怪力で賢くて、頼りになる白い巨大な猫登場。
そのまま、出没するモンスターをエマが一人で倒しながら、山道を歩く。そしてエマの記憶にあるゲームと同じシステムなら、いずれどこかで「拠点」が出現するはずだ。
「あーん、足がいたぁい……」
「ティアのか弱い足にこの山道はきついよな。エマ、何か快適な乗り物はないのか?」
切れ味が悪くなった剣を研いでいたエマは、思わずそちらを睨みつけてしまった。
「見てわかんない? 森があって崖があって滝があってモンスターが跋扈してるこんなところに、馬車や輿などがあるわけないでしょう!」
「おっ、お前、王子にその口のきき方はないだろう!」
しまった、今は安堂恵茉ではない。失礼いたしました殿下、と、慌てて淑女の礼をとる。
「……わたしはエリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……」
頭を下げたまま、呟く。
「おお、そうだぞ。娘が悪役令嬢となって憐れ公爵は登城停止処分中だが、父上の側近であることに変わりはない。忠臣という実績があるから爵位や領地の没収はしなかったんだ。その、王家の恩情を忘れるな」
「……アンドゥー公爵家令嬢のエリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……エリザベータ・アニエス・エマ・アンドゥー……」
呪文のように繰り返すエマの腕を、そっと掴んだ者があった。大きな黄色の目を潤ませたティアだ。いつもは可愛らしく整えてあるピンクの髪が乱れて、白い頬に泥がついている。
「ティアさま、どうなさいました?」
「あの……ほんの少しでいいんです……休める場所はないでしょうか? その、足が……痛くて……」
魅了の魔法は撒き散らされていない。彼女は本気で、休みたがっているのだろう。
「さすがにセーブポイントはないでしょうけど……拠点さえ見つけられれば、何とか回復は出来るはずですから」
「……せーぶぽいんと? って何ですか?」
「……お気になさらず……」
翌朝。キャンプで目を覚ましたエマは、ラジオ体操をしながら身支度を整えた。前日、この木の根が複雑に絡み合った高台にある拠点を見つけたのは日が沈む直前だった。くたくたの三人は、夕食を取ることもなくそれぞれ、眠ってしまった。
「まさかの熟睡よ……」
朝日が、眩しい。すがすがしい空気を胸いっぱいに吸って、腕まくりをした。
夕べ、ここに到着するまでに倒したモンスターから剥ぎ取った肉と、拠点に置いてあった材料を適当に調理し、三人分の朝食を作った。
竈と盛大な焚火、石でできた調理台、材料が入った宝箱が備えてあったので、楽と言えば楽だった。夕べは気付かなかったが、少し奥まった先にもスペースがあり、そこにはテーブルや椅子に最適な切り株や岩、燭台と思しきものがあった。
「さすがに、受付嬢はいないわね。でも、ずっしりと分厚いノートはある……」
ぱらぱらっとめくってみる。日本語でしっかり書かれている。モンスターや資源などの攻略データであるらしい。ありがたい。
「そこに生えてる木の実、食べても大丈夫そうね」
肉の串焼きと、ベリーのような木の実を潰した甘酸っぱいジュース。拠点周りで採取したレタスのような葉っぱとトマトのような実を使ったサラダ。そしてフランスパンのようなパンとチーズは拠点に置いてあった。拠点そばの湧き水は塩辛いか温泉かのどちらかで、温泉水を一度沸騰させてから冷まして飲用にしてみたが果たして。
即席にしては上出来だとエマは思う。
「よし、貴族の二人が食べてくれるかどうかはわからないけど……空腹は何よりの調味料のはずよ」
隣の――といっても、歩いて30秒ほど離れたところに設置してあるテントで寝ている王子とティアを起こしに行く途中で、二足歩行をする白い猫が拠点の周りをウロウロしているのを見つけた。
「あら、モフモフまで登場? 至れり尽くせりね」
どうやらそのモフモフは、王都からの手紙を運んできたらしい。羽織った黒いチョッキの背中に郵便のマークをつけている。
「おれ、おてがみ、もってきたニャっ!」
「ありがとう!」
どっしりとした体格に、ふわっふわの長い毛。ふさふさとした長い尻尾がゆらゆらと揺れる。
「……ノルウェージャンフォレストキャットよね、どう見ても……」
ただし、現代日本の猫と比べると、いささか、否、相当大きい。エマの胸のあたりに猫の顔がある。が、可愛いことに変わりはない。今も、にゃ? と小さく鳴いて前足で顔を洗っている。可愛い。抱き着きたい衝動をぐっとこらえる。
「お手紙配達のお礼に何か食べていく? 適当に作ったものばかりなんだけど……」
ぴょこぴょこついてきた巨大なノルウェージャンフォレストキャットは、切り株に並んだ料理を見て飛び上がった。
「ニャニャ? コレはオレペンの肉ニャ」
オレペン? とエマは首を傾げた。どうやらオレンジペンギンの略であるらしい。
「焼いてお塩ふって食べるのは、人間もおれらも大好きニャ! でも生で食べるとおれらやモンスターは平気だけど、人間はシビれてしばらく動けなくなるから気を付けるニャ!」
塩。お塩などどこに? ――いや、あるではないか。塩水が!
「ならば塩が作れるはずよね!」
「正解にゃ!」
「……猫ちゃんありがとう!」
手伝うにゃん、と長い尻尾を揺らしながら、ノルウェージャンフォレストキャットがとてとてと歩く。
「ボクが海水を運ぶから、鍋の用意を頼むにゃー!」
ゲームの世界のノルウェージャンフォレストキャットは、怪力で賢くて、頼りになる存在でした。