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貸本屋にて。

再び、王都を歩く。予定外に時間を使ってしまったので、若干急ぎ足だ。

「アンソニー、お店はまだかしら?」

「エマさま、そこの角を右に曲がったらすぐです」

 さりげなく体を寄せて支えてくれるアンソニーの優しさが心にしみる。転ばないように歩くというのは存外体力を使うのだ。

「……それにしても、外套を持ってきて正解だったわ」

 道行く人の中には、エマの顔を知っている人が結構いた。

 普通に挨拶をかわすだけの人もいれば、扇をひろげてその陰でこそこそと噂話を始める人たちもいる。それらの好奇な視線から隠れるために、外套が活躍してくれている。

「……まぁ、王子殿下との婚約を破棄なんて大スキャンダルですものね。社交界の格好のネタだわ」

「婚約破棄、それに対して王家がどう出るか。それによって国内の勢力図が塗り替わる可能性があるので、皆が注目するのも無理はありません」

「……わたしと第二王子の縁談が破棄になった今、第一王子派が優位になったわね。第二王子はティア子爵令嬢を妃にするでしょうけど……子爵家が妃の実家では後ろ盾と言うには弱いわね。となると、第二王子派は、わたしとお父さまを王都や王城から追い払って勢力図から消してしまおうと躍起になるでしょうね」

 主な第二王子派の家はどこだったか。中立派の動きはどうか。気をつけなければならないことが山のようにあることに今更ながらに気付いた。

「仕返しを考えている場合ではないのかもしれないわね……」

 じっと考え込むエマを、アンソニーは不思議なものを見る心地で見ていた。これまで知り合った令嬢たちは、ドレスや宝石、流行の芝居などに関心を寄せるものだった。が、この公爵令嬢はそれには見向きもしない。

「……まるで別人のようになった、という噂は本当だったのですね」

「え? 何か言った?」

「いいえ。さ、もうすぐですよ」

 アンソニーが連れて行ってくれたのは、貸本屋、という形態の本屋さんだった。店の中には棚がずらりと並び、貴族だけが入れるスペースのほか、身分を問わず入れるスペースがあり、そちらが人気のようだった。

 アンソニーは迷わず、貴族用のスペースに行く。ドレスを着たご令嬢が三人ほど固まって本を覗き込んでいる。きゃあきゃあと楽しそうだ。

「エマさま、どんな本がお好みですか?」

「そうねぇ、この国の法律とか、裁判所とか訴える方法とか賠償とか……司法の手で罰を下す方法を知りたいわ」

「さ、サイバン? ……バイショウ……なんですか、それは?」

「司法制度とか弁護士とかの制度はないの?」

 アンソニーの目が丸くなっている。どうやらまたやってしまったらしい。

「よ、よくわかりませんが、異国には、そういう仕組みがあるのですね」

「え、ええ、そうよ。殺人や強盗、結婚、離婚、近隣住民とのトラブル、遺産相続……とにかく、揉めたときに間に入ってくれるシステムよ」

「……ほう?」

 むろん、エマとて現代日本の裁判の仕組みや賠償などについて詳しいわけではない。学生時代の社会の授業で習った範囲内だ。

「ところでここは? 本を貸してくれるのね?」

「はい。年会費を払って、月に三冊まで借りられます。今の流行は……恋愛小説ですね。たいてい三巻でワンセットです」

 アンソニーが手渡してくれた本は、立派な装丁の本だった。ずっしりと重たい。ぱらぱらとめくると、挿絵までついている。

「へぇ、面白い仕組みね。さしずめレンタルショップってとこかしら……」

 ならば会員登録や会員証が必要だろう。と、エマは大変なことに気付いた。

「あっ、お金! 大変、わたし、お金持ってない!」

 店内に響く大きな声、アンソニーが慌てて「しーっ」と言いながらエマにフードをかぶせた。店内にいる人たちが、ぎょっとしたようにエマを見る。

 そもそもこの世界の通貨はなんだろうか。このゲームにも商人はいて、攻略対象にプレゼントを贈れるから、通貨はあるはずだ。

 しかしそれをどうやって手に入れたものか。

「アンソニー、どこか日払いバイトないかしら?」

「ヒバライバイト、ですか?」

「そう、あっという間にお金が稼げる仕組みよ」

「ありませんねぇ……というか、エリ……エマさまは面白いことを次々仰いますね」

「……お小遣いを、お父さまに貰わなくちゃいけないのね」

 どうにかして自力で稼げる方法はないものか。これから、第二王子たちを相手取って訴えるのだ。お金がいるに決まっている。両親に言えば出してくれるだろうが、公爵家のお金は領地からの税収入、つまりは領民が懸命に働いたお金だ。それを私怨に使いたくはない。

「……自由にバイトができた日本、良い仕組みだったのね……」

 それにしても――面白そうな小説をみつけた。

「ゴシック小説よね、これ……」

 神秘的で幻想的で……そしてホラー。現代の、SF小説やホラー小説の原点ともいえる作品群だ。

「フランケンが出てくるか、ドラキュラが出てくるか……楽しみだわぁ……」


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