負けないわよ!
馬車と言うのはどうしてこう、乗り心地が悪いのだろうか。
「クッションが欲しい……揺れるぅ……」
上下動に耐えるエマだが、アンソニーはしれっとしている。慣れているのか、コツがあるのか。
「……何者なのかしらね、あなたは……」
エマの視線に気づいたのか、アンソニーが柔らかく笑った。
「お城への呼び出し、気になりますね」
「そう、そうなのよ……。おおかた、王子との婚約破棄騒動のことだと思うんだけど……」
「一方的な破棄ですからね。王家は今頃大騒ぎでしょう」
そう――そしてきっと、エマに対する罰が言い渡されるはずだ。
原作のエリザベータは、王子との婚約破棄に抵抗して「婚約破棄なんていや!」と泣いて、みっともなく縋りついて取り乱して、王子の足元にひれ伏して許しを請う。それでもエマの悪事は許されず、学園追から追放されてしまう。
それに腹を立てたエリザベータは、なんとか王子を取り返そうとする。
たとえば――ティア子爵令嬢の悪口を王都中にばらまいたり、ナイフ入りの贈り物を届けたり。王子に絶縁を言い渡され、一族郎党王都から追放されてエマは地方の修道院に幽閉される。
また別のルートだと、王子が子爵家に泊まるのを確認して火を放つという暴挙に出る。当然、捕らえられて王族殺害未遂で処刑、家族も王都から追放される。
いずれのルートも、罪名および罰条が言い渡されるときは、馬車で王城へと向かい、謁見の間へ連れていかれる。
だが、今回のエマは、王子に許しを請わねばならぬようなことは何一つしていない。むしろ、エマと言う婚約者がありながらティアに惑った王子こそ、詫びるべきだろう。
「どうであれ、公衆の面前で王子殿下の名誉を傷つけたんだもの。罪に問われても仕方ないわね」
「……あの王子殿下の名誉はとっくに地に落ちていますが……」
それきっと、わたしのせいよね、とエマは苦笑いを浮かべる。
「王族の名誉を傷つけた者は、一定期間の王都追放か幽閉が相場だったわね」
一定期間とはどのくらいだろうか。死ぬまで幽閉だとしたら――何か脱走する策略を練らなくてはならない。
「そもそも幽閉ってどこにされるのかしら? 王城にそんな施設、ないわよね?」
「そうですね、王都の外れにある王立修道院か、馬車で三日ほどのところにある離宮か……あるいは、アンドゥー公爵領にある小さな修道院と言う可能性もあります」
どこがましだろうか。脱走計画を練るなら、警備が手薄であろう領地の修道院か。だが、いろいろな情報に触れていようと思ったら、王都に近い方がいい。
「……いったいどうなるのかしらね」
窓の外を見る。馬車はお城の門を潜り抜け、玄関に横付けにされた。
先に馬車から降りたアンソニーが、駆けつけた衛兵に詰問されている。怪しくない人だと証言しなければ、と、エマが慌てて扉を開けた時には、衛兵は地面に伸びていた。
「あら? ……アンソニー、やっちゃったの?」
唖然とした表情のアンソニーが、困ったように眉尻を下げている。
「はい、その、殴りかかってきたのでつい……」
なるほど、令嬢の護衛を買って出るだけのことはある。腕に覚えがあるのは確かなようだ。
「でもこんなに弱くて城の警備は大丈夫なのでしょうか?」
「まぁ……乙女ゲーの世界だし彼らモブだし……」
「え?」
「あ、いいえ。ほら、さっきの騎士の卵たちも弱かったから……こんなもんじゃないかしら?」
この世界のキャラの戦闘力は全体に低い――ということは、非力なエマでも相手を制しやすいということ、すなわち……脱走計画が立てやすい。
「悪いことばかりじゃないと思うわ」
気絶した衛兵を近くの茂みに突っ込みながら、エマはにっと笑う。
一つ、確信したことがある。この流れは「エリザベータ処刑ED」ではない。その場合は、玄関で大勢の兵士に取り囲まれているはずだ。
残るは、幽閉EDか一族追放EDか。
「女王EDの可能性も完全に消えたわけじゃないけれど……処刑じゃないならどうにかなるわ。なるようになれ、よ! さ、お父さまとお母さまのところへ行きましょう」
ふん、とエマは腰に両手をあてて城を見上げた。びゅうう、と風が吹いて、エマの金色の髪をなびかせた。
「エマさま、戦闘開始、とでも言いそうですね」
「あら、わかった?」
負けないわよ、と、闘志を燃やすエマであった。