手渡していらっしゃいますわ!あの大きさからして……ドレス?きっとドレスですわ。殿下はソソルさんに卒業パーティーのドレスを贈られましたのね。ソソルさんは頬を染めて嬉しそうです。あら、よく見えないわ。ソソルさんも殿下もぼやけてしまって……


 はっ!それより仕上げをしなくては……


 わたくしがここに残っていた訳。それは仕上げの意地悪をソソルさんにする為。小説では階段から突き落すとあったけれどそんなことは出来ないわ。ソソルさんは殿下の新しい婚約者になる身、後遺症が残る怪我でもしてしまったら殿下が悲しむでしょう。わたくしは仕方なくソソルさんの持ち物を勝手に捨てることにしたんですの。ここはわたくしの教室では無くソソルさんの教室ですわ。


 ソソルさんの席を探していると……一瞬殿下がこちらの教室を見上げて……え?目が合った?いえ、気のせいですわ。早く目的を達成してしまいましょう。


 わたくしはソソルさんの机を見つけてそこからノート?(何か書き損じの色々な大きさの紙の裏を束ねた物?)を引っ張り出して教室のゴミ箱にポイと捨てましたわ。


 やったわ!やってやりましたわ!

 ……ちょっと待って?ソソルさんは優秀な方。授業にノートが無いと困るのではないかしら。王太子妃になるのにこんなところで勉強が遅れる訳にはいかないわ。


 わたくしは散々迷った挙句にわたくしのカバンから新品のノートを二冊取り出してソソルさんの机に忍ばせました。わたくしのノートがあったとしてもわたくしがソソルさんの私物を勝手に捨てたという事実は変わらないわ。わたくしはソソルさんに意地悪をしたのです!


「後は卒業パーティーでの婚約破棄でお終いですわねっ!!」


 わたくしはわたくしの目からとめどなく流れる何かをグイッと袖で拭い、高らかに宣言しました。わたくしとしたことがはしたない真似をしてしまいましたわ。でも仕方がないのです。わたくしのハンカチはもうびしょびしょのぐずぐずで使い物にならなかったのですもの。

 さあ、もう吹っ切らなければ。


「卒業パーティーでの婚約破棄!絶対にされてみせますわ!!」


 ガタンと教室の外で音がしたような気がしましたが気のせいでしょう。もうこの校舎にはどなたも残っていない筈ですから。



 公爵家に帰ると殿下から卒業パーティー用のドレスが届けられていました。

 婚約破棄をするわたくしにまでドレスを贈るなんて……殿下、貴方はどこまで完璧な御方なのでしょう。

 ……また少し泣きました。







 卒業パーティーの会場は華やかに飾り付けられ満面に笑顔を湛えられた方々が楽しそうにそこここで歓談していらっしゃいます。

 わたくしも果実水などを頂きながら取り巻きのご令嬢方とお喋りをいたしております。

 いつ断罪劇が始まるのでしょう?と早鐘を打ち出す心臓を宥め何事も無いような顔でお喋りに興じたふりをしているのです。


 殿下やソソルさん達生徒会の方々は一段高い壇上にいらっしゃって何やら楽し気に笑っていらっしゃいます。ソソルさんは真っ赤な顔をして嬉しそうにドレスの裾を広げそれを見てノーキン様やハラグ様がからかっていらっしゃるようです。


 え?エスコート?そんなものは卒業パーティーにはございませんわ。婚約しているお二方共に学園に在籍している方たちは婚約者の方にエスコートされて入場いたしますけれど学園外に婚約者がいらっしゃる方も多いので一人で入場なさる方も多いのです。学園の卒業パーティーに出席できるのは学園生だけですので。

 それに生徒会の方々はスタッフとして早くから会場入りしていらっしゃいますからどのみち殿下にエスコートしていただくことはあり得ませんの。でもわたくしホッとしているのです。小説のようにわたくしを差し置いてヒロインをエスコートする殿下を見なくて済みましたから。


 あら?前方の方が少し騒がしいようですわね。


「アグヤ!アグヤ・クレージョ公爵令嬢!前に出てきてくれ!!」


 ダンザ王太子殿下の凛とした声が会場に響き渡ります。


 来た!!ついに来ましたわ!!

 大丈夫よアグヤ。婚約破棄はされるでしょうけど断罪はそう酷いものにはならない筈よ。わたくしはソソルさんをこの一年苛めぬいてきましたけれど階段から突き落したりならず者に襲わせたりはしませんでしたわ。そう、きっと領地で蟄居か修道院送り辺りになる筈ですわ。

 さあアグヤ、胸を張って!

