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家族団欒は物騒なり。

 エマが「アンソニー」なる人物の記憶を手繰っている間に、作法どおりの挨拶がすんでしまった。

「お席を用意しておきました。こちらへ」

 アンソニーが穏やかな笑顔を浮かべて案内してくれたのは、店の奥の個室だった。薄暗い部屋には、黒っぽい絨毯と厚手のカーテン、黒で統一されたテーブルとイス……。

「お父さま……なんだか怪しげな雰囲気ですけれども……」

「うむ、王城の『密談の間』がモチーフなのだよ、あっはっは」

「え? お父さま、密談をなさるの?」

 当然だよ、と父は楽しそうに笑い、アンソニーも朗らかに笑う。

「エリザベータ、好きなものを頼みなさい。彼が作る料理はどれも絶品だから」

 お任せください、とアンソニーも言う。

「じゃあ……」

 中華料理に似たメニューをいくつかオーダーしたところで、父が「本当に、王子殿下をティア子爵令嬢に、差し上げたんだね?」と確認してくる。

「はい。婚約を破棄しましたので、王家と我が家との結びつきが弱くなってしまいました。申し訳ございません」

「それは構わないさ――王家の男はアレ一人というわけではないからね」

「……ん? お父さま、聞きようによっては……王家の他の男と結婚すればよい、と聞こえますが」

 王家に他に男はいたかしら、とまた記憶を手繰る。ゲームに出てきていない男性キャラはもちろんいるだろう。例えば現王の弟や伯父甥、従兄弟……にまで広げれば、相当数いるはずだ。

 その中で、独身で自分と年恰好が釣り合う男――と忙しく脳みそを働かせていると、だん! と、物騒な音がした。

 学園でエマがやったのと同じ、床を踏み鳴らしたのだ。さすが親子、と言うべきか。

「あなたっ! わたくしはあんな阿呆揃いの王家に娘を嫁がせるのは反対ですわ!」

「お、お母さま!?」

 どうやらエマの母は、なかなか過激な人物であったらしい。

「本当のことを申し上げただけですわ。阿呆を阿呆と申し上げて何が悪いの?」

「しーっ、しーっ、しーっ! アイリス、声が高いよ」

「第一王子と第二王子、どちらが優秀でどちらが次期国王に相応しいかなんて、火を見るよりも明らかですのに、王位争いだなんて……みっともない。他国に聞こえたらなんとします」

 王家に対する評価をやけにはっきりいう母の出自を思い出して、エマは「あ」と言った。たしか、母は王家に連なる家のご令嬢ではなかったか。王の異母妹の姪の子だか従姉妹だか、とかそのあたりの、濃いのか薄いのかわからない名家の出自だったはずだ。

 いやそれよりも……忘れていた。

「……王位争い……フィリッツ王子は第二王子でしたわね」

 ありがちな設定ではあるが――第一王子は亡き正妃の子。第二王子は後妻の子。どちらが王位を継ぐか、水面下で王位争いが起こっている。

 原作にもそんな話はあったが、男性キャラ攻略に直接関係はなかった。町の噂話、令嬢たちの家が第一王子派か第二王子派か、中立か、によってお茶会のメンバーが変わる程度のことだった。

 だが、フィリッツ王子が国王の器とは到底思えないのになぜこの王子を推す人がいるのか、プレイしながら恵茉も不思議に思ったが――今もって不思議である。

「政治の世界って、よくわからないわね……」

 そしてハタと気付いた。

「第一王子ってどんな人かしら? 去年だったか、死亡説が流れていた気もするけれど」

 原作でもシルエットか会話でしか出てこないため、顔も名前も知らないのだ。

 エマは、春巻きのようなものを運んできたアンソニーに尋ねた

「ねぇ、あなた、第一王子について何か知っていて? 見た目とか、性格とか」

「え? 第一王子について、ですか……?」

「ええ。あまり知られてない気がするのよ」

「そうですね、背が高くて茶色い髪、というのは兄弟共通ですね。第二王子は学生ですが、第一王子は将軍職にあって今も戦場にいる、というくらいしか皆知らないと思いますよ。死亡説が頻繁に流れるのは、戦場にいるためかと」

「将軍? 戦場? 王子さまなのに軍属なの?」

 そうだよ、とこれは父が答えた。

「今も、隣国との国境線争いで最前線にでているとか。彼が率いる部隊は兵士の生存率と任務遂行率が恐ろしく高くてね。下心があって彼を戦線に送った連中は、歯噛みしているころだろう」

 エマは疑問符を浮かべて首をかしげるが、父も母も、呆れたような苦笑したような、微妙な表情を浮かべている。

「さぁ、冷めないうちにお召し上がりください」

「いただきます」

 春巻きは皮がぱりっとしていて、噛むと中からとろりとした熱い餡がでてくる。具材は豚肉とたけのこ、春雨……だろうか。

「練りからしもお好みでどうぞ」

「おいひ~」

 次に運ばれてきたのは、エビのチリソース、エビの天ぷら、エビのレモンソースがけ、とエビが三連発。どれも臭みはなく、ぷりぷりしていていくらでも食べられる。

「炒飯と焼売も食べたいわ! お願いできるかしら?」

「……素晴らしい食べっぷりですね、エリザベータさまは……」

 給仕してくれるアンソニーが目を丸くしている。

――しまった、またやっちゃった……

 小食が淑女の嗜み、とされているはずだったのに、つい、恵茉だったときの調子で食べてしまった。

「だってこれ、好物なの……あーおいし……」

 紹興酒か果実酒持ってきて! と言いたいところだが、エリザベータは学生、お酒を飲んでいい年ではない。

「アンソニー、……どうだい? 界隈ではうちのエマのことはもう話題になっているかな?」

「はい。例のご令嬢に対して憤慨する声と、エマさまに賛同の声と、第二王子の勝手な振る舞いに憤る声と……議論百出と言いますか、諸説紛紛と言いますか……」

「現王にはそれをまとめるだけの才覚がないってことですわ。情けないったら……」

 北京ダックを上品に食べながら母が言う。

「アイリス、きみは本当に王家に対して辛口だね」

「当然ですわ! あんな阿呆、さっさと玉座から引きずり降ろしてしまえばいいのです」

「ぼくも、じつはアイリスさまには同感なのですよ」

「さすがアンソニー。阿呆な主は、民が不幸になるだけですからね、さっさと挿げ替えてしまいなさい」

 御意、とおどけて言うアンソニーに、思わずエマも笑ってしまった。


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