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あっさりと、婚約者を奪われてしまった!

 数日後、エマは学園の中庭にいた。

 太陽光がたっぷり降り注ぐ芝生の上で、学生たちが思い思いに寛いでいる。エマもこの中庭が大好きだ。寝転ぶわけにはいかないが、頭上は綺麗な青空が広がり、小鳥がさえずっている。パンくずで餌付けすることもできて、これはだれかと恋愛イベントを起こせる――いや、だめだ。貴族子弟フィーゴとの出会いが餌付けだった。フィーゴとのイベントが起きては、ミーリアが泣いてしまう。

 と、視界の先に見慣れた二人を見つけた。

「ミーリア嬢、ロザリア嬢、ここにいたのね」

「エマさま、聞きました! 先日の庶民の女の子を、ハーティル子爵家の養女にご推薦なさったんですって?」

「ええ、ちょうど子どもを欲しがっているって仰ってたし、さすがロザリアの推薦とあってとてもお人柄がいいので、その日のうちに彼女の養育を託しましたの」

 こうしてカフェで働いていた彼女は、あっという間に子爵令嬢となった。ゲームの補正が働いたのかと勘繰りたくなるが、とにもかくにもティア嬢は晴れてこの学園にも通えることとなった。諸々の手続きが即日済んだので、元気に子爵のお屋敷から通っている。

 子爵夫妻との仲も良好であるらしく、いい子を紹介してくれてありがとうと、子爵から丁寧なお礼状も受け取った。

 今度のエマ主催のパーティーが、はじめて親子そろっての社交界になるそうだ。

「……そうよ! パーティーのお知らせに来たのだったわ。二人とも、わたくし主催のハロウィンパーティーはいかが?」

「まぁ! よろしいのですか?」

 ぱあああ、とミーリアの顔が輝いた。

「ええ。ミーリア、あなたはぜひ意中の彼を連れていらっしゃい。これ、招待状ね」

「ありがとうございます」

「ロザリア、あなたにもお礼をしたいってハーティル子爵が仰ってるわ。だからわたくしと一緒にお茶をしましょうね」

「はい」

 これでよし、とエマは頭の中で段取りを確認する。他に細々と用事はあるが……。

「日にちがないわ、急いで用意しないとね」



「……あっさりと、婚約者を奪われてしまったわね……」

 エマは、学生寮の食堂の床で苦笑していた。両サイドを、王子の取り巻きその1(名前は忘れた)と取り巻きその2に抑えられ、床に押し付けられるという不快極まりないシチュエーションに、ミーリアとロザリアが悲鳴を上げている。

「ミーリア嬢、ロザリア嬢、構わないわ」

「ですが、婚約者ではない女性と恋仲になるなんて、立派な裏切りですわ!」

 ロザリアの言い分は正しい。

「公爵令嬢を床に押し付けるなんて無礼です」

 ミーリアの言い分も正しい。

 が、フィリッツ王子は「悪女を庇うお前たちも同罪だ!」とわけのわからないことを喚きだした。

「わたくしが、悪女? 何をしたというのかしらね、殿下?」

 そう、婚約者であるフィリッツ王子はあっさりとティア子爵令嬢に夢中になった。今も、俯く彼女の肩を抱いて何やら喚いている。

 彼女の垂れ流しの魔力には『魅了』が混ざっているらしいのだが、彼女はおそらくそれを使ってはいない。

 フィリッツ王子に一目ぼれしたティアは、猛アタックの末フィリッツ王子を振り向かせることに成功した。フィリッツ王子の喜ぶ贈り物をせっせと渡し(これは、彼女が欲しいと願って他の男たちが貢いだものだろう)、フィリッツ王子の喜ぶ話題を投げかけ、フィリッツ王子が好む場所に一緒に出掛け、一日に何度も顔をあわせているうちに王子の彼女に対する好感度はあっという間に最高レベルになったのである。まさしく、乙女ゲームの正攻法。攻略キャラがプレイヤーに攻略されるときはこんなふうに見えているのね、なんて余計なことまで思ってしまった。

 それにしても、ティア子爵令嬢の無自覚魅了魔法と正攻法とでころっと恋に落ちて脳みそがピンクなお花畑になった王子が、こんなにアホだったとは。

 いや、思い返せば幼少のころからアホだった。だが、それを見た目の良さと家柄の良さと周囲の大人の心配りで隠せていたにすぎなかったのだ。

 だが、ティアに惹かれてメッキが剥がれた。こんなアホが王子だったなんて国民はしりたくないだろう。


 アホだとバレるならティア子爵令嬢に声をかけるんじゃなかった――。


 いささかピントのズレた後悔をしてしまったエマだが、気を取り直して王子を見る。

「殿下、再度お尋ねしますわ。わたくしが悪女と仰いましたね。わたくしが、殿下に何をしたというのかしら?」

 殿下が、形の良い唇をぱくぱくと動かして、身に覚えのない罪を羅列しはじめた。王子曰く、エマは王子を蔑ろにして他の貴族子弟に色目を使ったらしい。そして、数多の出会いを求めてハロウィンパーティーを開催し、そこでも貴族子弟に色目を使ったとか。

 学園を乗っ取ろうとしたとか、学生寮を不法に占拠したとか。

「したがってお前との婚約は破棄だ!」

「まったく……わたくしが、ハロウィンパーティーに奔走している間に、そんなことになったなんて……なんてこと」

 本来のゲームだとそれを拒否しフィリッツ王子を取り返そうとするが――正直、こんな王子のどこがいいのかわからない。


「……ティア子爵令嬢、その王子、差し上げますわ。ごきげんよう」


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