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悪い予感がひしひしと…

 ふんふんふーん、と御機嫌で本を見ていたエマだが、目当ての司法関連、国の法律関連の本は見当たらない。

 職業事典なるものはあったが、弁護士やそれに類するものもない。

 ということは、裁判も賠償請求も、システムがないのだろう。

「なら……わたしが好き勝手に償いを求めてもいいってことかしらね……」

 とはいえ、貴族のゴシップをまとめた本を見ると、浮気の代償としていくら支払っただの、名誉を傷つけられた貴族が相手にどう報復したかだの、事細かに書いてある。それを参考に金額などを決めればいいのかもしれない。

 それを借りようと手にしたはずなのだが――。

「……どうして馬車に乗せられているのかしらね……」

 店の前に馬車が横付けになった。あらうちの紋章に似てるわね、と思うと同時に公爵家の使用人がどどどっと降りてきた。やっぱりうちだわと思ったときには、エマとアンソニーは馬車に押し込まれていた。

 アンソニーの目も点である。

「どうしたというの?」

「お嬢さま、申し訳ございません。公爵さまのところへお連れしまう」

「お父さまがどこで?」

「お城です」

 お城? とアンソニーとエマは思わず顔を見合わせた。

「……何か、嫌な予感がするわね」

 アンソニーも、不安そうな顔で頷いた。


 一方のティア子爵令嬢は、黒いワンピースに身を包み、近所の公園をウロウロしていた。

 数日前、夕食後にハーティル子爵が困惑顔で、

「王子殿下と、アンドゥー公爵令嬢の仲を裂いた……というか、エリザベータ公爵令嬢から婚約者を奪った、という噂は本当かね? いや、フィリッツ王子だけでなく、あちこち男子学生に色目を使っているとか……本当かね?」

 と、聞いてきたときは慌てた。学園内での出来事が、もう社交界で噂になっているらしい。

「……わたしのせいで……エマさまとフィリッツ王子殿下が仲違いしてしまったことは、とても悲しく思います。お二人の仲を裂こうとは全く思っておりません」

 と答えたものの、子爵夫妻がどの程度信じてくれたかわからない。

「噂がおさまるまで、学校は休んだ方がいいのではないかね?」

 と、遠回しに謹慎を命じられてしまった。

 思わぬ展開に動揺して、何日、部屋に閉じこもっただろうか。ふと、机の引き出しにしまっていた祖母の形見のペンダントを思い出し、首にかけた。金色のバラがついた十字架だ。

 ぎゅっと握れば、すっと気持ちが落ち着いて頭の中が徐々にクリアになっていった。外してはいけないよ、と言われていたのに。

「……おばあさまの形見。なぜ忘れていたのかしらね……」

 思えば、同世代の誰よりも幸福に、誰よりもお金持ちになりたいだけだった。なのに、いつの間にか目的が変わってしまっていた。

「……初心を思い出さなくちゃ」

 こうして、かつて働いていた公園に出てきたのである。

 ちなみにエマが今の彼女を見たなら即座に見抜いただろう。あのペンダントが「魔力制御装置」であり、自信の魅了の魔法にティア自身が惑わされていたのだということに。


 だがすでに、あちこちに悪い影響は出はじめている。


「……ローズ、きみにはもううんざりだ! 婚約は破棄する!」

 学生寮の中庭にある小さなガゼボでは、一組の男女が言い争いをしている。よく晴れた日の曜日ということもあり、学生たちは出かけていて寮に人の姿はほとんどない。

 そのため、二人の言い争いはヒートアップするばかりだった。

「ディケイン、目を覚ましてちょうだい! あの子爵令嬢は王子殿下を誑かしたのよ!」

「彼女を悪く言うな! 清らかで優しく美しい彼女は、王子殿下の御寵愛をその身に受けている。当然だろう。そしてぼくは王子殿下の側近、未来の妃殿下にお仕えして何が悪い!」

 何を言っているの! とローズ嬢が悲鳴をあげた。子爵令嬢が王子の妃にすんなりなろうはずがない。そもそも、アンドゥー公爵家が黙っていない。この国で、アンドゥー公爵家を敵に回して生き残れる家が果たして何件あるか。

「ディケイン、どうしちゃったの! しっかりして!」

「うるさいぞ! きみも少しはティアさまを見ならって、質素さや奥ゆかしさ、男を立てることを学んだらどうだい? どいてくれ、もうこれ以上話すことはない。父上にも婚約破棄の手紙を書く」

「待って!」

 どん、とローズを突き飛ばし、よろけたローズはガゼボの柱に頭を打ち、ずるずると座り込んでしまった。

 だが、ディケインはそれに気付かず、すたすたと行ってしまう。

「ディケイン……まって……ああ、それもこれも、ティア子爵令嬢のせい、ね……」

 つうう、とローズの目から涙がこぼれた。


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