 

 わたくしは震える足を何とか動かして殿下の前に進み出たのです。


「アグヤ……残念だが僕は君の企みを打ち砕かなくてはいけない……」


 殿下は思いつめた目で私を見つめます。


「……たくらみとは何でございましょう?わたくしには分かりかねますわ」


 大丈夫、声は震えていないわ。さあ殿下、スパッと言っちゃってくださいな。


「僕は!この国の王太子であるダンザ・イナシヨはこの名に懸けて誓う!ここに居るアグヤ・クレージョ公爵令嬢との婚約破棄など絶対にしないということを!!」


「はい殿下、わたくしアグヤ・クレージョは殿下との婚約破棄、仰せのままに受け入れ……は?」


 耳がおかしくなったのかしら?殿下はコンヤクハキナドゼッタイニシナイと……え???


「アグヤ、済まない。僕は一か月ほど前君のたくらみを耳にしてしまったんだ。君がこの卒業パーティーで婚約破棄を企んでいることを。だが僕は到底受け入れることなど出来ない。アグヤ、君を愛しているんだ!僕に至らないところがあったのだとしたら改める。だから、だからどうか僕と結婚して欲しい!!」


 殿下の情熱的な求婚に周りのご令嬢から「「「キャー!」」」と歓声が上がりました。


 は?え?何が起こっているの?私の頭はパニックでフラッと足がもつれました。


「危ない!」


 殿下が素早く駆け寄ってわたくしを抱き留めてくださいます。

 そうして至近距離でわたくしを甘く見つめるのです。またまた周囲から「「「キャー!」」」の声が聞こえました。


「アグヤは僕のことが嫌い?」


「え!?え、いいえ!!いいえ……お慕いしております……ダンザ殿下」


 真っ赤になって否定するわたくしを見て殿下はホッと息を吐き出しました。


「でも殿下はソソルさんを……」


 そうです。さっきまで殿下は壇上でソソルさんと腕を組んで……あら?殿下の陰にもう一人男の方がいらしたのね。殿下は今わたくしを支えてくださっている(抱きしめているともいう)けれどもソソルさんは殿下と腕を組んで……いえ、ソソルさんと腕を組んでいらっしゃるのはどなた?


「ソソル嬢?ソソル嬢はあそこでタンナと腕を組んでいるよ。タンナがドレスを贈ってソソル嬢に告白してね、ようやく先日婚約にこぎつけたらしい。今日みんなで祝っていたんだ」







「……わたくしの……勘違い?」


 ソソルさんはヒロインじゃなかった?わたくしは悪役令嬢じゃなかった?


「で、でもわたくしはソソルさんを……」


 苛めたという前にソソルさんがわたくしにぺこりと頭を下げました。


「彼女感謝していたよ。この学園に入学しても着る物も食べる物も不自由していた彼女に君はずいぶんと手助けをしていたらしいね。それも彼女が負担に感じないように意地悪をした風に装って。生徒会に入って活動することで奨学金を貰えるようになってやっと極貧から脱することが出来たらしい。これからはタンナが彼女を支えていくそうだ」


「タンナ……様?」


 ああっ!思い出しましたわ!生徒会の会計の……あの地味なモ……いえ、タンナ様に失礼ですわ。


「アグヤ!僕を見て!」


 殿下の強い言葉と情熱的な瞳にわたくしは意識を引き戻されました。


「僕はアグヤを愛している。僕の唯一の妃に君を望む。君は?君は僕を選んでくれる?」


 殿下の強い瞳に捕らえられて目を逸らすこともできません。わたくしは観念して真っ赤な顔で殿下に申し上げました。


「はい殿下、愛しております。わたくしを貴方の隣に置いてくださいませ」



 その途端、殿下のとても素敵なお顔が視界一杯に……あ、唇に触れるこの暖かさは?


 この日一番の「「「キャー!!!」」」が会場に響き渡りました。









 後日、殿下とのお茶会にて。


「アグヤ、君のお気に入りの小説、僕も読んでみたんだ」


「殿下、その話は恥ずかしいので……あの……」


 自分のことを小説の悪役令嬢だと思い込んでいたなんて……黒歴史ですわぁ。


「それでね、君に好かれるために真似てみることにしたんだ」


「……?真似るとは……?」


「アグヤ、君は僕の太陽だ。君がいなくては僕の心は闇にとらわれてしまうだろう。君を妃にするために僕はどんな困難にも打ち勝つとここに誓おう」


 それ……こっそりベッドで何回も読み返した小説のセリフですわ……

 わたくしはもう何も言えなかったのです。だって……ダンザ殿下の言葉にあまあく溶けてしまったんですもの。



   ―――(おしまい)―――









 


 

 お読みくださりありがとうございました。

 出来ましたら評価やブクマをいただけると創作意欲がグググっと上がるのでよろしくお願いします。

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