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とんでもない王命。

 ぐつぐつ。海水が大鍋で煮えている。

 どこから取り出したのか、コックさんの格好になったノルウェージャンフォレストキャットが、これまたどこから取り出したのか、大きな木べらで鍋を時々かき回す。可愛い。

 そして適度に海水が煮詰まったら、桶で汲んできた海水を足す。逞しい。

 これを繰り返せば、たしかに水分だけが飛んで塩が残る。

「よし、新しく海水を足したからしばらく煮るニャ」

「そうね」

「さ、その間にお手紙読むといいニャ。お返事はおれが各人に口頭で伝えるニャ! もちろん秘密は厳守するし宛先ミスもしないから安心してニャ!」

 どういう仕組みだろう……と一瞬思ったが、ここはもともとはゲームの世界。細かいことを気にしてはいけないのだ。

 両親や乳母のセリーヌからの心温まる手紙、アンソニーからの励ましと心配の手紙。ミーリアとロザリアからのものもある。

 そして一番立派な羊皮紙には、国王のサインが入っている。エマの口がぽかんと開いた。

「え、これ、王さま直筆の手紙……?」

「ニャ」

 いそいそと披いて――エマは目を剥いた。

「なんでこうなるのよっ」

 どん、とエマは拳でテーブルを叩いた。

「とんでもない依頼、いえ、王命だわ!」

「ブミャ、落ち着いてニャ!」

 国王が言うには、『ドラゴンの涙』という太陽の光を浴びると七色に輝く貴重な宝石を持って帰れば、エマの「子爵令嬢へのいじめ」という悪行は許されるらしい。

「学園追放も社交界からの追放もなかったことになり、アンドゥー公爵家の登城停止処分も解禁される……本当かしらね」

 そもそもエマは、ティアをいじめた覚えはない。

 フィリッツ王子もいつぞや食堂で喚いていたが、ティアの夜会用ドレスを引き裂いたりアクセサリを隠したり、学園でティアの持ち物をごみ箱に捨てたり、彼女の挨拶を無視したり彼女にバケツの水をかぶせたり倉庫に閉じ込めたり――全く身に覚えがない。

 だいたいエマは、学園でティアに近づくこともなかったし、ティアの住んでいる子爵邸へ足を運ぶときは生家の誰かが一緒だった。当然、意地悪をする暇や隙などない。

「やっていないことを証明するのって難しいのよね……。ティア子爵令嬢へのいじめを誰がやったのか、今すぐ真犯人を探せればいいんだけれど」

 そして最も許しがたいのが、冤罪によって父である公爵にまで害が及んでいる点である。ティアをいじめた悪役令嬢の父も同罪、ということらしいのだが――。

「まったく。公爵令嬢を冤罪で陥れたバカたちの父はどう処罰したらいいのかしらね」

 この世界には国王や上位の貴族たちを罰する方法がないのが、いただけない。

 特に王が野放しなのはよくない。

 賢い王だけが玉座につけばいいが、アホが玉座に就いたら大変である。一体誰が、そのダメな王を玉座から引きずり下ろすのだろうか。

「……フィリッツ王子が玉座についたら、間違いなく馬鹿王になるわ」

 そういえば、とエマは腕を組んだ。

「第一王子は……悪いうわさもないけど、いい話も聞かないのよね……」

 現状、賢いのかバカなのか、王に相応しいのかどうか見極めることさえできない。そんな人物を玉座に据えるのも、なんだか恐ろしい。

「ニャーン、そろそろ、王サマへのお返事は決まったかにゃ?」

「あ、そうね。王さまには『諸々言いたいことはあるけれど、ドラゴンの涙を持って城へ帰ってやるから玉座で大人しく待ってて』ってのを、オブラートに包んで、それらしく伝えてくれるかしら?」

「それらしく? 『無茶苦茶だけど貴殿の言いつけどおりにドラゴンの涙を持参いたしますので、玉座で大人しく待ってやがれ。親バカもたいがいになさることをおススメします』あたりかニャ?」

「ぶは、猫ちゃん、いい子ね」

「ありがとニャン! でご家族へは言付かったから……次、」

 にゃははは、と盛大に笑ったノルウェージャンフォレストキャットにいくつか言付けを頼み、お礼として「オレペンの肉」を一欠けら渡す。

「じゃあ、行ってくるニャ! ハンティングは気を付けて。回復薬や治療薬をたくさん持って出発するのを忘れずにニャー!」

「うん」

「それから塩はもう少しで完成にゃ、火傷しないよう気を付けるニャ!」

 実に頼もしい。

「アンソニーとあの猫ちゃんが一緒だったら、どれだけ心強いことか……」

 そういえばアンソニーはどうしているだろう。彼とのお出かけはなかなか楽しかった。ここから帰ったら、また彼の店に食事に行きたい。

 両親に頼めばきっと連れて行ってくれるだろう。

「……よし、さっさと用事を片付けましょう」

 エマは、鍋と木べらを手にして再び「よし」と呟いた。


 数秒後。カンカンカンという耳障りな音とともに、


「殿下ぁ~ティア子爵令嬢~起きてくださぁい!」


 エマの古式ゆかしい人を起こす「秘技」が炸裂したのであった。


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